鈍さを自覚した日
王都から帰った夜、オーウェンはロイドの談話室で実家の母に持たされた土産を他のロイド仲間にふるまっていた。
実はオーウェンは赴任した日に少し挨拶しただけで、他のロイドとは殆ど話をしたことがなかった。
前任者との引継ぎや引っ越しでずっとバタバタしていたからだ。
そろそろ交流を持ちたいと思っていたので、母に持たされた土産は渡りに船だった。
「オーウェンの親父ってあのブライトクロイツ辺境伯だよなぁ?」
この教会のロイド仲間では一番の年長者、ハインツが土産の菓子を口に放り込みながら尋ねた。
「はい。自分は次男です。」
「えぇ?!あのパルスの団長?マジか?!」
びっくりしたような顔をして、もう一人のロイドであるアイザックが声を上げた。
「お前、自己紹介聞いてなかったな?
そう言えばちょっと前に教会前でドンパチやったって聞いたけど、あの団長仕込みの技なら是非とも見てみたかったな。」
「自分なんてまだまだですよ。ああそうだ、あの時お二人は留守だったんですか?」
後々、なんで一番に駆け付けたのが他のロイドではなく、修道女である彼女だったのか気になったのだ。
二人はきょとんとして顔を見合わせた。
「「いや。部屋にいたけど。」」
え。
三人で目が点になった。
確かあの時一緒に受付にいたサンドと言う少年、彼は併設されている孤児院の年長者で、すでに教会に籍を置いていて毎日手伝いに来ていると言っていた。
彼が人を呼びに行ったのは気付いていたが、ロイドの部屋には行っていない?
まさか真っ直ぐ彼女を呼びに行ったのか?
だとすると彼は彼女が魔法を使えることを知っていた事になる。
彼は何者だろう?
そしてこの二人は彼女の事をどこまで知っているのだろうか?
「お二人はあの事件の話を誰から?」
「宿泊者達だよ。俺が夜勤で交代したじゃん。
すっげぇ強えぇ修道女がいるって、もちきりだったぜ。」
「おれは、こいつから翌日交代の時聞いた。そんなに魔法すごかったのか?」
「すごいなんてものじゃないですよ。」
二人が競うように魔力を込めた二種類の魔法陣を、あっという間に反魔法で破壊するなんて芸当はパルスでさえなかなか出来る事ではない。
反魔法は壊したい魔法陣に込められた魔力より多く魔力を込めなければ壊せないからだ。
おまけに詠唱がなかった。
彼女は二種類の反魔法を体に刻んでいるのだ。
たまたま二人が使った魔法の反魔法を持っていたというよりも、恐らく様々な魔法の反魔法を持っていると考えた方が自然だ。
そして反魔法まで刻んでいる人が、攻撃魔法を刻んでいないなんてことはないだろう。
だとすると体中に魔法陣を刻んでいる事になる。
魔法陣を離して刻まなければならないのは、制御が難しいからだ。
制御が完璧なら、極端な話隣に刻んでも問題はない。
そんな事が出来る人間が殆どいないだけで。
「だけどそんなのわけありだよな。どう考えても。
魔法が使える修道女なんて。」
「ああああ!!!!いたよ!いたじゃないか!
結構最近修道院送りになった貴族令嬢!!
すっげー強いってうわさの!」
急にアイザックが叫んだ。
そのセリフにハインツもはっとした。
「王太子の婚約者か!!…いや、はは…でもまさか、そんなわけ…。」
ハインツのそのセリフに、オーウェンは愕然とした。
王太子の婚約者は変わり者で有名だった。
公爵令嬢なのに自身でオリジナル魔法を開発するほど魔法オタクで魔力量も桁外れ、その上魔力のコントロールも王国魔法師のパレス並みに得意とか。
公爵令嬢なのに体には無数の魔法陣を刻んでいて(公然の秘密だが)、かなりの戦闘狂だとか。
そもそも貴族の令嬢は自分の肌に刺青を入れるのを嫌うものだ。
あっても結界魔法陣くらいである。
なのに彼女はドレスからはみ出る程刻んでいる。
オーウェンも遠目だが見たことがある。
正直彼女の顔より、ちょっとはみ出た魔法陣に目が釘付けだった。
王太子の婚約者になったのも、その優秀な血を買われての事だったと聞いている。
その事実にたどりついたとき、オーウェンは頭を抱えたくなった。
王都の教会で出会ったあの貴族の男性は王太子じゃないか!!
ジークとローズ、ジークバルト王太子殿下とその婚約者のローズマリー!!
むしろ自分はなぜ気付かなかったんだ!!
オーウェンが頭を抱えて唸っていると、アイザックが小さくあっと言って呟いた。
「確かそんくらいの時期じゃなかったか?今の司祭がやってきたのって。」
「ああ、そうだ、時期外れだと思ったんだよな。
その修道女がいつ来たのか知らないが、一緒だったのかも。
俄然信憑性が増したなぁ。」
「噂じゃ戒律の厳しいクルシュ教会とか色々言われてっけど、本当の所は誰も知らねーみたいだったしな。
ここみたいにゆるゆるの教会に入ってるとなりゃ、やっぱあれって王太子妃の地位欲しさの陰謀?
それとも司祭が監視してる?」
二人がそんな風に盛り上がっているころ、オーウェンは恐ろしい事に気付いた。
王太子のあの態度と二人の会話から考えれば、ローズマリーが婚約破棄されたというのは表向きの話で、最初から還俗する予定なのではないのか?
修道院には命を狙われているとか、何かしら深い理由があって隠れるための隠れ蓑かもしれない。
実際どこの修道院に送られたのか誰も知らないのだから。
そんな時期にもし彼女の居場所が首謀者側に知られてしまうと…
脳裏に「ローズをよろしくね。」と言った、薄ら寒い王太子の顔が浮かぶ。
なぜ自分は家名まで名乗っちゃったんだ。
いや、名乗ろうが名乗るまいが彼女が修道院に来た時点で既に絶対調べられているはず。
まずい。まずいぞ!
もしこの二人から彼女の居場所が漏れてしまえば…。
さぁと血の気が引いた。
口止めしなければ!
「ちょ、ちょっと二人とも!あのさ…」
口止めするには全てぶっちゃけるしかない。
要約すれば、それ、誰かに言ったら首が飛んじゃうぜ。である。
説明した後、二人とも真っ青な顔で「知りたくなかった…」と遠い目をして呟いた。




