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15)ローレンス公爵家の庭にて

入れ替わりから戻って四か月が過ぎた。

ここのところ、週末になるとフィンリーがローレンス家にやってくる。

前日に学園内で、


「明日の昼頃に君の家にいく」


そう予告をするので、当日は朝からそわそわして落ち着かない。

本を読んだり刺繍をしたりしながら昼頃になるのを待っている。

時間が近づくと窓辺から外を覗いて、正門からカートフォード家の馬車が入ってくるのを見届けようと思うのに、気づくとフィンリーが奥の庭のほうから歩いてこちらに向かっているのだ。

先週も先々週もそうだった。

フィンリーはどこで馬車を降りているのだろう。

どうでもいいことだと思いながら、エレノアは少し気になっていた。

でもそれもフィンリーがやってくるとどこかへ消えてしまう。


「フィンリーさまがお見えです」


ナタリアがお茶のワゴンと共に、エレノアの部屋にフィンリーを招き入れる。


「エレノア、会いたかった」

「お待ちしておりました」


昨日もその前の日も普通に学園で会っているというのに、フィンリーはいつもそう言うのだ。

最初の頃はフィンリーが『会いたかった』と言うたびに、ナタリアが顔を赤くして急いで部屋を出ていったが、この頃は慣れたのかいつものペースでお茶を淹れてゆったりと出ていく。

慣れたのはナタリアだけで、エレノアはいまだに慣れない。

会いたかったと言われるたびに、飛び出しそうな心臓をドレスの上からぎゅっと押さえた。

二人でナタリアが淹れてくれたお茶を飲む。

この茶葉は、先だって父と出掛けた港町でエレノアが選んだものだ。

珍しく父が一緒に出かけようと誘ってくれた。

それまで港町に行ったことがなかったエレノアには、何もかもが珍しく新鮮に映った。

父は靴でもネックレスでも欲しいものがあれば何でも買おうと言ってくれる。

王都の街にはないものが、ここにはたくさんあると父が教えてくれた。

ノーリス王国で一番大きなこの港には、海の向こうからさまざまな物が入ってくる。

ジュエリーの店ではどの品物もため息がでるほど素敵で、エレノアはじっくり見たものの結局何も選べなかった。

フィンリーにも何かお土産をとあちこちの店を覗いたが、迷うだけ迷って結局買えなかった。


「本当は手に取っていたものを全部買ってもよかったのだが、身につけるものを私が贈ると婚約者殿がおもしろくないだろうからな。

次はフィンリー殿に連れてきてもらってなんでも買ってもらうといい。

カートフォード家の予算なら心配いらない。少しくらい傾けてやれ」


そんな物騒なことを少し拗ねたように言った父に、エレノアは海のように美しい深い青と緑色のインクをねだった。

窓辺に置くのはインクにはよくないのかもしれないが、光が透けて海のグラデーションのようにきれいな青と緑だ。

もったいなくてまだ開けておらず飾りになっている。


今日のお茶はエレノアが父に連れて行ってもらった港町でエレノアが選んだ茶葉だと伝えると、フィンリーはお替りを飲んだ。

港町のことをあれこれ話してエレノアも自分のカップにお替りの茶を注ぐ。

それを見守るようにしていたフィンリーが何かを差し出した。


「今日はこれを君に贈ろうと思って来たんだ。どうか受け取ってほしい」

 

