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その光は光明の光?1

 その通知はたった一枚の紙切れでやってきた。


「なんてこと!?」


 母親の悲鳴のような叫び声に慌ててリビングへ向かうと、今にも倒れそうな顔で紙切れを握りしめていた。


「……どうした?」


 たまたま早く帰ってきていた父親が母親の肩を抱きながら紙切れを受け取って見る。

 その紙に目を通した父親はまるでゴミを見るような目で私を見た。


「デュオハイム家からの手紙だ。──アドニスからの申し出でお前との婚約を破棄させていただきたい、と」


 そっか、というのがそれを聞いた時の私の率直な感想だ。

 親に決められた婚約だった。

 お互いに恋人同士のような気持ちはなかったので悲しい気持ちはない。


 婚約破棄されるのも仕方のないことだろうと続けて思う。

 プライドの高いアドニスに魔法の使い方について意見した。

 それにひどく怒っていたのはほんの数日前の話だ。


(だからと言って婚約破棄、か)


 器の小さい男だと思う。

 自分に従順な女しか望めないとは、将来が思いやられる。


 だから、婚約破棄自体はむしろホッとしたという方が正しいだろう。

 だが、この私の目の前でとても実の娘に向けるようなものではない、まるで憎き敵を見るような目を向ける両親を前にしてはホッとすることはできなかった。


「アドニスの婚約者には妹のミレーヌを……だと……!?」


 父親は目を釣り上げる。

 私はそれをぼんやりと眺めながら、そうか、妹が私の元婚約者と結婚するのね、と考える。

 前々からアドニスは私よりもミレーヌと話したがっていた。

 もしかしたら、この前の喧嘩が引き金になっただけで、ミレーヌと結婚したかったのかもしれない。


「お前は本っっっっ当に使えないやつだな!!!!」


 私の思考は父親の怒りの爆発によって一時停止する。

 こうなった父親は誰にも手がつけられないと、我が家の人間は十分に理解している。


「ベリアル家に産まれながら、魔法が使えないどころか女としても役割も果たせないとは! それだけじゃない、ミレーヌがお前の代わりにデュオハイム家に嫁ぐだと!? お前だからと組んだ縁談にミレーヌが使われることになるとは……断ることもできない! どうしてくれる!? この邪魔者が! ベリアル家の恥だ!!」


 父親は私につばがかかりそうなくらいの剣幕で怒鳴り続ける。

 そんな父親の傍らに立つ母親は「そうだそうだ!」と、言わんばかりにゴミを見るような目を私に向け続けていた。


(吐き気がする)


