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その光は光明の光?3

 翌日の夕方、雑貨屋の営業を早めに終えて、私は身支度を整えてから定位置であるカウンターの奥に座っていた。

 目の前には何冊も開かれたままの本が置いてあり、私はそのすべてを何度も目を通しては自分の考えをまとめていく。


「ふぅ」


 これ以上はこの目で確かめる他なさそうだ。

 私は一冊一冊丁寧に閉じて積み上げた。


 それにしても……


 私は閉まっている店の扉に目をやる。

 そろそろジーンが私を迎えに来る頃だろうか。


 頬杖をついて思い返す。

 王都からこの地方都市エバークラインにやってきた元騎士様のことを。


 ジーンのことを初めて聞かされたのはザヴァルからだ。

 仕事ではなく、休日に店に遊びにやってきたザヴァルは

 、椅子の背に顔を乗っけてぼやいていた。


「聞いてくれよ、ウィギンズさんの後任の話なんだけどさ」


 ウィギンズさん、というのはザヴァルが治安自治部隊に配属された時から一緒に組んで仕事をしてきたベテランの先輩だ。

 優しくて面倒見のいいウィギンズさんはミスの多いザヴァルをさり気なくフォローしてくれたり、時には叱咤激励してくれたり、それはいい先輩だった。

 そのウィギンズさんが治安維持部隊の定年で室内勤務に異動になってしまうので、後任が選ばれることになっている。


「そいつ、ジーン・ジャミルズっていう俺よりひとつ上の男でさ、王都の戦時特別部隊から来たって言うんだ」

「戦時隊か……珍しいね」


 戦時隊には個人的にいい思い出はないので顔をしかめてしまう。


 戦時特別部隊とはその名の通り、このスマーフ王国に隣国等との武力的な争いが起きた際に先陣を切って国を守るための特別部隊だ。

 今現在も含めてこの近年は大きな諍いは起きていないので、日々訓練をしながら有事の際に動けるように待機しつつ、緊急事態があり手の足りない部隊のサポートを行う変動的な部隊でもある。


 その戦時特別部隊は、スマーフ王国の兵士達にとってはゆくゆくは高位職につくための通過点となることが多い、いわゆるエリート予備軍の集団だ。

 行く先は王城警備部隊や、王族を側で警護する近衛部隊など、どの部隊も国王に近い誉れ高いところがほとんど。

 王城警備部隊や近衛部隊に配属された兵士を尊敬の念から「騎士」と呼ぶのだが、戦時特別部隊に配属された兵士も将来が確約されていることから、同じく「騎士」と呼ぶくらいだ。