「贈り物、ですか?」


誕生日というわけでもなく、贈られる理由が思い当たらなかったがエレノアは艶やかなリボンをほどいた。

箱の中から現れたのは、綺麗な緑色の繊細なカッティングが施された石の髪留めと、同じ石の小さなピンだ。

大きい髪留めはパーティドレスに合わせるとよさそうなもので、小さなピンは学園にもつけていけそうなおとなしめのもの。

フィンリーのジェードグリーンの瞳をそのまま映しとったような輝きに、エレノアは目を奪われた。


「……ありがとうございます……。こんな素敵なもの、わたくしにはもったいなくて……」


「僕はこれまで婚約者である君に、髪留めのひとつも贈ったことがなかった。

女性たちに言わせれば『信じられない、ありえないですわ』だそうだ。

彼女たちからの僕の評価は地に落ちて酷いことになったよ。

これはメイジー嬢やクラリス嬢ブランシュ嬢と、婚約者や恋人に髪留めや指輪を贈ったことがあるジェイクやみんなの総合的な観点で店とデザインを一緒に考えてもらったんだ。

デザインから起こして頼んだので思ったより時間がかかってしまった」

「とても、素敵です……。嬉しいです。皆さんのご意見も反映しているということと、それにかかった時間の分、嬉しい気持ちが増えました」

「そう言ってもらえてよかった。

そうだ、この小さなピンも揃いでというのは、実はメイジー嬢のアイデアなんだ。

大ぶりな髪留めは毎日つけることはできないから、エレノアなら小さくて目立たないピンもあれば喜ぶのではないかと」

「まあ、なんて素敵な……メイジー様のアイデアのおかげで学園に毎日つけて行けそうです」

「それで……石が緑色なのは、クラリス嬢とブランシュ嬢が絶対にこの色しかないと……もう少し彼女たちの言葉のままに言うと、僕が、その……君をみつめているみたいだからと……。自分でこれを言うと本当に馬鹿みたいだな……」

「いえ、箱を開けたときにそのとおりに……思いましたので、フィンリーさまは馬鹿ではありませんわ……」

「……うん、よかったよ……馬鹿ではなくて……ってこのセリフが一番馬鹿みたいなのだが」


フィンリーがたくさんの友人たちと相談して髪留めを贈ってくれたことが、とても嬉しい。

エレノアの友人たちがその輪の中にいることも、嬉しい驚きだった。

入れ替わっていたときに『友人を装った者たち』と言っていたけれど、フィンリーは自分の中の何かを乗り越えたように思えた。

そんなフィンリーの一番近くにいることを望み、また望まれているということに、エレノアは泣き出しそうなほどの幸せを感じていた。


「エレノア、少し庭に出ないか」

「ええ。一緒にここの庭を歩くのはずいぶん久しぶりですね」

「その間にどれだけの抜け道がみつかっただろうか」

「あったとしても、今のフィンリーさまでは背が高すぎて通れませんわ」

「背が高くなると楽しみが減るんだ。

僕はずっと棚の上には小さな妖精の庭があるはずだと、椅子を持ってきてなんとか見ようとした時期があったけど、妖精の庭を見ないまま棚の上が見えるほどに背が伸びてしまった」

