表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/274

イノス・ベルカーン大聖堂での交渉



フィノイス王国の北部にあるその教会は、信者たちの間では聖地と呼ばれている。


かつて、大量の魔素が溢れるこの場所に、魔素を正常な空気に変える若木が芽吹き、大樹に成長する頃には人が住み国ができた。

やがて魔素を分解する魔道具を作るまでに発展すると、始まりの大樹と呼ばれたその大木は役目を終えたとばかりに土に還った。


今、そこは女神が降り立った場所であると言われている。


実は元々、ロザイン王国とフィノイス王国はスラウゼン公国という一つの国であった。

イノス・ベルカーン大聖堂は、スラウゼン建国当初に大樹のあった場所に建てられた最古の教会で、今も大樹の一部が保管されている。


公国が分裂したのは今からおよそ500年ほど前、栄華を極めもっとも栄えた時期に当時の教皇と枢機卿団、共同で政治を行っていた七大公爵の各家が複雑に絡み対立した為である。

その後、内乱にまで発展し、100年程は情勢が不安定な時期が続いたが、結局教会が政治から独立し国が二分される事となった。

別れた際に二国は王政である王国に政治形態を変え、七大公爵はロザイン側に三公爵がフィノイス側に四公爵がついた。

貴族籍を持つものが教会に籍を置けなくなったのはその時代からである。

教会内の上位にいた貴族は貴族籍を捨て、教会の役職のみを持ち、貴族と同じくその役職を世襲制にしたのだ。

そして内紛後、当時はまだ情勢が不安定で自由に二国を行き来することが出来なかった為、教会は聖地に行けなくなったロザイン側の国民の為に、ロザイン大聖堂を建て大樹の欠片の一つを奉納した。


それでも、イノス・ベルカーン大聖堂はロザイン側の信者たちにとっても、一生に一度は訪れるべき聖地である。




「見えてきましたよ。」


馬車の外から、護衛をしてくれているブライトクロイツ騎士団長の声が聞こえた。

私は馬車の窓を開け、ひょいと顔を出した。

声を掛ける為に近くに寄っていた団長が進行方向を指差していた。

指差す方に目を向けると、正面の少し小高い場所に大きな教会が見えた。

荘厳で大きく、尖塔がいくつもあるその姿はまるで城のようだった。

スラウゼン建国当初からある教会だけれど、何度か建て替えられている。

今の形になったのは、500年前らしい。


「リリー…」


ぽつりと呟く。

建物正面美しいステンドグラスのはまった天窓のある塔の屋上に、まるで顔を翼で隠すような奇妙な格好の翼竜が見えた。

透明度の高い青みを帯びた魔鉱石に包まれ、銅像と言うより閉じ込められているようにしか見えなかった。

そうして私は、団長に危ないですからお戻りくださいと促されるまで、ずっと翼竜を見ていた。


遠い日の兄の姿を思い出しながら。




到着した私たちを出迎えてくれたのは、フィノイス側の枢機卿団の一人、ホルドルフ枢機卿だった。

歳はアイゼン枢機卿より少し若いだろうか。

物腰は柔らかく優しげな印象を受けるが、こちらを真っ直ぐに見るその目は、ただ優しいだけの人物ではない事を物語っている。


私たちはまず一般の信者が訪れる大聖堂の中心部に通された。

警備の為、私たちが訪れる時間に合わせて門を閉め、貸し切り状態にしてくれているとか。


大聖堂に一歩足を踏み入れた時、リーンと涼やかな音が聞こえたような気がした。


実際には何の音もしていないけれど、まるで清々しい森の風に包まれているような不思議な感覚だった。


(ああ、ここが聖地と呼ばれる理由が分かったような気がするわ…)


