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昼の紅茶、夜の紅茶1

 その日、私はご機嫌だった。


 ザヴァルが出勤前に店に寄ってくれて、お母様お手製のお菓子を差し入れしてくれたのだ。


 ザヴァルのお母様は料理上手で、中でもお菓子は売りに出しても人気が出ると確信できるくらい美味しい。

 まだ中は見ていないけれど、ザヴァルによるとクッキーにチョコレートコーティングを施したチョコレートクッキーらしい。


 ザヴァルのお母様が作ったクッキーは私の大好物だ。

 流石に仕事中に食べる訳にはいかないので、店を閉めたら食べようとそわそわしている。


 ご機嫌でいつもの様にカウンターの前に座って本を読んでいるとチリンと店の扉に付けられたベルが鳴った。

 いつもより素早く本を閉じると、私は顔を上げてお客様を出迎える。


「いらっしゃいませ。あ、お久しぶりですね、マインさん」


 お客様は以前にも店に来てくれたことがある女性だ。

 私がダスカー雑貨店を継いですぐにザヴァルが何人か知り合いを連れてきてくれた。

 その中の一人がマインさんで、ザヴァルと同じ学園に通っていた同級生らしい。


 ふんわりと柔らかい雰囲気の女性で、歩きはじめたばかりだというお子さんを連れて来店してくれたこともあった。


「久しぶりね、レナちゃん」


 今日はお子さんは連れず一人で来店したマインさんは、以前よりもとても疲れた顔をしていて下手をしたら今にも倒れてしまいそうだ。

 私は慌ててカウンターからもう一脚の椅子を持ってきてカウンター越しに置いた。


「よかったら座ってください」

「……ありがとう」


 どこか自嘲めいた顔をしたマインさんは素直に椅子に座ってくれる。


「茶葉は売っている? 前に買ったお茶が美味しくて、それを飲む時だけがほっとできる時間なの……。だけど、飲み終わってしまったから」

「ありますよ」


 私はカウンターの後ろにある棚から茶葉を取り出す。

 茶葉はダスカー雑貨店の人気商品なので常に仕入れてある。


 王都のさらに北にある茶葉の産地はエバークラインからは遠すぎるので、なかなか手に入りにくい。

 王都には多く流通しているのだけれど。


「前回マインさんに買っていただいた茶葉もありますよ。ミルクを入れて飲むのがおすすめの」

「もしかして、ミルクを入れずに飲める茶葉も置いている?」

「はい、ございますよ」


 私は小皿に茶葉を少量出す。


「この茶葉は何も入れずに飲むのがおすすめの茶葉です。茶葉自体に甘みがあって、香りもいいんですよ」


 マインさんは小皿を手に持ち匂いを嗅ぐ。

 こくりと一つ頷くとほんの少しだけ表情を和らげる。


「いい香りね」

「……もしよかったら、試飲されますか?」

「え、いいの?」


 マインさんは目をくりっと丸くした。

 本当はやっていないサービスだけれど、顔色の優れないマインさんを見ていたらついそう提案していた。


「はい。カップは私の普段使ってるものになってしまいますが、飲んでみてやっぱり好みではないということもありますから」

「……お言葉に甘えてもいいのかしら」

「もちろんです! あ、よかったら私もご一緒していいですか? 美味しいお菓子もあるんですよ」

「まぁ」


 マインさんは見る見る顔を輝かせていく。

 その様子が嬉しくて、私はすぐに裏の自宅として使っているキッチンに向かって用意を始めた。


 *


「お待たせしました」


 数分後、ダスカー雑貨店は小さな喫茶店に早変わりしていた。

 テーブル代わりのカウンターの上にはお茶とザヴァルのお母様が作ってくれたチョコレートクッキーが置いてある。


「わぁ、美味しそう」


 マインさんもキラキラした瞳でテーブルの上を見ている。


「女子にはこういう時間がないとね」

「そうですね」


 私達は向かい合って座り、いただきますを言ってカップに口をつけた。


「! 美味しいわ……」

「お口に合ってよかったです。私もこの茶葉が一番好きなので、家ではよくこれを飲んでいるんですよ」

「ホッとする……」


 マインさんはカチャリとソーサーにカップを置いて、一つため息をつく。


「生きてるって感じがするわ……」

「なにかあったんですか?」


 聞いてもいい雰囲気だったので控えめにそう尋ねるとマインさんは弱々しく首を振る。


「何かあった、ってわけじゃないの。ただ……ちょっと疲れちゃって」


 マインさんはカップに視線を落としながら、辛そうな笑顔を作った。


「私、母親に向いてないのかも」

「お子さん、前にお店にも連れてきてくださいましたよね」

「ええ、もう二歳になったわ」


 マインさんは今にも泣き出しそうな顔で笑う。


「かわいいの、とても。でも、同時にとても憎らしいのよ。自分じゃ何もできないから、何でもかんでも要求してくるんだけど、その声を聞くだけでもううんざり。毎日苛立ちを全力でぶつけられて、それでも優しい母親になれたらよかったんでしょうけど……」