「後で椅子に乗ってみます。わたくしの部屋の棚には存在するかもしれませんもの、妖精のお庭が」

「妖精の庭の様子について、見られたらぜひ教えてほしい」


そうフィンリーは笑った。


「そうだエレノア、その髪飾りを試しにつけてみないか?」

「こちらの大きいほうですか? 今日のこのシンプルな服には少し合わない気がしますけど……」

「試しにつけてみるだけだよ」

「そうですね、試しにつけてみるだけでしたら」


鏡の前で髪留めをつけてみる。わざわざナタリアに頼むほどのことでもないので、自分でやってみた。

サイドの髪をねじって後ろで結んでいたところに、髪留めをつける。


「少し直してあげよう」


フィンリーが位置を直してくれたが、髪に触れられたことがなんだか少し恥ずかしい。

鏡越しのフィンリーと目が合わないように、エレノアは下を向く。


「とても似合っている。きれいだ……」

「ありがとうございます……本当にきれいな緑色……」


エレノアは身体をひねって、鏡に映った髪留めを見る。

フィンリーの瞳の色の石が美しく、鏡をもっと窓辺の光のあたるところに持っていきたかった。

偶然にも今朝ナタリアが選んだ緑色のシンプルなドレスによく似合っていた。

シンプルではあっても、光沢のある緑色の布は裾にいくにしたがってその緑色が濃くなっていくドレスでエレノアのお気に入りだ。

ナタリアにもっと華やかなドレスを着せられそうになったけれど、午後にフィンリーとお茶をするだけなのに気合いが入り過ぎだというと、しぶしぶナタリアがこれを選んだ。

こちらのドレスにして正解だった。

髪飾りを落としたりして傷をつけては大変と、すぐに外そうとしたのにフィンリーがそれを止めた。


「せっかくだからつけたまま庭を歩こう。お茶はまた後で」


そういえば、ナタリアがお菓子を一緒に持ってこなかった。

庭を散策した後にまたお茶を飲むときには、ナタリアにお菓子を持ってきてもらおう。

港町では茶葉だけではなくお菓子も買っていてナタリアに預けてあった。


エレノアはフィンリーと庭に出た。

暑くもなく寒くもないノーリス王国の一番いい季節だ。

庭師が丹精込めた花畑は、ここは白い花ばかりの場所、向こうはピンク色と場所によって色を変えてあり、なだらかに曲線を描いた小径に沿って配置されている。

本当に美しい、ローレンス家自慢の庭だった。


「エレノア、今日はいい天気だね」

「そうですね今日は風が心地よいですね」

「僕は挨拶がうまくなっただろう?」

「そうですね、五点差し上げます」

「真ん中か……エレノアは意外と渋いな」

「満点は百点ですわ」

「……ああ、ものすごく渋いのだね……。

そうだエレノア、ちょっとここで待っていて。すぐに戻る」


急にフィンリーがさらに奥へと小走りで行ってしまった。

いったいどうしたというのだろう。


エレノアは近くにある白いベンチに腰を下ろした。

この辺りから奥の庭は、古くからのこの家の庭師がいろいろな花を掛け合わせて緑色や紫色、ひとつの花に白と黄色が混じっている花など、たくさんの珍しい花を咲かせている。

久しぶりにそれらをフィンリーに見てもらいたいと思ったのに、フィンリーはひとりで奥の花畑のほうへ行ってしまった。


(そういえば、子どもの頃はこの家の子であるわたくしよりもフィンリーさまのほうがこの庭に詳しかったわ)


