その光は光明の光?8
「レナ! あれだけ危ないことはするなって言ったのに!」
私とジーンがレイスマフ教の施設に乗り込んだ翌日。
いつも通り店を開けてカウンターで本を読んでいると、挨拶もなしにザヴァルが怒りながら乗り込んできた。
顔を上げると、怒ったザヴァルから遅れてニヤケ顔のジーンもこちらにやってきて、私に向かって手を挙げる。
「なんで犯人を捕まえるところまでやっちゃうんだ!? 調査だけって言ってただろう!」
「それはまぁ流れで……ごめん」
「謝ることはない。ただのヤキモチだろ」
「ジーン!」
横から口を挟んできたジーンにまでザヴァルは睨みをきかせた。
「俺はレナが心配だっただけだ! もし何かあったらと思うと……」
「何もなかったんだからいいじゃない」
「俺がいたからな」
「お前は黙ってろ!」
やっぱりザヴァルはジーンにだけは当たりがきつい。
烈火の如く怒って、カウンターの前に座ると私と視線を合わせた。
「レナに何かあったらライアンさんに合わせる顔がないんだ。頼むから無茶な真似はしないでくれ」
「ザヴァル、ここでお祖父ちゃんの名前を出すなんて……ずるいよ」
私はふぅ、とため息をつく。
目を閉じればすぐに私が今座っている椅子に座っているお祖父ちゃんの姿が思い出される。
ついこの間のことのようで、遠い昔のようにも思える景色。
ザヴァルはお祖父ちゃんのことをとても慕ってくれていた人の一人だった。
「わかったよ、もう無茶はしない」
「絶対だぞ」
「うん」
私は家を勘当されて親はいなくなってしまったけれど、今ではザヴァルが親のようだ。
「司祭さんは窃盗を認めた?」
「ああ、すぐにな」
ジーンがザヴァルの横までやってきて、カウンターの上に一枚の紙を置いた。
「魔法陣、だね」
「ああ、一枚もらってきた」
紙には魔法陣が描かれている。
体内に十分な属性と魔力値がある者は呪文を唱えるだけで魔法陣が眼前に出現し、魔法を使うことができる。
それを紙に表したものがこの魔法陣のようだ。
「これがあれば誰でも魔法が使えるのか?」
「どうだろう……」
魔法陣は光属性特有の紋様が描かれているようだ、ということくらいはわかるけれど、魔力がなくても使えるのか、対応する属性が必要なのか、ということは見ただけではわからない。
「使い方は聞けた?」
「これを持って呪文を唱えれば使える、と」
「うーん」
あの司祭さんは元々少しだけれど光属性を持っているようだった。
まったく光属性のない者が使ってどうなるのかは試してみないとわからない。
「見たところジーンは光属性持ってなさそうだよね? ザヴァルでもいいんだけど、どっちかが使って試してみないことにはなんとも。ここで試すわけにもいかないし、とりあえず魔法陣だけ書き写させてくれる?」
「もちろん」
私は急いで筆を取って手近な紙に魔法陣を書き写す。
まだすべてはわからないが──
「やっぱり」
光属性独特の魔法陣が描かれている。
だけど、それだけじゃない。
私は書き写しながら考える。
一見するとただの光の魔法陣のようだが、細部まで見てみると何か手が加えられているように感じた。
この形式はどこかで見たことがあるような……。
「どこだったかな……」
魔法陣は魔法を使う時に必ず出るものなのに、それ自体の知識がなくても使えるものだから、あえて学園で勉強したりしない。
魔法陣を記した書物もあるにはあるのだが、専門的すぎて世の中にはなかなか出回っていないのだ。
それが見られればこの魔法陣がどういう組み合わせでできたものか、すぐにわかるのに──。
私はもどかしさに歯噛みする。
書き写し終わって、元の魔法陣を返そうと顔を上げると、真剣な表情で私を見ていたらしいジーンと目が合った。
「ありがとう、書き写したわ」
「レナ」
私の言葉に被せるようにしてジーンが私の名前を呼んだ。
「俺はこの魔法陣が俺にも使えるのかどうかが知りたい。今度の休み、付き合ってくれないか? 俺には魔法の知識がないんだ」
「それは……別にいいけれど」
そんなに真剣に頼まれて断る理由もない。
それに、私も目の前に謎が落ちているのに、解明しないと気持ちが悪くて仕方がない質だ。
これがどういう仕組みで使われているのか、知りたいという欲求はあった。
──本当は、あまり魔法と関わりたくはないのだけれど。
「まさかこれを使う気じゃないだろうな」
ザヴァルが怖い声を出してジーンから魔法陣を取り上げる。
「おい!」
