平民の子供
困ったな…と思う。
今、非常に困っている。
部屋に閉じ込められているのだ。
見つかったわけではない。
男たちの後について、部屋に入るまでは良かったのだ。
くっついて入っても気付かれなかった。
けれど男たちが出る時、当然最後に出た男はすぐに戸を閉めるので、くっついて出られなかったのだ。
ガチャンと鍵を掛けた音がして、ドアは押しても引いてもびくともしない。
窓もない、小さな部屋に頭陀袋と私。
…詰んだかもしれない。
私がどうしようかと思っていると、頭陀袋がもぞもぞ動き始めた。
私はドアに耳を当て、近くに人の気配がないのを確かめてから、隠密魔法を解除した。
頭陀袋の口を開くと、中には自分と同じか少し上くらいの女の子が入っていた。
私の顔を見てびっくりしている。
手足にきつく縛られた縄とさるぐつわを解くと、女の子が私に聞いた。
「貴方はだれなの?」
「私?ローズマリーよ。」
「あなたも捕まったの?」
「ん?これって捕まったの?」
現状、確かに閉じ込められている。
でも、何か、ちょっと癪だわ。
捕まったんじゃないもん。
「これは、そう、捕まってあげたの。」
「は?」
「でもね、あいつらは知らないのよ!」
私は得意げに胸を張って言った。
「え?…は?」
「ところで、あなたはここら辺の道に詳しいのかしら?」
ついて行く時男たちの足が速かったから、あんまり景色を見る余裕がなかった。
ちょっと帰り道に自信がないのだ。
「ここら辺って言っても、私あの袋に入れられていたからここを知らないもん。」
「そんなに歩いてないわ。」
「そう言えば、あなた私みたいに袋を被せられなかったの?」
「もちろんよ!捕まってあげたんだもの!」
「いや、だから意味わかん「とにかく、ここから出るわよ!」
私は食い気味に言った。こういうのは勢いが大事だと思うの!
「いや、無理でしょ。」
「私いい事思いついちゃったの!きっといけるわ!」
私は嬉しくてにこりとほほ笑んだ。
ニヤリだったかもしれない。
「い、嫌な予感しかしないよ?!」
私は言うが早いか、扉と反対側の壁に向かって、詠唱を始めた。
「イシュザイン バルナ エヴァニーダス ア・スペラ」
そして魔力を思いっきりのせる。
子供の為の魔法学上級に載っている火球の魔法だ。
ドオォォォォン!!
爆音と共に壁が壊れた直後、私は彼女の手を引っ張って横の壁に張り付き、隠密の魔法を唱えた。
効果範囲はもちろん二人分だ。
「声を出さないでね?多分出しても大丈夫だけれど、テストしてないの。」
音まで遮断出来ているかどうかは、二人いないと分からない。
切実に自分がもう一人欲しい。
そう言って彼女を見ると、信じられない物を見たようにあんぐりと口を開け固まっている。
どうしたのか声を掛けようと思った時、ドタドタと走ってくる足音が聞こえた。
さっき自分が開けた壁の大穴を確認すると、向こう側はどうやら外だったらしい。
あのまま外に出ても良かったかも…なんて思っている間に、バンッと扉が開いて男たちが入ってきた。
隣から小さなひぃっと言う悲鳴が聞こえたので、しーっと口元に人差し指を立てて合図した。
彼女は自分の手で口元を覆うように押さえた。
「いねぇっ!!」「どこ行きやがった!!」「こんな穴どうやって…!」
男たちがひとしきり騒いで大穴から外に出た直後、私は彼女の手を引いて、男たちが入ってきた扉の方へ逃げた。
この建物の中の道は覚えている。
通路を道なりに進むと、天井が高くなりたくさんの荷物が積まれた部屋に出る。
それは倉庫のようで、馬車が余裕で直接建物に入れるほどの大きな入り口がある。
来た時そこが開けっ放しだったのだ。来てからそんなに時間は経っていない。
案の定まだ開けたままになっていた。
馬車がもうすぐ出入りする予定があるのかもしれない。
倉庫を出て彼女の手を引き、覚えている限りの道を走る。
けれど、途中でどっちから来たのか分からなくなり、足を止めて彼女の方を見た。
「ここから先の道、分かる?」
驚いた顔をしていたけれど、私が聞くと彼女はハッとしてきょろきょろとあたりを見回した。
「ここ裏通りだわ。表通りに出ましょう?多分分かるわ。」
人の気配がする方に向かって歩くと大きな通りに出た。
「ああ、ここね。分かったわ!こっちよ。」
彼女は嬉しそうにそう言って、私の手を引いた。
しばらく歩いて小さな家の前についた。
「ここ、私のうちなの。助けてくれて本当にありがとう!