 ただでさえ私はついさっき不穏な知らせを受け取ったばかりだ。

 あぁ、なんて今日はひどい日なのだろう。


「……もうこの家にお前の居場所はない」


 父親は冷えた目でそう告げる。

 それが、私にとって死刑宣告だと思っているかのような深刻さで。


「お前にはもう二度とベリアル家には立ち入らせない。出ていけ! そしてベリアルの家名を名乗ることなく我々の目の届かないところに消え失せろ!!!」

「あ、あなた……」


 そこで初めて母親が小さく声をあげる。

 だが、父親には聞こえていないか、もしくは聞く気がないようだった。


「早く出ていけ!! 今すぐに、だ!!!」


 父親が魔物のような形相で叫ぶ。

 それを聞いて、私は──



 *



 私がこの世で一番愛しているのは平穏だ。


 今の私にとっての平穏は私が経営する雑貨屋のカウンターの奥に座って本を読んでいる時だ。

 雑多なものがうず高く積まれているせいで薄暗く、読書にはお世辞にも恵まれた環境ではないが、それがいい。

 可能なら一日中お客さんが来なければいいのに、とすら思う。

 商売人としては失格なのだろうけど。


 はらりと目に入った光の加減で虹色にも見える銀の前髪を横に流す。

 私のくせ毛でウェーブがかっている髪の毛は薄い茶色なのだけれど、前髪が一束銀色になっている。


 丸顔は幼く見られるのが嫌だし黒目もこの国ではありがちなので、前髪が私のチャームポイントということになるだろう。


 私の平穏を、チリリン、という入口の扉に取り付けられた鈴があっけなく壊していく。

 続いて力強い足音が迷わずこちらに近づいてくるのを耳にして、平穏がしばらく戻らなさそうなことを悟る。


 私はため息をこらえながら、読んでいる『スマーフ王国 宗教近代史』に栞を挟み、パタリと閉じた。

 それと同時に私に暗い影が落ちる。


「レナ」

「いらっしゃい、ザヴァル」

「そんな嫌そうな顔で言われてもなぁ」


 私の昔馴染み、ザヴァルはやれやれと頭をかく。

 だって私の読書が邪魔されたんだもの、仕方ないことだ。

 それに、今朝は久しぶりに約一年前のあの時の夢を見た。

 最悪な気分なのだから、昔馴染みに多少当たってしまうのは許してもらいたい。


「そんなに近くに立たれると見上げるのに首が痛いわ。暗いし」

「それが客に対する態度かよ」

「ザヴァルはお客さんじゃないでしょ」

「それは……まぁ」


 ザヴァルはバツの悪そうな顔をして「これでいいか?」と、数歩後ろに下がる。

 すると、視界が開けて見上げずにザヴァルの顔を見られるようになった。


 日焼けで浅黒くなっている肌に、茶色の瞳。

 本人はヘアアレンジができないだの、俺の顔に似合わないなどとぼやいているけれど、女性からしたら羨ましいくらいの薄い水色のサラサラとした髪の毛。

 そして、今日のザヴァルは制服を着ている。

 ザヴァルはこの街、エバークラインの治安維持部隊で働いているのでその制服だ。


 よしよし、と二度頷こうとして、二度目でザヴァルの後ろに人影が見えて首を止める。

 ザヴァルも相当背が高いのに、それよりも高く見える体躯の男性。

 ザヴァルと同じ、治安維持部隊の制服を着ている。


 私はいつもの癖でまず髪色と瞳の色を見た。

 陽の光を浴びてキラキラと輝く茶色の髪。

 瞳の色も同じく深い茶色。

 あれ、この人は──


「ウィギンズさんの後任で組むことになったジーン・ジャミルズだ」


 ザヴァルが眉間に皺を寄せながら紹介してくれる。


「あぁ、この人がザヴァルがこの前ぐち……ふがっ」


 愚痴ってた人か、と言いかけた私の口をザヴァルが素早く塞ぐ。

 しかし、ジーンには聞こえていたようで、ギロリとザヴァルを睨みつけている。

 ザヴァル、ごめん。


「で、こいつは?」

「……こちらは、このダスカー雑貨店の店主の……」

「レナよ」


 私がザヴァルの言葉を受け取って自分の名を名乗る。

 それに対してジーンは明らかに顔をしかめた。

 それも当たり前だ。

 名前を尋ねられて、家族名まですべて名乗らないのはマナー違反なのだから。


 だけど、私はジーンが初対面の私のことをこいつ呼ばわりしたから怒っているのでは決して、決してなく、事情があって名乗らないのだ。

 私は勘当された身なのだから。


 ……なんて、そんな事情を初対面でこいつ呼ばわりしてきた男に言う筋合いはないので、スンッとしておく。


「ふん、そうかよ」


 ジーンはすっかり気分を悪くしたらしく、私から体ごと視線をそらした。

 ザヴァルから聞いていた通り、扱いづらい人のようだ。


「それで? 今日はどんな用事?」


 私はジーンを無視して話を進めることにする。


「あぁ、事件があってさ」


 ザヴァルも気を取り直したように私に向き直る。

 と、その斜め後ろにいるジーンが再びこちらを見て細く鋭い目で私を睨んだ。


「本当に機密情報を部外者に喋るのか」


 言い放たれた言葉は鋭いものだった。

 その鋭さは人によっては身の縮むような冷たさがある。

 私は怯まないけれど、嫌な人を思い出すから不快な気持ちにはなった。


「レナはいいんだ。事件解決に必要なことだ」

「ふん、こんなよくわからん店の若い女店主が、か」


 ジーンは店内を汚れ物を見るような瞳で見回す。

 その言葉と視線を見た途端、カッと頭に血が登って私はガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。


「ちょっと……」

「ジーン!!!」


 しかし、私が文句を言う前にザヴァルが大声でジーンの名を呼ぶ。


「レナに謝れ! この店はお前なんかが貶していい店じゃない!!!」


 ザヴァルのあまりの剣幕にジーンも口を閉じた。

 私もザヴァルがこんなに怒るのを久しぶりに見たので、頭に登っていた血が元いた場所に戻っていくのを感じる。


「ザヴァル、ありがとう。もういいわ」


 私は椅子を元の位置に戻し、再びストンと腰を下ろす。


「王都の()()()()から見れば汚い店に違いないでしょうから」


 私がそう言うとジーンはキッと私を睨んだ。

 だけど、私は涼しい顔を続ける。

 失礼なことを言う人に優しくする道理はない。


「……俺は一般人を巻き込むことに反対だ」


 ジーンはそう言うと再びそっぽを向いてしまった。

 もう話すことはない、とでも言いたげだ。


 ザヴァルを見ると目が合って、両眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。


「大丈夫だよ、ザヴァル。人に貶されることは慣れてるから」

「レナ……」


 笑ってほしくて言ったのに、ザヴァルはますます申し訳なさそうな顔をする。

 なんだか可哀想な子を見るような目はやめてほしい。


「……それで?」


 このままだと話が進みそうにないので、私はザヴァルに先を促す。

 ザヴァルは一瞬躊躇った後、口を開いた。


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