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7)ローレンス公爵とフィンリー

フィンリーは執事ダスティンの後について廊下を歩いていた。

ローレンス公に『エレノア』が呼ばれるというのは、いったいどういうことか。

歩きながら考えを巡らせても、よくない理由しか思い浮かばない。

ローレンス公の重厚な机の前にフィンリーは立った。

執事が部屋から出ていかないことで、これは『父と娘』のプライベートな話ではないと緊張が走る。



「エレノア、学園に行ってみてどうだったかな」

「はい。少し足が痛むこともありましたが、特に何もありませんでした」


当たり障りのないことを返しながら、ローレンス公が何を言い出すのか身構える。


「順調に回復しているということで、何よりだ。

ところで、そろそろ本当のことを教えてくれないだろうか、フィンリー殿」


……やはり呼ばれた理由はこれだった。

ローレンス公は、エレノアと自分の入れ替わりに気づいていたのだ。

いつから知られていたのか。

なんと言えば切り抜けられるのか。

考えが頭の中を駆け巡ったが、射貫こうとしているような公爵の目を前にして、本当のことを伝える以外の道は無さそうだ。


「エレノア嬢をここに呼んでいただいてもよろしいでしょうか」

「分かった」


ローレンス公が何も言わなくても、執事が静かに出ていく。

二人きりになっても公爵はフィンリーに何も言わない。

フィンリーも黙って、この部屋のカーペットに描かれた花の模様を見つめる。

どれくらいの時間が過ぎたか、エレノアがゆっくりと杖をついて入ってくる。思わずエレノアに駆け寄って手を貸した。


「二人とも、そこに掛けなさい」


フィンリーは立ち尽くしていた。


「君も掛けたまえ」


促されてようやくフィンリーも腰を下ろす。

言い逃れなど考えずに、最初のところからきちんと話すほかはない。

フィンリーの姿のエレノアは下を向いて肩が震えている。

その肩を抱きたかったが、まさかそうできるわけもなかった。


「私から説明させてください」


フィンリーはまっすぐに公爵を見つめる。


「分かった。エレノアもそれでよいな?」

「……はい」


フィンリーはあの創立祭の前日のできごとを詳しく話した。

大階段でエレノアとすれ違ったとき、エレノアがバランスを崩して落ちそうになった。

慌ててその手を掴み引き寄せたものの、支えきれずに一緒に落ちたこと。

次にフィンリーが意識を取り戻したのは見慣れぬ部屋だったこと。

侍女がやってきて『エレノアさま』と声を掛けられたとき、ここがローレンス家のエレノアの部屋で自分が何故かエレノアの姿をしていると気づいたこと……。

すべてありのままに話した。

──たったひとつ、階段から落ちる直前にエレノアに婚約を白紙にしてほしいと伝えたことを除いて。


「ローレンス公は入れ替わりに気づいておられるのではと感じたこともありました。

私の姿のエレノア嬢を、続きの部屋に居られるようにしてほしいとお願いしてすんなり了承をいただけたときに」

「まあ……いくら大怪我をしている婚約者殿とはいっても、さすがに娘の部屋に寝泊まりさせるなんて無理な相談だ。ただ、中身がエレノアならば話は別だ。

よからぬことができないよう、もう片方の腕も折っておくかと思ったがその痛みを受けるのはエレノアだと気づいてやめたのだ」

「断じてそのようなことをする気持ちはありませんでしたから、腕が無事で助かりました」

「それで、二人はどうしたら元に戻れるのだろうか」

「私の怪我がもう少し良くなって、エレノア嬢が痛みをあまり感じずに歩けるようになれば、二人で学園の図書室にて調べ物をしたいと思っております。

過去にこうした入れ替わりがあったかどうか、いろいろな文献や書物にそのような記述がないか探ってみたいのです。歴史書や文献は学園の図書室が充実しておりますので」

「それは君が一人でやってもよかろう?」