そんなことを思い出していた。



「エレノア、待たせてごめん」


奥の庭から戻ってきたフィンリーは、緑色の花びらのガーベラをひと抱えも持っていた。


「その花は……」

「幼い日にここの庭師から一本もらって君に贈った、あの花だ。これはここの庭を借りて僕が育てた花なんだ」

「フィンリーさまが、育てた……?」

「エレノア、ここまで来て欲しい」


そう言われてエレノアはフィンリーのほうへ歩いていく。

あの日の花をこんなにたくさんフィンリーが抱えている……。それを育てたというのはいったいどういうことだろう。

エレノアが奥の庭に入ると、そこにはたくさんの人がいた。

父に執事のダスティン、ナタリアや他の侍女たちや、庭師も料理人たちもいた。

そしてローレンス家の者たちだけではなかった。

フィンリーの御父上と奥方さまとフィンリーの従者のセオドア、

そしてクラリス嬢とブランシュ嬢に、メイジー嬢にジェイクもいた。

エレノアはあまりの驚きに、両手で口元を覆った。

フィンリーがエレノアに近づき、ひざまずく。


「ローレンス公爵エレノア・ベオーミング嬢」

「は、はい」

「どうか私と結婚してほしい」


フィンリーは緑色の大きな花束を差し出し、おそるおそるエレノアはそれを受け取った。


「幼い日、君の家の庭師からもらった一本のこの花を君に捧げ、いつか自分で育てるか自分で買うかして抱えきれないほどエレノアに贈る、そう約束した。

僕は君の御父上にお許しをもらい、あの時の庭師を師匠と仰ぎこの花を種から育てたんだ。

師匠からは『毎日水やりに来ること』を条件に種を譲ってもらい、育て方を教わった。

何度かは君に会いにいったけど、ほとんど水をやって草を抜くなどの作業だけで帰った。

そしてやっと花が咲いた。

約束のこの花を持って、君に正式に結婚を申し込みたかったんだ」

「……全然、知りませんでした……」


エレノアは思い出の花に顔を埋めて、涙がこぼれそうになるのをこらえた。

こんなの、驚いて声もでない……。

毎日水やりに来るのが条件だなんて……最初の頃は杖をついていて、しゃがむのも大変だったはずなのに。

あの日の花を、こんなにたくさん……。


「エレノア、フィンリー殿に返事をしなくてはダメだろう?」


父がエレノアに声をかけた。


「そうだよ、プロポーズに返事をしないと!」


フィンリーの友人たちの声だった。

そう、きちんと返事をしなければ。


「フィンリーさま、ひとつだけお願いがあるのです。

 この花束から少しだけ、母の墓前にいただいてもいいでしょうか」

「それなら、もう僕が供えてきた。エレノアには申し訳ないけど、公爵夫人にエレノアを幸せにしますと先に伝えたかったんだ」

「そうなのですね……母の墓前に……それはとても嬉しいですありがとうございます……」


母の墓前に先に花を手向けてくれたことが何よりもありがたかった。

あの花を母は楽しそうに押し花にしてくれた。教えてもらいながら、たくさん母の話を聞いた。

全部あの日の花から始まっていたのだ。

エレノアは母に背中を押してもらった気がして、大きく息を吸い込む。


「フィンリーさま、わたくしを幸せにしてください。

わたくしも、フィンリーさまをもっともっと幸せにします。

これがお返事です……」

「エレノア、ありがとう……。でもこれ以上の幸せなんて、あるのかな……」

「たぶん、ありますわ、たぶんですけど」


エレノアは抱えている大きな花束で隠すようにして、そっとフィンリーのほほにくちびるを寄せて一瞬かすめた。


「本当に君は……僕の心臓を正確に撃ちにくるから、油断できない……」


そのフィンリーのつぶやきは誰にも聞きとめられることはなかった。




それから、奥の庭で少し豪華なお茶会になった。

父はフィンリーに、母の好きな花の話をしている。

カードフォード公爵夫妻は、庭師に花の掛け合わせについて尋ねていた。

学園の友人たちは、エレノアの髪留めを目ざとく見つけて、これは自分たちの手柄なのだと笑っている。

ナタリアは、クラリスとブランシュに、今日はもう少し華やかなドレスをおすすめしたのに、いつものシンプルなドレスでいいと譲らなかったと嘆いていた。

それでも髪留めの色から、なんとかお揃いになるように緑色のドレスにしたのだと言って、二人から拍手を受けている。

そのあとナタリアはフィンリーの従者であるセオドアと楽しそうに話し込んでいた。

そういえばフィンリーがこの家にやってくるとき、フィンリーはいつも従者のセオドアをナタリアに預け、お茶をいただいておいでと言っていた。

エレノアと二人きりで話したいからねと言いながら、セオドアとナタリアがいい雰囲気なのを察して、なかなか自由の無い二人に僅かなひとときを作っていたのかもしれない。

そしてメイジー嬢がエレノアのところにやってきた。


「今日はお招きくださってありがとうございます。エレノアさまから直接ではありませんでしたが、フィンリーさまを通じてローレンス公爵さまから招待状をいただきました。

ああ、もう堅苦しい言い方は合わないから失礼するわ。

わたくしは以前のあなたのことを正直好きではなかった。

おどおどしていて自分の意見も何も言わず、まるでそうしていれば高位貴族のくせにと言われないで済むとでもいいたげな感じで。

でも、この頃のあなたはわたくしなどにも言い返したりして、結構好きよ。

その髪留め、とても似合っているわ。

フィンリーさまのじっとりした愛がこもっているのですもの、お幸せになってね。

本当に心からそう思っているから、この言葉をそのまま受け取ってもらいたいわ」

「ありがとう。じっとりした愛……その言葉選びは、結構好きですわ。

それから、これとお揃いの小さなピンのアイデアがメイジー嬢だと聞きました。

そのアイデアごと、大切にいたしますわ」

「学園で見たら、まんまとつけてきたわと聞こえよがしに言ってしまうかもしれないわね」

「その前に、つけてきましたとこれ見よがしにご報告にいきますわ」


メイジー嬢とエレノアは声に出して笑い合った。

その様子をフィンリーが楽しそうに見ていた。


次が最終話となります

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