要求
アイゼン枢機卿とローズマリーは、与えられている部屋で再び顔を付き合せていた。
「どうする?予想はしたが本当になるとは思わなんだ。」
「予想してたの?おじいちゃん。」
「猊下と呼べ。
むしろ予想していなかったおぬしにびっくりじゃ。」
私達の目の前には、フィノイス国の国璽が押された正式な契約文書がある。
内容を要約すれば、私を婚姻によって貰い受ける代わりに、教会の魔道具をこちらの用意したものと交換するというものだ。
私のサインとロザイン国の国璽のみで成立する。
両親のサインさえ必要ない。
表向きは縁を切っているのだから。
「それで、これって受けちゃうとどうなるの?」
「どうもこうも、お主がフィノイス王太子妃になるだけじゃ。
わし、あの腹黒に殺されるかもしれん。」
「腹黒?私が受けたらおじいちゃん命を狙われるの?!」
「かぁー、お主、政治や経済に関することには察しが良いのに、なんじゃあそのポンコツ具合は!
とにかく、これはわしにもお主にも選択権はない!
ロザイン国王陛下に報告するだけじゃ!」
「え?でも、これ受けなかったらリリーは返してもらえないのよね?」
おじいちゃんは急に真剣な顔になって、ひたとこちらを見据えて言った。
「お主は死んだ人間の為に、自分の人生を台無しにする気か?」
「人生を台無しにするつもりはないけれど…。
私は結婚に何の希望も持たないようにしているもの。
母からそう教わったわ。
貴族の結婚は望む、望まないに関わらず、相手は好む、好まないに関わらない。
希望は絶望への近道になりうる。
だから持つなと。
選べるのなら、私は最善と思うものを選ぶだけよ。
フィノイス王太子妃を選べば、リリーが取り戻せるのなら、私はそれで構わないわ。」
そう言うと、おじいちゃんはとても悲しい顔をした。
「そうか…、そうじゃな、お主のいう事は正しい。
貴族のあり方が不自然なのじゃ。
…分かった。
じゃが、とにかく陛下に報告はせねばならん。」
そう言って、おじいちゃんは陛下への報告書を書き始めた。
おじいちゃんの言いたいことは分かる。
ジークとは今までの人生の約半分を共に過ごした。
彼となら、穏やかな結婚生活を送ることが出来るだろう。
おじいちゃんもきっとジークをよく知っているのだわ。
けれどテオドールだって、まだ人となりがよく分からない部分があるけれど、最初の謝罪合戦を思えば悪い人でない事は分かる。
不安がないと言えばうそになるが、母の結婚についての言葉にはまだ続きがある。
だからこそ幸せは与えられるのを待ってはいけない、掴み取るのだと。
相手がどんな相手であれ、こうして欲しいと望んで待ってはいけないのだと教わったのだ。
今は自分の心に誰も入れないようにしているけれど、結婚するなら誰であれ、私はその人だけを見つめるつもりでいる。
ただその人の為に生き、その人の喜ぶことを成す。
その人の子を産み、慈しんで育てる。
私の母の様に。
貴族女性というものは、咲く場所を選べない雑草のようなものだと思っている。
ただ根を下ろした場所で、精一杯生きるのだ。
私は契約文書にサインをして、おじいちゃんはそれをロザイン国王に送った。
どうするかは国王次第だ。