高い天窓の大きなステンドグラスから降り注ぐカラフルな光の中を、私たちは静かに歩いた。

中庭を渡る回廊を通り、奥の建物に入る。

案内された部屋に入ると、祭事用の修道服を着た3人の枢機卿が待っていた。

そしてお互い挨拶を終えると、円卓に並べられたそれぞれの椅子に腰かける。


因みに私はアイゼン枢機卿の親戚筋で、聖地に来たかった熱心な修道女と紹介された。

血のつながりなんて全くないけど。


今回の視察において、実は秘密裏に交わされた約束がある。

これはただの視察ではなく、実は魔鉱石に入り込んだ翼竜の視察が目的なのだが、最初視察に難色を示していた枢機卿団が受け入れたのは、純度の高い魔鉱石を代償に交渉した結果である。

いわゆる賄賂である。

フィノイス側の枢機卿団を前にアイゼン枢機卿はゆったり構えていた。

私はこの交渉には口を出さないように厳命されているので、隣で極力顔が見えないように小さくなって俯いている。

彼らの前にあるのは、純度の恐ろしく高い大きな魔鉱石だ。


「これ程の純度とは…」


「たかだか視察の為にこれを差し出すというのか?」


枢機卿団たちがざわついていた。


「未だ謎だらけの古代魔法だからこその現象じゃろうが、我が国のストラが興味津々での。ストラが予算を捻り出して、この魔鉱石を国から買い上げたと聞いておる。」


ストラ、とは王宮お抱えの魔法学の研究者集団だ。

アイゼン枢機卿は異常者の集団だと思っているが。

そしてもちろんこれは真実味を持たせるための嘘である。

実際はローズマリーの筋書き通りに王家が用意した魔鉱石だ。


「こちらとしては、近くで見るだけだと誓約されるなら何の問題もない。」


「その事じゃがの、うちの優秀なストラの一人が守りの魔法陣の解析に成功しての、実はもうその魔鉱石に刻んでおるのじゃ。」


「「「なっ!!」」」

「そ、それは真か?!」


「うそや酔狂で言える内容ではなかろう。魔力を流して試してみればよい。

敏感な者なら、現代の魔法とは似ても似つかぬ真の古代魔法と分かるじゃろう。」


「魔法陣が見えぬのだから、現代魔法ではないのだろうが…本当に…?」


古代魔法が謎に包まれている理由は、刻まれているはずの魔法陣が見えないせいだ。

敏感な人なら古代魔法の刻まれた魔道具に魔力を流した時、何となくまだらに流れているように感じる部分があると言われている。

そしてそのまだらに感じる部分に何らかの方法で魔法陣が刻まれていると考えられているが、見えないせいでどんな魔法陣か分からないのだ。


「確かめさせてもらおう。」


一人の枢機卿が静かに手を上げた。アイゼン枢機卿はこくりと頷いた。

彼は魔鉱石を引き寄せ、手を翳した。

誰のものか分からぬごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。

彼が魔力を注ぐと、ゆっくりと周囲に結界が広がって行く。

全員が息をのんだ。


「…完ぺきだ。これは…間違いない。」


あっけに取られたように呟いて、手を離した。

枢機卿団の者たちは、信じられぬ現実を前に誰も声が出ないようだった。

アイゼン枢機卿はその空気を無視するように、にこやかに言った。


「じゃからの、翼竜の魔鉱石をこちらの純度の高い魔鉱石と交換せぬか?純度が高い分性能はそちらの物より良い事は保証する。」


「「「!!」」」


大胆な提案だ。けれど、守りの魔道具が用意されていたと分かった時点で予想通りの要求ではある。


「…即答はしかねる。」


一人の枢機卿が、絞り出すような声音で呟いた。


「そうだろうて。流石に国防にも関係する魔法陣じゃ。

予定の滞在期間の間に答えていただけると助かるのじゃが。

それから、もしも要求に応えてくれるのならば、もう一つ同じ純度の魔鉱石を寄与する準備はこちらにあると伝えておこう。」


「な、なんと!…相分かった。…近いうちに何らかの返答はさせて頂こう。」


重苦しい空気の中、会談は終わった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