「もちろん一人でもやるつもりでいますが、元通りに戻る瞬間は二人揃っていないと訪れないのではと思っております。なるべく一緒にいたほうがいいのではと」

「……なるほど、それはそうかもしれぬ。では君の身体のエレノアに従者をつけて学園内に入る許可が下りるよう、カートフォード公から学園のほうに申し入れるように伝える。

明日からでも一緒に登園すればいいだろう」

「……この入れ替わりを、まさか父も知っているのですか!?」

「君もエレノアも、親が我が子を見る目を甘く思い過ぎているな」


ローレンス公は笑顔を見せた。

まさか父にも気づかれていたとは……。

自分もエレノアもなかなかうまくやっていると思っていたが、親の目はごまかせていなかったということか。

小さくうな垂れていたエレノアが、顔を上げて自分の父親をまっすぐ見た。


「まだしばらく奥の部屋で過ごしてもよろしいでしょうか。

お父様が心配するようなことは決してありません。

今、フィンリーさまとわたくしは、幼かった日々のようなのです。

庭の抜け道や家の秘密の通路を一緒に探したあの頃のように、フィンリーさまと一緒であれば元に戻る方法も見つかるのではと思っています」

「まあ、エレノアがそう言うのなら……許さないと言うつもりがないわけでもないようなあるような……そうだ、ライリーが良いと言えば許そう!」


何かの責任を父と二分する案をローレンス公は思いついたようだ。

フィンリーは父ならば許可をもらえそうだと思った。

いや、ローレンス公もエレノアの婚約者であるフィンリーに対し、最大限に信頼を寄せてくれているのだ。ここは決して裏切るわけにはいかない。

そのことを思うと、フィンリーの胸に別の不安が押し寄せる。

それは、婚約を白紙になどとエレノアに浅はかにも言ってしまった自分に対する、何万回目かの後悔だった。


エレノアの部屋に二人で戻った。

侍女がお茶のセットを片付けてくれたようで、テーブルにはビスケットの箱と小皿が残っていた。菓子の載った皿など普通なら一緒に片付けられてしまいそうだが、それも残されている。

小皿に残った手付かずのビスケットを、エレノアが小箱に戻そうとしていたがその手を止めた。


「出したままだったビスケットは僕が今夜もらってもいいだろうか。本を読みながらつまもうかと」

「フィンリーさまを笑ってしまったわたくしの罰なのに、よろしいのでしょうか」

「エレノアの罰は僕のものでもある。なんせ入れ替わっているのだからな」


エレノアが穏やかな笑顔を見せる。これが自分の顔でなければもっといいだろうに。


「明日は学園に一緒に行くことになったね。授業を受けるのは別々だけど、それ以外の時間はいつ元に戻れることがあってもいいように一緒に過ごしたい。

それと……僕の姿の君の耳にいろいろな雑音が届くかもしれないが、それらは元に戻れたら僕が責任を持って対処するから、しばらく聞き流してもらえるとありがたい」

「雑音……でございますか」


エレノアが不安そうな顔を見せる。


「そうだ。友人も、友人を装った者も親しさを見せながら雑音を聞かせてくる」

「フィンリーさまのおっしゃること、なんとなく分かるような気がします」

「エレノアの友人たちは、君の体調を心から心配していたよ」

「友人たちはありがたいことにそうかもしれませんが、フィンリーさまのおっしゃる友人を装った者というのは、わたくしの近くにもいるように思いますわ」

「……そういうこともあるだろうな。そしてその雑音は僕のせいでもある。エレノアが僕の婚約者と知られていることを発生源とした雑音が……。

とにかく今は聞き流して欲しい。元に戻れば君に負担をかけないよう、僕がきちんと向きあっていく」

「フィンリーさま……」


なんとも言えないいい雰囲気だった。

二人が入れ替わってなどいなければ、エレノアをぐっと抱き寄せてしまいたくなるところだ。

でもそこにいるのはどこから見ても自分でしかなく、それが安心安全な抑止力としての役割を立派に果たしていた。


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