三つ巴
滞在予定の期日がせまり、出立の準備を進めていると、おじいちゃんに呼ばれて大聖堂の講堂へ行った。
「ローズ!!」
「ジーク?どうしてここに?」
講堂に居たのはおじいちゃんではなくて、平民の格好をしたジークだった。
どうやら非公式で訪れているようだ。
あれ?
婚約者時代、非公式でも私には許可がおりなかったのに…!
くっ!これが信用の差。
私が一人で悔しがっていると、焦ったような声でジークが言った。
「それより、どういうことなんだ?
なぜテオが、君がここに修道女としていることを知っている?」
「なぜかは知らないわ。
私がここに来ることは予想していたと言っていたけれど。」
「ああ、いや、そんな事はどうでもいい。
どうして、あの文書にサインをしたの?!」
「勘違いしないで、ジーク。
私はリリーを取り返したいだけよ。
そもそも、公爵家の令嬢は結婚相手を自分で選べないもの。
まあ今は表向き平民だけど。結局表向きじゃない。
私がサインしたところで、決めるのは陛下とお父様だわ。」
そう言うと、ジークは傷ついたような顔をした。
「そうか、そうだね…。ごめん。」
「ふふ、どうしてジークが謝るの?」
ジークは暫く考え事をしていたけれど、再び顔を上げて目を合わせた。
「…もしも、もしも君が自由に未来を選べるなら…」
深刻そうな表情のジークに、私は首をかしげる。
「自由に選べるなら、冒険者に決まってるじゃない。」
そう言ったら、一瞬呆けた後、ジークは笑い始めた。
「ふ、はは、そうだった。
君はそう言う子だった。
…だから好きになったんだ。」
そう言って、ジークは真剣な顔をしてまっすぐこちらを見つめた。
「…待っていて、リリーは僕が取り返すから。」
そう言って私の手の甲に口づけを落として、帰って行った。
翌日、滞在期間が過ぎたので一旦帰国する事になった。
帰国する前に何度こっそり屋上へ行こうと思ったか。
テオドール殿下とおじいちゃんに睨まれてて出来なかったけれど。悔しい。
泣く泣く帰国してアルトザイン教会に戻ったら、なぜか還俗させられて実家に帰された。
意味が分からない。
実家に戻った翌日、久しぶりに両親と朝食をとった。
修道院では質素なテーブルで、食事もスープとパンくらいだった。
けれど大勢でわいわいと他愛もない話をしながら食べるのに慣れてしまったせいで、こんな風に家族しか居ない穏やかなテーブルは不思議な感じがした。
「こんなに静かだったかしら。」
ついそんな言葉が口をついて出てしまった。
その言葉に母は顔を上げた。
「修道院ではどんな感じだったの?」
「食事は2交代制なのですけれど、大抵20人くらいの人数で一緒に食べましたわ。
最初に入った時の説明では、食事の時におしゃべりはしてはいけないって聞いたけれど、守っている人は少なかったの。
いつも他愛ない話をしていたわ。
昔どこかの教会の戒律が厳しいとか厳しくないとか聞いたことがあるけれど、そういうところが違うのね?」
「そうだな。クルシュ教会はそう言った決まりを厳格に守ることで有名な教会だな。
逆にお前のいたところが緩い事は調査済みだったんだ。」
「過ごしやすいところを選んでくださって、ありがとうお父様。
とっても楽しかったわ。あのね、私お料理もしたのよ。
ジャガイモの皮を剥くのって意外と難しいのよ。
後ね、クッキーを焼いたの。
併設の孤児院の子供にあげるクッキーでね、焼けた時味見をさせてもらったの。
熱々のクッキーなんて初めて食べたわ。とっても美味しかった!」
「そうか、滅多にない経験をしたようだな。
さあ、私は時間だ、そろそろ行かねば。
ローズ帰ったらまた、…ああ、いや、また今度話して欲しい。」
どうもお父様は忙しいようだ。
今日は私が起きているような時間には帰って来られないのだろう。
私はそれから一週間ほど何もせず、のんびりしていた。
その間、お母様と何度かお茶をした。
その時に、私を陥れたシュラム家の悪事が明るみに出て、公爵が代替わりしたこと、私の名誉は回復したこと、アルが正式にストラになったことなどを聞いた。
お父様はこの一週間もとても忙しくしていて、朝は早朝から出て言って、夜は日が変わってから帰っているようだ。
*****
実家に戻ってから一週間以上経ったある日。
今日は、忙しさも少し落ち着いてきたのか、朝食の席に父がいた。
食後お母様と玄関でお父様を見送っていると、アルからの伝言魔法の鳥が肩に止まった。
見送ってから伝言を聞こうと思ったら、なぜかお父様にすぐ聞くように言われ、解放の詠唱を唱えた。
「家に戻っているなら、今日午後から行っても大丈夫か?」
伝言魔法の鳥から、アルの声を久しぶりに聞いた。
「お父様、別に私の予定はないのでしょう?」
私が念のためそう聞くと、お父様は何故か硬い表情で言った。
「ああ、王家の方はまだ何も言われてはいない。」
私は不思議に思いつつ、伝言魔法を起動し了承の返事を出した。
午後になって、アルが家にやってきた。
彼に会うのは約半年ぶりだ。
「久しぶりねアル。元気だった?」
「ああ、まあな。」
「そうだ!もうストラになったのよね?
