ダンジョンは、ビジネスだ
初めまして。つい先日勇気を出してなろうに登録させていただきました、飛龍ナツキと申します。
拙いところもあるかもしれませんが、皆さんに少しでも楽しい時間を提供できればと思っております。よろしくお願いいたします。
――ダンジョンは、ビジネスだ。
今は昔、世界征服を企む魔王が世界の果てに拠点を築き、魔力で世界中に洞窟と魔物を配置し、逃げ場のない町に大量の軍を送り込んで、人々を脅かしていた。
そこで、国々は手を取り合って相談し、『対魔王勇者育成プロジェクト』が開始された。
プロジェクトによって生み出された勇者達は民間人を悩ませる魔物を討伐し、時には手を組み、時には競い合いながら、莫大な賞金が出る魔王討伐を目指していた。
しかし魔王の力はあまりにも強く、城がある魔界は大量の魔物と、人間の動きを阻害する瘴気に溢れていて、本拠地にまで辿り着くことすら出来ない。
決定打を叩き込むことが出来ないまま、依頼を受けた勇者達が送り込まれた魔物を討伐する防戦一方の戦況は数百年と続き、やがて人々もその状況に慣れていった。
永遠に続くかと思われた膠着状況は、ある日を境に崩壊を迎えることになる。
どこか人知れぬ場所から現れた、竜の血を引く少年が、自らこそ勇者だと名乗り出て、育成された勇者十人でかかっても倒せなかった怪物を次々討伐していったのだ。
体の半分以上が鱗で覆われた異形の勇者は、魔物の仲間と蔑まれ、石を投げられても抵抗せず勇者の使命を全うし、いつしかその姿に憧れて協力を申し出る仲間も現れた。
竜の勇者と仲間たちは、その姿を見せてからほんの一年も経たないうちに、魔王城を落として見せた。まるで、この世界が彼等のための物語であったかのように、あっさりと。
彼等はその後も各地を回り、新たな王になるかもしれない危険因子を一通り討伐すると、あの一年が夢だったかのように、何の痕跡も残さず姿を消してしまった。
統率者を失った魔物は、プロジェクトで生まれた勇者達でも充分に討伐出来るレベルで、次第に不利を悟った多くが魔界に帰り、残ったのは力の弱い、動物に近い魔物だけ。
こうして、世界に平和が訪れた――少なくとも、表面上は。
一歩人里に入れてしまえば百人と塵にする、特別な対策を必要とする魔物はもう居ない。
魔物自体はいるものの、指揮者を失い、瘴気渦巻く土地から殆ど出て来ることがない彼らは人々にとって脅威ではなく、かといって竜の勇者が消えた今、人の住めない魔界に侵攻し魔物を駆逐することは出来ない。
このままでは、国が提携して作り上げた『勇者育成プロジェクト』は崩壊する。
生み出された勇者達は言うまでもなく、装備を作っていた武具職人、数々の薬草を栽培する農家に、呪いに強い神具や魔法書を産み出す協会、それらを販売する商人の多くは職を失い、路頭に迷うことになる。
人は理不尽な脅威に晒されると、決まって攻撃の矛先を探そうとする。
元は魔王、異形の勇者、そして物心付いたときから戦うためだけに鍛え上げられた兵力が、この状況を作り出した国々へと向けられることになるだろう。
人の王達は頭を悩ませ、ついには過去に滅ぼした魔王の再来すら望み始めた頃。
自らを魔王と名乗る存在が、突如様々な国に文を飛ばして来た。
“私は現知的魔族の統率者。簡潔に述べる。魔族の代表者として人の王に交渉を願いたい”
その内容は、悩める王にとって魅力的なものだった。
“魔族の中には、人間のエネルギーを得なければ死んでしまう者も居る。そちらも、敵が居なくなったことで兵力を持て余しているのではないだろうか?”
魔王の言っていることは、あまりにも的を射ていた。文を開いた時は魔物なぞ信用に足らないと思っていた人の王も、次の提案に耳を貸さざるを得なくなった。
『人体に影響が出る程の、濃い魔力と瘴気によって結晶化した魔力の塊。特別な鉱石や、固有の植物を餌に、一攫千金と銘打って勇者をおびき寄せるダンジョンを作る』
勿論、再び人の土地に魔族が入り込むことで、目先の欲に眩んで再び人の街に攻め入る魔物も出るかもしれないが、それはそれで勇者の出番だろう、そう続けられていた。
彼らは、魔王の申し出を呑んだ。警備をさせていた人員を『この平和な世界で、厳重警戒する必要はない』という名目で最低限まで減らし、それを魔王に伝えると、少しずつ、少しずつ、各地に魔物達が集まってきた。
今や『勇者』も『ダンジョン』も、魔族と人間の間で交わされるビジネスの一貫だ。
勇者は魔物と戦うスリルと一攫千金となる宝を求めダンジョンに潜る。
魔物は倒した勇者の所持品や生命エネルギーを奪い、基本町には攻め入らない。もしも攻め入る者が
出た場合、町民は速やかに勇者に依頼、討伐される。
勇者は命に関わる大変危険な職業だが、そのぶん様々な人に感謝されたり莫大な富を得たりと、心身共に返ってくる物が大きく、魔王討伐の無い今でも一定の需要がある職だ。
その全てが策略の中にあるのも知らず、勇者は日々魔物相手に剣を振るう。