あなたお貴族様でしょう?お付きの人とかはいないの?」
「屋敷を脱走してきたからいないわ。」
「ええ?!だ、大丈夫なの?それ?」
私は首をかしげる。
「何が?」
「え、何がって、皆心配するでしょう?探し回っているんじゃないの?
早く帰らないと!」
「うーん、折角お外に出られたのに、もう戻るなんて。
次はいつ出られるか分からないもの。色々見ておきたいなぁ。」
私がそういうと彼女はしばらく何やら考えた後、私の手を引いて家の中に招いた。
流石にもう大丈夫かと、家に入る前に隠密魔法は解除した。
「あなたのその恰好ではお貴族様ってバレバレだし、さっきの男たちみたいのに目を付けられちゃうわ。
平民のふりをしたら、見て回るくらいは出来るかなぁ…。」
そう言って、彼女は引き出しから自分の服を差し出した。
それに着替えようとしたけれど、自分では上手く服が脱げず結局手伝ってもらった。
「ねぇそれより、貴方はこの家に一人なの?」
「今の時間は皆働きに出ているもの、ここら辺の子供は皆一人よ?」
服を着替えながら色々と話をした。
いつもは近所の子供達と一緒に公園などで遊ぶけれど、今日は母親にお使いを頼まれて親戚の家へ行っていたらしい。
帰り道で大通りを歩いていたはずなのに、何故か気が付いたら裏通りに入っていて、あの男たちに囲まれていたのだと聞いた。
幻覚か何かの魔法を使われたのかもしれない。
着替えが終わり、彼女は私の姿を「うーん…」と言いながら見ている。
「なぁに?」
「ねぇ、その髪解いてもいい?」
いつも私の髪はその日担当のメイドが嬉しそうに色々な髪形に結ぶ。
…彼女たちの趣味だと思う。
今日は両サイドを編み込みにしていて、後ろも何をしたのか複雑に結いあがっている。
構わない事を伝えると、彼女は髪を解いた。
慣れた手つきで二つに分けて三つ編みにした。
「後ね、この見るからに手入れの行き届いた、輝くような銀髪は平民っぽくないの。
煤か何かで汚さないと、服装を変えただけのやっぱりお貴族様だわ。」
「煤?やってやって!!」
「え、いいの?」
「え、ダメなの?」
私がそう聞くと、あっけにとられた顔をした。
彼女は「想像と何か違う…。」なんて呟きながら、小さな箒のようなものを持って暖炉の中に入り込んだ。
暫くして黒い灰のようなものを持ってきた彼女は、取る時に使った箒のような物でトントンと私の髪につけた。
あっという間に私の髪は灰色にくすんだ色に変わった。
「凄い凄い!髪の色が変わっちゃったわ!」
私がそうやって喜ぶと、彼女はくすっと笑って言った。
「お貴族様って、もっとツンとすまして私たちを見下しているんだと思っていたわ。」
私が首を傾げると、彼女は何でもないと言って私を外へ促した。
「ねぇ、私あなたをなんて呼んだらいい?」
「ん?ローズマリーよ?あ、家族はローズって呼ぶわ。」
言わなかったっけ?なんて思いながらそう答えると、彼女は嬉しそうに言った。
「じゃあローズって呼んでいい?私はミルカよ。」
「もちろん良いわよ、ミルカ!」
そう言って、私たちは町に飛び出した。