オーウェンと緋色の髪の冒険者
「え、何で?」
騎士団長の息子であるオーウェンは、張り出された辞令を前に呟いた。
「お前、何やらかしたんだよ?誰にも言わねーから、な?」
なんて言いながら彼の同僚は彼の肩に腕を回し、耳を寄せて来た。
はっきり言って身に覚えはない。
自分こそ騎士の鏡だと思っている。
それでも、何か気付かない内にやらかしたんじゃないかと、まじめな彼は必死で考えた。
けれど、思い返すもやっぱりない。
内心首を傾げながら、まじめな彼はその辞令に粛々と従った。
彼の新しい配属先は、アルトザイン教会の教会ロイドだった。
全ての騎士職は、この国の治安維持憲兵である“ロイド”スタートだ。
平民も貴族も騎士になる者は全員、3年間はロイドを経験する。
パレスになる事が目標であるオーウェンもこの3年の義務をこなしている最中だ。
ロイドの配属先は多岐に渡り、年に一度毎年同じ時期に一斉に配置換えが行われる。
その時期ではない時期に配置換えがされるのは、大抵何かをやらかした人間なのだ。
もう後数か月もすれば、その配置換えシーズンに入るのに、今の時期の配置換えなんて確実に何かをやらかしている。
自分はいったい何をやらかしてしまったんだと悩みながら、オーウェンは長距離魔導馬車に乗り配属先へ向かった。
教会に着くと、同じ教会ロイド仲間になる3人と簡単に挨拶を交わた。
一人は仕事中だったので、本当にさっとだったけれど、全員の顔に「お前何やらかしたんだ?」って書いてある気がしたのは、多分気のせいではないと思う。
オーウェンは今日が非番だったハインツと言う名のロイドに、自分の仕事内容を教えて貰った。
けれど時々、彼は何かを言いかけて口をつぐむのだ。
彼はこの教会のロイドの中で一番の年長者で、とても大人だった。
最後まで彼は、自分の好奇心を理性でねじ伏せたらしい。
別れ際の目線も確実に問いかけるような含みはあったけれど。
何にも悪い事をしていないのに、湧きあがる罪悪感に胸が切ないオーウェンだった。
取り敢えず翌日のシフトを確認してから、オーウェンはあてがわれた部屋で一息ついた。
「荷解きは明日しよう…。」
大した仕事をしていないのにとても疲れた彼は、明日の初出勤の為に早めに就寝した。
とても真面目な模範的ロイドなので。
翌日。
初出勤が三交代制の中番だったオーウェンは、午前中いっぱいを使って荷解きを終わらせた。
昼食後、早速早番の人と交代したけれど、実はあまりやる事がない。
市内を巡回するロイドと違って、教会に常駐するのが仕事の教会ロイドは、教会内で何も起こらなければする事がないのだ。
大して広くもない教会の見回りなどあっという間に終わってしまう。
ただ夕方近くなると、旅人たちが一夜の宿を求めて教会にやってくるので、一人一人身分証をチェックし帳簿に記入するのはロイドの仕事だ。
街にも宿屋はあるけれど、教会ならば相場の十分の一程度の金額で寝泊まりできる。
ただ大抵、大部屋に十人以上の人間が雑魚寝、風呂なし、食事は夕方と朝に粗末なスープが一杯、朝夕に礼拝と清掃の義務、が基本なので、旅人の中でもよっぽどかつかつの生活をしているか、何か目的があってお金を貯めているのでもなければ利用しない。
ただ常にロイドが監視している為、安全性をかって教会を選ぶ人が地区によってはそこそこいるし、家のない貧困層のシェルターの側面も持っている。
その為、夕方近くに教会の前に行列が出来るのは、ここロザインでは割と当たり前の光景だ。
オーウェンは、早速教会の入り口で一人一人身分証をチェックしていた。
隣に立ってオーウェンを手伝っているのはサンドと言う名の少年で、珍しい事に平民でありながらそこそこ魔力を持っていた。
併設されている孤児院からの助っ人で、列の整理や小銭のやり取りをしてくれている。
「次の方」
オーウェンがそう言うと、全身を黒いマントで覆い、フードを目深に被った女性が身分証を片手に前に進み出た。
しかし、オーウェンがその身分証を受け取ろうと手を伸ばすと、ひょいっと手をひっこめ渡さなかった。