母から聞いたわ、おめでとう!!」
アルはもう15歳の誕生日を迎え、成人したので晴れてストラになったのだ。
「はは、ありがとう。」
アルは照れた様に笑った。
「ローズも還俗おめでとう。ホッとしたよ。」
「そう?私はもうちょっと平民生活楽しみたかったなあ。」
「おいおい。はー、まあお前はそんなやつだよな。
…ところで、貴族に戻ったんだから、こ、婚約はどうするんだ?」
「私に選択権ってあるのかしら。あるならリリーを取り戻せる人が良いわ。」
「…両親とそう言う話はまだしてないのか?」
「そうね…、何となく避けている様な雰囲気を感じるのよね…。」
大事なことは何も話さないまま、ただ流されている自覚はある。
だからと言って、私には選ぶ選択肢すら与えられていない。
でも多分修道女の時のテオドール殿下の求婚は、無効になっているわよね。
私が貴族に戻ったから。
成人していない貴族令嬢が、本人の意思だけで婚姻を結ぶことはできないから、私の両親のサインのないあの書類は、例えロザイン国王の国璽が押されていても無効なのだし。
もう柵がある貴族だし。
ジークは自分がリリーを取り返すと言ったけれど、正直テオドール殿下が有利なカードを簡単に手放すとは思えない。
それに現状あの魔道具はフィノイスにとって市民の希望のような物になっていると父から聞いた。
戦争は始まってすぐ終わったものの、前線に送られた兵士は全滅しているのだ。
男手を失った家は、今苦しい思いをしているだろう。
あれを女神の使いと信じて元気をもらっている人だっているかもしれない。
お父様から私の汚名は払拭され、名誉は回復したと言われたけれど、仲の良い令嬢もいないので、どの程度回復したのかはさっぱり分からない。
だけど元通りとはいかないと思うのだ。
だとすると、ジークの婚約者に戻るのは実質無理なのではないだろうか。
国王陛下も妃殿下も大好きだけれど、お二人に迷惑はかけたくない。
そんな事をつらつら考えていると、アルが急に真剣な顔で私の名前を呼んだ。
「ローズ」
「なあに?」
「オレと結婚しないか?」
「え?…、…え?」
思わずアルを二度見した。
「え、…今なんて言ったの?」
三度見した。
「…だから!!お前に求婚したの!」
アルの顔が真っ赤になって、目を反らされた。
「きゅうこん…、きゅうこん、求婚…?」
アルはそっぽを向いたままこちらを向いてくれない。
けれど、もう耳まで真っ赤である。
「もう!このややこしい時にややこしい事言わないで!!」
逆切れした。
「アル!ひょっとして、婚約の打診を父にしていたの?」
そう聞くと、そっぽを向いたままこくんと頷いた。
「…でも、本人には自分で言いに来いって。」
朝、アルの伝言魔法を父の前で開かせた理由が分かった。
何だか父に腹が立ってきた。
勝手に還俗させられて、何にも知らされないのに状況がどんどん変わっていく。
アルと結婚しろって言うなら、そう言えば言いじゃない!
「アル、父と話すわ。取りあえず求婚の話はそれからまたしましょう?」
アルが私をどう思っているかを考えるのは、結婚が決まってからでいい。




