親の心子知らず
前半ローズ視点。
後半ローズママ(セレナ)視点。
アルが帰った後、私は母とお茶をした。
「お父様は、私とアルを結婚させるつもりなの?」
そう聞いたら、お母様はとてもびっくりした顔をした。
「そんなはずないでしょう?どうしてそう思うの?」
「え、違うの?私てっきりもう決まっているのかと思ったわ。
だって婚約の打診が来ていて、直接求婚しに来るようにアルに言ったのでしょう?
お母様は私に貴族の結婚は選べないと言ったではありませんか。」
「ああローズ、貴方何か誤解をしているわ。
殿下と最後に教会で会ったとき、求婚されたのではなくて?」
「そう言われると…はっきりとした求婚ではありませんけれど、確かに似たようなものだったと思います。」
「テオドール殿下は、堂々と正式に求婚してきたのでしょう?」
「はい。フィノイスの王族の求婚の様式を踏襲していましたよ。」
「だからアルトゥールにも求婚させたのよ。」
「は?」
「普通は選べないけれど、私もヘルマンもなるべくあなたの意思を尊重したいと思っているのよ。」
「殿下たちの求婚はもう無効ではないのですか?!」
そう言うとお母様はちょっと呆れた顔をした。
けれどその後しばらく考えていたと思ったら、不思議な事を言った。
「ねぇローズ。もしも明日からずっと会えなくなるとして、絶対に嫌だと思う相手は、求婚してきたあの三人の中にいるかしら?」
「明日から会えなくなると考えるのですか?」
「そう。理由は何でもいいわ。
とにかく会えなくなると言われて、絶対に嫌だと思う相手よ。」
「お兄様の様に隣国に婿入りとか、どうしようもない理由で会えなくなるのなら、三人が貴族や王族である以上、私は仕方ないとしか思いませんけれど?
まあもちろん寂しいとは思いますが。」
「そう。…では本当にあなたはまだ誰にも恋をしていないのね。」
「恋と言うのは厄介だと聞きますが、今のところ自分の気持ちで厄介だと思うのは、冒険者になりたいと言う欲望だけですね。
無くならなくて困っています。
誰かと結婚して、後継者を育てた後ならなれるでしょうか…。」
それって何年後かしら。
ため息しか出ない。はぁ。
「ローズ、貴族である以上望むようには生きられません。
けれど、私は貴方に笑っていて欲しい。
…もう少し時間を頂戴。」
そう言って母は、難しい顔をしてお茶を飲んだ。
*****
「お帰りなさい、あなた。」
もう夜も遅い時間、夫が帰って来た。
最近はローズを陥れた公爵の処遇や後任の人事で、王城はてんてこ舞いらしい。
「ああ、ただいま。ローズはちゃんと寝たのか?」
「ええ、もう研究はひとまず落ち着いているようですよ。
それで陛下はどうされるおつもりなのかしら。」
「陛下はテオドール殿下だけは許可できないが、二人のうちどちらかなら本人が選べばいいのではないかと言っている。
リリーの件がどうしようもないから、陛下なりの気遣いだろう。」
そう一息に言った後、大きくため息をついてベッドに腰掛けた。
私も隣に座った。
「それで、あの子は誰かを選んだのか?」
実は昼間のローズへの質問は、夫に聞くように頼まれていたものだ。
「あの子はまだ恋を知らないようですわ。
まだまだ子供よ。」
そういうと、夫があからさまにほっとした顔になった。
困った人。
「そうか。ならばまだ、誰にもやらん。」
「あの子は、冒険者になる夢が諦められないのですって。」
誰にもやらないと言うのは、夫の立場ではなかなか難しいはずだけれど、恐らくローズの為ならこの人はきっと守りきるだろう。
けれどそれではだめなのだ。
「まだ言っておるのか。」
「あの子は昔から、そういう子ではありませんか。
自分の力で屋敷を抜け出し、市井に下りて、見たいものを見る。
望むように生きられない生活の中で、それでも精一杯望むように生きようとする。
もう、鳥かごに入れておくのは無理なのですわ。
そろそろ放ってあげないと、知らぬ間に弱ってしまうかもしれません。」
「放つ?どうするというんだ?」
「貴族籍をはく奪して平民に落とすのです。
あの子が望んでいるように。
家族の証明はできなくなっても、私たちの絆まで無くなったりはしませんわ。
きっと時々顔を見せてくれます。」
「ばかな!!そんな!そんな事をする親がどこにいる!」
夫は激昂して叫んだ。
「それ以外にあの子を幸せにする方法が見つからなかったのです!
ではあなたは、あの子が望まない結婚をして、窮屈な貴族の生活を強いられて、弱っていくあの子を見ていられるのですか?!」
負けじとこちらも叫んだ。
夫は思い当たる節があるのだろう、少し落ち着いた。
「…弱っていくとは限らんだろう?」
「本当にそう思いますか?
汚名を被って修道院へ行く時の、ローズの笑顔を覚えていますか?」
修道院へ向かうあの時の、花が咲くような笑顔は本当に久しぶりに見た。
「あの子は我儘に生きているように見えますが、今のあの子はあの子なりに我慢しているわ。
受け入れがたい物を受け入れて、周りが望むように生きて行こうとしているんです。
今は私たちがあの子の心を守ってやれるけれど、嫁いだ先でどうなるかは分からない。
けれど、もしもあの子が冒険者になったら、
私きっとあの子は自分の足で立って、幸せに生きていけると信じられるの。」
そう言うと夫は黙った。暫く沈黙が続いた。
「…参ったな。」
夫はずっと何か考えていたようだけれど、小さな声で一言そう呟いた。
「…冒険者になった娘を想像したら、
笑っている姿しか出てこないんだ…。」
少し俯いて、嘲笑するように笑って言った。
「危ないと思うのに、パルスの団長さえ引退に追い込んだ実力の娘が、そこらへんの冒険者に良いようにされる姿なんか想像できない。
あの古龍の攻撃さえ一度は耐え凌ぐほどの魔道具を作れるあの子が、魔物に襲われて命を落とす姿など想像できないんだ。」
そう言って、夫は天を仰いで両手で顔を覆った。
「なんて娘だ。うちの娘は。」
震える声でそう言った夫の顔は両手で隠れているけれど、目の端には光る物があった。
「ふふ。本当に。
幼い頃からずっと、
あの子はいつも、
私たちの想像の上を行くんですから。」
そう言って隣に座る夫の肩に頭を預けた。