彼女の口元がにやりと歪んだ。
「私を覚えている?オーウェン。」
そういうとフードに手をかけ、彼女の顔が顕わになった。
燃えるような緋色のショートヘアで前髪には少しウェーブがかかっている。
挑むように睨むその眼は琥珀色で、光の加減では金色にも見える。
歳は15、6だろうか。
自分の名前を知っているのだから、実際知り合いなのかもしれないが、彼女の顔に心当たりはない。
けれど、髪の色と眼の色には不思議と既視感を覚えた。
どちらもこの王国では殆ど見ない色だ。
彼女はマントを脱ぎ捨てると剣の柄に手をかけ、一瞬で青年に切りかかった。
首を狙ったその一閃を咄嗟に体を後ろに反らせてギリギリかわした。
しかし不意を突かれ体制を崩された状態で、容赦ない突きが襲う。
「くっ」
人に恨まれるような生き方をした覚えはないのに、と焦りながら脇差を抜く。
反らせた体を後ろに倒れるようにして剣の切っ先を避けながら脇差でその腹を弾き、そのまま床に片手をついて後方宙返りで距離をとる。
しかしその一瞬の間に、彼女は電撃魔法を展開していた。
体に電流を走らせる魔法で、その性質から込める魔力が少なめでも相手を行動不能にさせることもある魔法だ。
しかも魔力が少なくていい分発動時間も短縮できる。
(刺青の結界魔法でも間に合わない!)
瞬時にそう判断しポケットから素早くお守り代わりの護符を取り出し発動させた。
特殊護符と呼ばれるそれは、護符に魔鉱石がくっついていて発動に必要な魔力を予め込めておく事で、瞬時に発動できる優れものである。
間一髪で電撃は結界魔法に邪魔をされ消えた。
「…大変だ!!」
サンドが、慌てて教会内に掛けて行くのをオーウェンが目の端に捉えた。
助っ人を呼んできてくれるだろう。
それまでに何とか、彼女を拘束しておきたいと、ロイドが常に携帯している拘束するための護符を起動させた。
だが緋色の髪の女性はその魔法陣に対応する反魔法ですぐさま相殺した。
「…くっ…!」
発動が速く護符も使用していなかった。
体のどこかに拘束用魔法の反魔法陣を刺青で刻んでいるのだ。
(ロイド対策!こいつまっとうな人間ではないな!)
刺青で直接体に魔法陣を刻む方法は、発動が早いメリットは大きいが制約も多い。
別の魔法陣を近くには刻めないのも制約の一つだ。
複数の魔法陣を刻む場合はかなり離しておかないと、起動できるだけの魔力を込めても発動させたい魔法陣とは別の魔法陣にも流れてしまい発動のタイミングが遅くなったり、魔力がそもそも少ない人の場合最悪発動しなくなる。
それに相手に見える位置に刻めば結局相手に何の魔法を使うか分かるので、発動速度の優位性は目減りする。
結局服の下の隠れる部分に離して刻むことになるので、刻める魔法陣の数には限りがあり、まっとうな冒険者ならより強力な攻撃魔法を刻むのが普通だ。
何より専門の刺青師や、冒険者相手の掘り師は数が少ない上に高額だ。
そんな中で拘束用の反魔法陣を選んで刻むのは、拘束用護符を携帯しているロイド対策である事が殆どで、そういう人間は結局後ろ暗い人間なのだ。
オーウェンはすぐ己に刻んだ攻撃用の魔法陣を展開した。
「どっちの魔法が強いかな?」
ほぼ同時に緋色の髪の女性も魔法陣を展開する。
どうやら攻撃用魔法陣の刺青も持っているようだ。
よほど自信があるようで、にやりと口の端に笑みを浮かべる。
その時だった。
キュルルル…パァン!
「「なっ!!」」
ほぼ同時に反魔法によって両者の魔法が解除され、魔法陣が割れた音が響く。
「教会前で魔法戦とは、いい度胸ですね。」
いつの間にか一人の修道女が二人の間に立っていた。
顔は穏やかそうに見えるが、見たものを凍りつかせる程の冷たい目で二人を見ている。
オーウェンは修道女の射殺さんばかりの威圧に目を見張った。
「…申し訳ないシスター。言い訳にはなりますが、いきなり攻撃され応戦するしか方法がなく…」
「…お二方ともこちらにいらして下さい。」
有無を言わせぬ迫力で、魔法戦はあっさり終わった。