「これは犯罪者から押収した証拠品だ。持ち出したことだって褒められたことじゃないのに、使うなんて以ての外だ!」
「なにを……」
「まぁそうよね。ザヴァルの言う通りだと思う」
「レナ……」
また喧嘩がはじまりそうだったので私も口を挟む。
「今後、もしこの魔法陣による犯罪が増えたなら治安維持部隊でもこれがどういうものなのか解明しなきゃならないだろうし。その時には現物があるとないとで、魔法省と掛け合えるかどうかが変わってくる」
「だが……」
「でも魔法陣は書き写せたのだし、私の手で作れないかどうか、試してみるよ。そう簡単にはいかないと思うけれど」
「レナ……!」
「レナ! どうしてレナがそこまで……」
目を輝かせたジーンと対象的にザヴァルは目を釣り上げた。
「だって見てしまったんだもの。気になるじゃない。ザヴァルは私の性格知っているでしょう?」
「そうだけど、でも……」
「レナ」
ザヴァルの声を遮って、ジーンが私の手をとる。
まさか手を握られるなんて思ってもいなくて、私もザヴァルも固まってしまう。
「レナ。俺はお前がほしい」
「……へ?」
「…………っ!!? ジーン! お前……!」
私とザヴァルは一拍遅れて驚きの声を出す。
突然何を言い出すんだろうこの人は。
「レナなら俺の望みを叶えられるかもしれない。俺にその知恵を授けてほしい」
「ああ、そういう……」
「レナ、こいつの言うことを聞く必要はないぞ!」
「ザヴァルは俺の邪魔ばかりするな」
「お前が自分のことしか考えない横暴なやつだからだ!」
「それはまあ、否定しないが」
「認めるな!」
この二人は口を開けば喧嘩ばかりしている。
私はだんだん飽きてきて「ちょっと二人とも」と、止めに入った。
「ジーンは私の知識がほしい、ってことよね?」
「そうだ」
「ジーンの求める知識が私にあるとは限らないけれど。期待はずれかもしれないわよ」
「それは大丈夫だ。俺がレナがいいと思ったんだから」
「どういう理屈よ。……まあいいわ」
「本当か? 協力してくれるのか!?」
「レナ!?」
信じられないという表情をするザヴァルに苦笑いを向けて宥める。
「だけど、ひとまず魔法陣の仕組みを解明するところまでよ。その先、私がジーンに協力するかはその時に決める。私は興味を惹かれることしかしたくないし、私にも踏み込みたくない部分はあるからね」
「わかった、それでいい」
ジーンはすぐに肯定の返事をした。
深く考えなしに、いいのだろうか。
「レナ……」
「ザヴァル、ごめんね。心配してくれてるのはわかるけど、私も知った以上は気になるから」
「……わかった。でもジーンがレナに無理強いしたり、危ないことに巻き込むならすぐに止める」
「うん、ありがとね、ザヴァル」
「話はまとまったな」
ジーンが私を見て、ふっと表情を緩める。
「とりあえず次の休み、俺に付き合ってくれるか?」
「ええ」
「初デート、だな」
ジーンがニヤリといたずらっぽく笑う。
ザヴァルへの嫌がらせのためにそんな言葉を使ったんだろうけれど、デート、か。
「くっ……俺がジーンと同じ日に休めれば俺もついていくのに……!」
「相棒である限り、無理ね」
エバークラインの治安維持部隊は緊急時以外は組んでいる相手と別の日に休みを取る。
ザヴァルはすごく悔しそうな顔をした。
「ふっ、俺とザヴァルは仕事でもレナのことでもライバルってところか」
「ライバルって……仕事はともかく、レナのことはお前は知識目当てだろ」
「……どうかな」
「……っ!? まさか、お前……っ!?」
「もう、喧嘩しすぎよ二人とも。さっきからずっと喧嘩してるんだもん、外でやってよ」
なんだかいつも私が割って入る役になっている。
正直面倒だから二人には仲良くなってもらいたいところだ。
……と、ふと二人の顔を見ると、ザヴァルは苦い顔をし、ジーンは小馬鹿にしたような顔で私を見ている。
喧嘩を仲裁してあげているのだから、感謝するところだと思うのだけれど。
「何よ?」
「いや、これだからザヴァルとレナの関係は友人のままなんだなと実感したところだ」
「……いつものことだよ」
なんだかよくわからないけれど、二人は揃ってため息をついている。
今まで仲が悪かったくせに、どうやら私の悪口で意見を合わせるのはやめてほしい。
「まぁ、いい。そっちも気長にやるよ」
「?」
「よろしくな、レナ」
ジーンは少し意地悪な顔をして私に左手を差し出す。
私は求めに応じて、無骨で古くて細かい怪我がいっぱいのその手を握り返したのだった。




