ズレた二人
その日の夜、ローズは司祭の代わりに司祭の私室で帳簿をつけていた。
院長でもない彼女が教会の運営に携わる事は、本来ならありえない。
だが、この司祭は彼女の出自も能力も知っていて、彼女に深く関わりのある人物なのだ。
加えてちょっと、いやかなり食えない性格をしている。
(確実にいいように使われている…。)
ローズがちょっと遠い目をしたとき、控えめに扉をノックする音がした。
「オーウェンです。少しお話を伺いたく。」
やっぱり来たわね、とローズはニヤリと笑って、入室を許可した。
「失礼しま…」
扉を開け、執務をしている私を見て彼は少し固まった。
(そうよね。まさか本人がいるなんて思わないわよね。)
「こちらへどうぞ。」
オーウェンの反応には構わず、立ち上がってソファセットの方へ移動した。
「…あの、こちらに赴任した際、司祭に挨拶はしたのですが、院長がいらっしゃるとは知らず…」
(ん?私を知らない?)
てっきり私が人前で魔法を使ったことを、司祭に報告しに来たのかと思っていた。
そんな事をされたら私がお父様に怒られてしまう、なんて考えたローズは、そもそも司祭に頼まれていた仕事を彼の仕事が終わる時間に合わせて、司祭の部屋でしていたのだ。
今日、司祭が出張でいないので。
素晴らしい。
(え、顔を知らないだけとか?いや、でも魔法が使える程魔力持ってる修道女なんて今私しかこの教会にはいないし…。)
軽くパニックになりながらローズはひとまず一般的な受け答えをした。
「院長ではありません。私の年齢ではありえないでしょう?
司祭の代理です。といっても正式に代理なわけではありませんが。
私はただの修道女ですし。司祭は本日出張です。
私で良ければ要件をお聞きしますけれど。」
「その…先ほどの、事なのですが…」
彼は目を合わせずに小さな声で言った。
けれど、自分の存在を知らなかったとすれば、お父様側の貴族ではない可能性が出てきた。
(でもブライトクロイツ姓なのに?
騎士団長は私の事も可愛がってくれたし、お父様との仲も良かったはず…。)
「何でしょう?」
ローズは内心どきどきしながらそう言った。
「…その、…なぜ修道女をしているのですか?」
オーウェンは言い辛そうに問いかけた。
(なんですと?!!)
青天の霹靂ってきっとこういう事。
(全く何にも知らないの?!
でも待って、だとするとあちら側の貴族でもないし、お父様の足を引っ張ろうとしている貴族でもないわよね?
え、でも、だとすると、一体どういうことなの?!)
もはやちょっとしたパニックである。
言ってもまずいような気もするし、言わなくても口止めしない事で不味い気もする。
「申し訳ありません。…お話しすることはできません。今日の事はお忘れくださいな。」
取り敢えずローズは言わない方を選んだ。
彼が、全く知らなかった事がやっぱり決め手である。
「それは!まさか反国家組織の…!」
オーウェンが厳しい顔つきで問い詰めて来たとき、正直そっち疑う?!と思った。
「そういう事ではなく!」
反国家組織というのは結局のところ犯罪者集団の総称で、中には教会を目の敵にし破壊するような組織もあるらしい。
全然知らないけど。
彼の発言で、全く知らない上に私が婚約破棄された宰相の娘である可能性すら浮かばない人間である事が分かった。
つまり確実にあちら側でもなけば、お父様に悪感情も持っていない貴族だ。
「元貴族ですの!婚約破棄されましたの!!ほっといて下さる?」
だとすれば、このセリフで大人しくなるはずである。
ローズはなるべく真顔で言ってやった。
すると案の定彼は見る間に青ざめた。
「…申し訳ありません!!」
オーウェンは本当に申し訳ないような情けない顔をして、土下座する勢いで頭を下げた。
「別に気にしていませんから、謝罪は結構ですわ。」
私は、ふぅと一つため息をついた。
とにかくお父様には怒られないはずだ。
けれどオーウェンの捨てられた犬を見たような顔を見ると、何だかこちらが悪いような気がして、無理やり話題をかえる事にした。
「それより、レティシアさんとはお話できましたか?」
オーウェンも気まずかったのかすぐに話題にのってきた。
「はい、夕食の時に少しだけ。
拘束用魔法陣の反魔法を刻んでいたので最初は犯罪者かと思っていましたが、私がロイドになったのを知った彼女が、ただ私に勝ちたいだけで刻んだらしいです。
拘束用魔法陣など、犯罪者相手にしか使わないのですが。」
オーウェンは苦笑した。
「まあ!ふ…ふふふ、可笑しい!
なんて可愛い理由かしら。初めて聞いたわそんな理由で刻む人!」
思わず吹き出してしまった。
「きっとずっと貴方に勝つのを目標に頑張ってきたのでしょうね。」
「そう言っていました。非番の日に勝負をしろとも。」
「ふふ、それは心してかからねばなりませんね。」
「ええ。負けるつもりはありません。」
そう言った彼の表情は自信に満ちていて、なによりとても嬉しそうだった。