 戦時特別部隊に入れさえすれば、こんな地方都市の治安維持部隊になんて格下げされることはほとんどないのだが──


「なんで()()()()()のかは知らないけど、とにかく嫌味なやつでさ……戦時隊ではこうだった、ここはいい加減だ、とか常に見下してくるんだよ」

「ああ……そういうタイプの人か」


 私は思わず苦笑してしまう。

 たしかに戦時隊に比べれば、このエバークラインの治安維持部隊なんてぬるくて仕方がないだろう。


「戦時隊の気持ちのまま来られてもね」

「そうなんだよ。うちにはうちのやり方があるだろ? ったく、いちいち突っかかってくるし、息苦しいったらないぜ」


 ザヴァルは心底うんざりしたようにため息をつく。


「なんで戦時隊からエバークラインに異動になったんだろうね」

「さあな。その辺の事情は知らされないし、本人も言わないからな。不祥事を起こしたか、上に嫌われでもしたか……それはあり得るかもな。あの性格じゃあ」


 普段はどちらかというと温厚なザヴァルがここまで言うのだから相当に相性が悪いのだろう。

 それからも、ザヴァルがこの店にやってくる度にジーンの愚痴は度々聞いていたのだが……。


 昨日ジーンが店に来たことを思い出すと、私も嫌な気分になる。

 私の大切なこの店を貶されたのだから。


「なんで騎士様がエバークラインなんかに……」


 それにめんどくさい匂いしかしないことを言っていた。


『俺もこいつに興味が出た』


 思い出すだけで顔が歪む。

 一体この私のどこに元騎士様は興味を持ったのだろう。


 私は騎士様と相性が悪い呪いでもかけられているのだろうか。

 元婚約者の顔を思い出して顔をしかめる。

 私の元婚約者も戦時隊にいたのだ。

 もしかしたらジーンも彼のことを同僚として知っているかもしれない。

 婚約破棄された時はもう二度と戦時隊の人と関わることはないと思っていたのに。


 そんなことを思い出していた時、コンコン、と二度力強く扉がノックされた。


「はい」


 私はそう声をあげて椅子から立ち上がる。

 時計を確認すると約束の時間ちょうどだった。


「すまない、遅くなった」


 開いた扉から顔を覗かせると僅かに息を切らせたジーンはすぐにそう謝る。


「時間通りよ。別に謝ることないのに」

「いや、余裕を持って迎えに来るつもりだった。だが、少々道に迷って……」


 ジーンは苦い顔を浮かべていた。


「方向音痴?」

「そ、そんなことはない」


 早速気分を害したらしく、ジーンはムッとした顔をしている。

 ついジーンの顔を見ると憎まれ口を叩きたくなってしまう。

 ザヴァルの気持ちもわからないでもない。


 だけどジーンが真っ先に謝ったことに私は内心意外に思っていた。

 私が過去に出会った騎士様は自分の非は絶対に認めないプライドの高い人だった。

 一度指摘したら怒って婚約破棄をするくらい器の小さい人。


 しかしジーンは同じ組織から来た元騎士様なのに私みたいな女にも迷わず謝った。

 謝れる人は自分の過ちを認められる人。

 そこは私も認めるべきなのかも。


「エバークラインの道はどれも似ていて入り組んでいるし、来たばかりなら難しいわよね」


 勾配のある地形に作られているエバークラインは、同じ赤茶色の煉瓦が敷かれていて、階段も多く、見通しが悪い。


「行きましょう」


 私は店の外に出て、外から扉に鍵をかける。

 ジーンは私の少し後ろについて待っていてくれていた。


「どこへ行くか教えてくれれば……いや、現地まで案内してくれたら、レナは帰っていいんだぞ」

「それは嫌」


 鍵を閉めた私は真っ直ぐにジーンへと向き直る。

 ジーンは僅かに眉を潜めて口を引き結ぶ。


「私がこんなよくわからない店の若い女店主で、それに部外者だから排除したいのかもしれないけど、私は情報を提供するに当たって間違った情報を提供したくないの。私の間違った情報によって、困る人や傷つく人が出てほしくない。だから確信が持てるまで話せない」


 そう真正面から言うと、ジーンは無表情で見つめ返してきた。

 さすが元騎士様と言うべきか、無表情でも貫禄があって怯みそうになるけれど、ここは譲れないと怯えを心の奥底に隠して堂々と続ける。


「それに私はエバークラインの街や人を大切に想ってる。みんなが安心して暮らせるような街にするためなら多少の危険は覚悟の上よ」


 静かに私の言葉を聞いているジーンの茶色い瞳に私の顔が写り込んでいるのが見えた。


「私の貴方に対する感情とか、貴方の私や治安維持部隊、エバークラインの街に関する感情は関係ない。仕事をしてくれるかしら?」


 口にしてから少し皮肉が過ぎたかと思ったが、ジーンはすぐに首を縦に振る。


「ふん、それでこそ俺が興味を持った女だ」

「ここ見直すところ!?」


 思わず突っ込むとジーンは何故かふふんと得意げに笑う。

 ジーンは調子を崩す名人のようだ。


「レナのことは俺が守ってやる。腕には自信があるからな、安心して調査をしてくれていい」

「……そうですか」


 もはや突っ込む気力もなくなってきた。


「とりあえず行きましょう。あんまりもたもたしてると時間に遅れてしまうわ」

「わかった、行こう」


 こうして私はジーンを後ろに従えて、エバークラインの街へと歩き出した。


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