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9)戻った二人と戻った記憶:エレノア

わたくしはそこに居た。

あの日の二人が大階段ですれ違う場面に。

大階段の下から見上げている。

そこまで何段もの距離があるのに、まるで目の前に『二人』がいるように音が聞こえた。

エレノアのドレスの布が擦りあう音も、フィンリーさまの靴が階段を踏む音も。

その場所にまるで影を縫い留められたように、わたくしは少しも動くことができなかった。


「ローレンス公爵エレノア・ベオーミング嬢」

「は、はい」


フィンリーさまがエレノアに問いかける乾いた声がはっきり聞こえる。

そしてわたくしはこの後に続くフィンリーさまの言葉を、たった今思い出した。


「君との婚約を白紙にさせてもらいたいんだ、エレノア」




そう……フィンリーさまはわたくしとの婚約を『無かったこと』にしたかった。

婚約破棄ではなく、白紙にしたいというのはそういうことだ。

それはわたくしに『婚約破棄』に値する原因があるわけではないということ。

前国王と兄弟だった、フィンリーさまの祖父とわたくしの祖父が決めた婚約を破棄できる理由はなく、すべてはフィンリーさまのお気持ちから出たもの。

婚約を白紙にということは、過去のできごとを真っ白に洗い上げるようなもので、フィンリーさまとわたくしの間には何もなかったことにする。

幼い頃は仲の良かった『はとこ』という事実だけが残るように。

フィンリーさまは、いずれどなたかと婚約しカートフォード公爵家の跡継ぎとなる。

わたくしもローレンス公爵家の令嬢としてどなたかに嫁いでいく。

フィンリーさまは婚約を白紙にしてほしいと言うことで、わたくしを過去の中に封じこめようとしたのだ。

思い出の箱の中に大切にしまうのではなく、ただの幼少の記憶の片隅に追いやろうした。

それがフィンリーさまの言う『婚約を白紙に』ということだった。


(そんなの、耐えられない……)


理由があって婚約を破棄されるのではなく、ただ何も無かったことにされてしまうなんて。

でも、婚約を白紙にすることが、フィンリーさまの『願い』なのだという。

それならば、黙って従うことだけが自分にできること。

おじいさまに従ってこの婚約が決まったのと同じだ。


あの日わたくしはその衝撃をなんとか受け止めようとした。

フィンリーさまがわたくしをただの『はとこ』の範疇に封じこめようとしたように、フィンリーさまをお慕いするこの心を封じこめなければ……。

フィンリーさまの言葉にぎゅっと掴まれたようになった心臓は、繋がっている場所からちぎれ、あの日のわたくしの身体をすり抜けてぼとりと落ちた。


(ずっとずっと、今この瞬間もフィンリーさまをお慕いしているのに……)


そして、ちぎれた心臓は大階段を転がり落ちて、今エレノアが立っている場所で止まった。


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