陰謀
停戦の知らせは、社交界シーズンまっただ中だったこともあり、瞬く間に周知された。
ロザインには直接被害がなかったため、お祭りの様に浮かれている人が多かった。
ジークは私を気遣って外に連れ出そうとしたり、お茶に誘ってくれたり、心遣いは分かったけれど、正直な話そっとしておいて欲しい。
今日は王妃様にお呼ばれしているので、登城している。
王妃様にも心配されているようだ。
城に着くと門の近くで、クリスティアーネさんに声を掛けられた。
「何か御用ですか?」
「用という程でもないのですけれど、わたくしこの喜びを誰かと分かち合いたくて。」
クリスティアーネさんは、いつものように意地の悪い顔でそう言った。
とても喜び合う顔ではないけれど。
「喜び?」
「あら、停戦したではありませんか。
もしかしたら、大陸全土を巻き込むような、大戦に発展したかもしれないと、お父様も言っておりましたのに。」
「ええ、そうですわね。それで?」
「ですから、良かったですわねぇと。」
こちらを蔑む嫌な笑みに一瞬殺意が沸いたけれど、どれだけ怒りを持っていても、これくらい分かりやすい挑発に乗るほど馬鹿ではない。
ルイスお兄様の事を知っている。
知った上で言っている。
ギリッと奥歯を食いしばって、笑顔を貼り付ける。
貴方の、思い通りにはならない。
怒らせることが目的なら、笑ってやる。
「良かったですわね。」
口角をこれ以上ないほど持ち上げて、にっこりと笑う。
「他に御用はございまして?」
そう聞くと、クリスティアーネさんは気圧されたように首を横にふった。
「そう。では、ごきげんよう。」
笑え。笑え。と、自分に言い聞かせる。
にっこり笑ってその場を後にした。
悔しそうな彼女の顔で、ちゃんと笑えていたのだとほっとした。
クリスティアーネさんの目的は分からないけれど、そんな事を気にするほど今の私には余裕がない。
ため息を吐きながら、王妃様の部屋へ向かった。
王妃様も気を遣って誘ってくれたのかと思ったら、会って即座にブレスレットの防音魔法を発動した。
何か理由があったらしい。
「何かあったのですか?」
「ローズ、周辺で何か変わったことは起こってない?」
「変わった事?なぜです?特に何も変わりありませんが。」
「そう、なら良いのだけれど…。」
そう呟く王妃様はとても心配そうな顔をしていた。
「何かあったのですか?」
「噂が流れているのです。」
「どのような噂ですか?」
「貴方がクリスティアーネを疎んでいる、というような噂です。」
「疎んでいる?まあ好んではいませんけれど、それの何が問題なのですか。」
「わたくしもそれだけならば何も思わなかったのです。
逆でしょう、とは聞いたとき思ったけれど。
それが今朝、クリスティアーネが昨夜何者かに襲われかけた、と騎士団から報告があったのです。」
どうやらさっきのクリスティアーネさんは、騎士団の聞き取り調査からの帰りだったようだ。
「なるほど。つまり、シュラム公爵は私を陥れようとしていると、王妃様は思ったのですね?」
「理解が早くて結構。
貴方とクリスティアーネを一緒に見たことのある貴族ならば、どう考えてもクリスティアーネの方が貴方を疎んでいるのは一目瞭然なのに、そんな噂が流れたこと自体不自然なのです。
この襲われかけたという事件のタイミングを考えれば偶然とは思えないわ。」
その言葉を聞いている時に、先ほどのクリスティアーネさんの行動の意味に気付いた。
「ああ、そういう事だったのね。」
私は思わずそう呟いた。
その言葉に首をかしげた王妃様に、さっきのクリスティアーネさんとのやりとりを話した。
「妙に私を怒らせようとしていたのがなぜか分からなくて不思議に思っていたのです。
私が彼女を疎んでいる、という噂にもっと真実味を持たせたかったのですね。」
そう言えば近くに衛兵や、門衛がいた。
入口付近なので登城のチェックを受ける列も。
「そうでしょうね。
彼女が婚約者候補であったことなど一度もなかったのに、婚約者候補だと思っている貴族は多い。
噂とは、それくらい事実を捻じ曲げるのです。
クリスティアーネは今後積極的に貴方に接触してくるかもしれません。
気を付けるのですよ。」
「彼女にも護衛をつけてはいかがですか?
恐らく、また襲われかけるとか、事故にあいかけるとか危険な目に遭う予定なのでしょう?」
そして、どんな手を使うかは分からないが、その犯人に私が仕立てあげられるのだろう。
「ふふ、そうね、影をつけておくわ。」
影、というのは隠密系の魔法に特化した騎士の呼び名で、所属は王族でその存在は秘匿されている。ローズは王妃教育の際に習った。
因みにこの内容は、当然クリスティアーネは知らされていない。
「襲われていたのを助けたのは、パルスなのですか?」
「いいえ。市井で帰宅途中を襲われかけたようだけど、巡回中のロイドが駆けつけて事なきを得たと聞いているわ。」
「それならば計画は立てやすいですね。
ロイドの見回りコースは一週間前に決まっていますもの。」
「そうね。とにかく、貴方自身を狙われたなら手の打ちようもあるのに、クリスティアーネを対象にされたのでは打てる手に限界があるわ。
公爵も自分の娘なら簡単に作戦を実行できるでしょうしね。
どんな手で貴方を犯人に仕立て上げるかは分からないけれど、なるべく私やジークと一緒にいるのが良いと思うわ。」
「分かりました。肝に銘じておきます。」
「さぁ、面倒な話は終わりよ!マルタ、お茶にしましょう!」
ぱちんと防音魔法を消し、マルタを呼んだ。
「はあ、落ち着くー…」
私が紅茶を飲んで、ボソッと呟く。
くすっと二人が笑った声が聞こえた。




