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あなたからは逃げられない2

 ローレイラに到着したのは空が茜色に染まり始める頃だった。


 途中で何度か休憩を挟んだが、長い時間馬車に乗り続けるのはやはり疲れる。

 私は馬車から降りるとまず「うーん!」と、大きく伸びをした。


「まずは宿に行こう。場所はだいたい調べてある……んだが……」


 私と違って疲れた様子はまったくないジーンは一枚の紙を見て周囲を見渡し、また紙に視線を落とし、ということを繰り返し、眉間の皺を深めていく。


「ふふ、そういえばジーンは方向音痴なんだったっけ」

「お、俺だって現在地さえわかればな……!」


 なんと現在地も不明らしい。

 私は思わずくすりと笑うとジーンに軽く睨まれた。

 その睨みも、前に比べたら優しいものに変わってはいるし、私もジーンのことがだんだんとわかってきたので、恥ずかしがっているのを誤魔化しているのだと気がついている。


「大丈夫、私は一度ローレイラに来たことがあるから、宿が立ち並ぶエリアは覚えているわ」

「一度来ただけで……?」

「街の中心部にあるからわかりやすいのよ。ローレイラは敷地こそ広いけれど、宿や買い物ができる場所は街の中心部に固まっていて、それを囲むように家々が、さらにその外側に研究施設があるの。私が前に来たときは観光目的だったから、中心部しか見ていないのだけど、数日滞在すればくまなく見て回れる程の広さなのよ」


 以前来たときはお祖父ちゃんに連れられて、しかも幼い頃だったが、それでも覚えていた。

 今いる場所も、見渡せば見覚えのある建物が並んでいる。


「こっちよ」

「……ああ、頼む」


 ジーンは観念したらしい。

 私の後についてきてくれる。


「レナは人の顔覚えがいいだけじゃなく土地を覚えるのにも長けているんだな」

「そんなつもりはないけれど……」


 私が今まで訪れたことのある街は生まれ育った王都、エバークライン、そしてこのローレイラくらいだから、物珍しくて記憶しているだけだと思っていた。

 自分にそんな才能があると知る程には私は旅をしていないのだ。


「……これからもっといろんな場所を旅すればわかるのかもね」


 お祖父ちゃんを失った悲しさと、勘当されて生きていくための慌ただしい日々でこれからのことはまったく考えられていなかった。

 それが最近、ようやく未来のことを考えられるようになっている。

 ジーンの前向きさが移ったのだろうか。


 しばらく歩くと宿が立ち並ぶエリアに到着した。

 ジーンが予め調べておいてくれたらしい宿を見つけて中に入る。

 受付に向かって、ジーンが口を開く。


「数日部屋を借りたい」

「ありがとうございます。空いておりますよ」


 青みがかった髪を持つ中年の男性がにこやかに対応してくれる。

 私は、この人は水の属性を持っていそうだけれど魔法を使えるほどではなさそうね、などといつもの癖でぼんやりと観察していた。

 だから、その後繰り広げられた会話に反応するのが遅くなってしまったのだ。


「ご用意は一部屋でよろしいですか?」

「ああ、頼む」

「かしこまりました、それではご案内いたします」


 男性が受付から出てきて私の荷物を持ってくれる。

「ありがとうございます」と、お礼を言ってふと気がついた。


「……一部屋?」


 私とジーンで一部屋?

 二部屋の間違いじゃなくて?


「ちょ、ちょっとジーン……」


「こちらのお部屋でございます」


 受付の男性が扉を開ける。

 中に入ると夕暮れの外の光が入ってきている窓、小さい丸テーブルと長いソファが一脚。

 そして一人で寝るには大きいが、二人で寝たらあまり広々とは使えなさそうなベッドが一台。


「ちょ……」

「ではごゆっくりお過ごしくださいませ」


 私が言葉を失っている内に受付の男性は一礼して退出してしまった。

 ジーンはドサリと荷物を置き、部屋の奥にあるソファに座る。


「ちょっと休憩したら外に夕食を食べに行くか」

「……ね、ねえジーン? えっと、私の部屋は……」

「ここだが?」


 ようやく尋ねると、ジーンは不思議そうに首を傾げた。

 私が何を聞きたいのかいまいち伝わっていないようなので、もう一度改めて尋ねる。


「ひ、一部屋しか借りないの……?」


 その事実を確認するだけなのに声が裏返ってしまった。

 変に意識しているようで頬が熱くなる。

 それに対してジーンは動揺した様子はなく、淡々と言う。


「そうすると言ってなかったか? 経費で落ちるのは俺の分だけだから一緒にいれば浮かせられる、と」


 そう言われてみればそんなことも言っていたような気がするが、まさか同じ部屋で寝泊まりするなんて想像してもいなかった。

 しかも、ベッドは一台。


 頬が熱くて仕方がなくて、私は両手を頬に当てて早く冷まそうと努力する。


「ベッドはレナが使っていい。俺はどこでも寝れるから……このソファで寝るかな」

「そんなわけにはいかないわ!」


 私は反射的に断った。

 ソファはジーンが横になるには小さすぎて足がはみ出してしまいそうだし、何より私は一緒についてきた身だ。


「それなら私がソファで寝る」

「それはダメだ」


 今度はジーンが目を釣り上げる。


「レナをソファに寝かせて俺がベッドで寝るなんて、男として絶対に無理だ。レナがどうしてもソファで寝ると言うなら俺は床で寝るぞ」

「そんな!」


 なんて横暴な! と、思うが、それもジーンの優しさだ。

 ジーンには守られてばかりで申し訳なくなってくる。

 それでも頑として譲らないという強い意志がジーンからは感じられた。


「……わかった、じゃあベッドで寝かせてもらうね」

「それでいい」

「だけど疲れてきたら代わるからね」

「それは平気だ」

「代わるからね」

「ふっ……レナも強情だな」

「だって……」


 何故か見ていると胸がそわそわしてくるような笑顔を浮かべながら、ジーンは私の頭の上にポンッと手を乗せる。


「気にせずただ甘えればいいのに、そうできないところがあるよな、レナは」


 甘える。

 確かに私からその言葉は遠い。

 誰かに心から甘えられたのはお祖父ちゃんだけだった。


 ジーンに甘える。

 それは想像するととても魅力的で、それと同時に不安にもなってくる。


「ちなみにここではレナに手を出さない覚悟をしてきたから安心して眠っていい」

「うん……ん?」


 考えごとをしていたから反応が遅れてしまった。

 手を出さないってそういう……?

 それに()()()()


「ジ、ジーン……」

「荷物を片付けたら夕飯を食べに行くか。ローレイラは魚の塩漬けを使った料理が有名らしくて……ん? どうかしたか?」

「な、なんでもないっ!」


 私はジーンから顔が見られないように背を向ける。

 これ以上この赤い顔を見られるのは恥ずかしすぎた。


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