 私は婚約も破棄されてしまい結婚の予定はないし、子供ももちろんいない。

 だから、マインさんの話はただ聞くことしかできない。

 それでもマインさんは誰かに話を聞いてほしかったのだろう、気にせずしゃべり続けている。


「自分にこんなに乱暴な感情があるだなんて知らなかった。夫にも一度も怒ったことなかったのよ? でも、今は毎日子供と夫に怒ってる。そんな自分にもう疲れちゃってね……」

「そうなんですか……」

「それでも毎日辛うじて生きてるのに、そんな私に友達から手紙が届くの。エバークラインで昔からの友達だった子なんだけれどね、私と同じ時期に結婚して、隣街のローレイラの良家に嫁いだの。それでうちと同い年の子供を育ててる……」


 マインさんの瞳の奥に憎悪が交じった。

 ほんわかとして怒るというイメージがなかったけれど、毎日怒っているというのは本当のことのようだ。


「その子がね、手紙で言うの。『暇だ』って。夫は仕事に出ているし、子供は家の教育係のメイドが見てくれるんですって。ローレイラには友達もいないし寂しいって。だから、毎日暇つぶしに編み物をしたり読書をしたり、庭いじりをしたりしているんですって。私が望んでも手に入らない自由な時間を彼女は持ってる……それなのに暇でつまらないだなんて」


 マインさんはカウンターの上に置いた手をギュッと握る。


「うちはもちろんメイドさんなんて一人もいないし、夫も仕事だから日中は子供とずっと二人きり。体調が悪くても休めない、趣味だったお菓子作りだってずっとできていない。やることは子供に奴隷のように尽くすことだけ……」


 吐き出すようにそう言って、マインさんはふっと顔を上げた。

 私の顔を視界に収めると、今気がついたかのような申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんなさい、レナちゃん。貴女はまだこれからだっていうのに……」

「いえ、私に結婚の予定はありませんから」

「けれど、いつかはするでしょう? 子供だって……。私もね、子供を生む前は子供がかわいいと思っていたし望んで生んだのよ。だけど、あまりにも大変で苦しくて……」


 マインさんは自分の胸の辺りをギュッと掴む。


「夫や両親からは二人目をと期待されているの。私の役割は子供を生むことだから、それを望まれて結婚したんだし私も受け入れたのだけど、それでも一人、また一人と生むことでこの生活が延びていくのだと思うと……」


 私に子供はいないので共感することはできないのだけど、マインさんがとても苦しんでいるのはわかる。

 雑貨屋の店主に長く愚痴を溢したい程には追い詰められているのだろう。


 マインさんは一つため息をつく。


「ふと思うの。もし私に魔法が使えたら、って」

「魔法」

「ええ、ローレイラに行った友達、エバークラインの学園の中では魔法が得意な子でね。地の魔法が使えたから、それで良家に嫁げたのよ。私は魔法が使えないから……」


 マインさんの一つに結かれた髪の毛は薄い黒で、ところどころ紫色の髪の毛がメッシュのように入っている。


 黒と紫ということは闇の属性を持っているのだと思うけれど、瞳の色は灰色なので闇の魔法を使うには魔力量が足りないのだろう。

 闇も光と同様に魔力量が多くないと使えない高度な魔法だ。

 使える者は髪も目も真っ黒か紫に染まっている人が多い。


「もし私が魔法を使えたら彼女じゃなくて私が選ばれて、教育係に子供を任せられる生活ができたかもしれない。……考えても仕方がないことだけれどね」


 マインさんも私やジーンと同じ、魔法が使えないが故に手に入れたかったものを手に入れられなかった人だった。

 寂しそうな笑顔は見ているだけで辛く、苦しい。


 スマーフ王国が変わればこういう人がいなくなる。

 それがジーンが目指す世界だ。


 例え夢物語に思えたとしてもジーンはきっと諦めない。

 短い付き合いだがそう確信できた。


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