面倒くさい親子
テオドール殿下と話した後、精神的にはもう家に帰りたいくらいの疲労を感じていたが、周辺諸国の使者たちとの挨拶を終わらせるまでは、当然帰してもらえない。
次に挨拶をしたのは、熊かと思うばかりの筋肉隆々の男性だった
ジークは慣れたもので、挨拶を卒なくこなしている。
この男性はソルモリスの宰相らしい。
ローズもしっかり挨拶をしたが、別れ際の一言に嫌な予感がした。
「ぜひ我が国の建国祭にもまたおいで下さい。ローズマリー嬢もぜひご一緒に。」
「ええ、楽しみにしています。」
ジークがにこやかに答える。
え、嫌ですけど?
それからも次々と挨拶をしていく。
正直最初の方に挨拶した人たちの顔はもう思い出せない。
社交界デビューの時も慣れていなかったので大変に思ったが、今日のこのパーティーは、それとは比べ物にならない程の人数と気の抜けない会話をしている。
「ジーク、私もう無理かも…」
ドレス自体にもコルセットで締め上げられているせいで、じりじりと精神力とともに体力を消耗している。
訓練とは違う種類の体力だ。
ちょっと弱音を吐いたとき、ジークが少し風に当たろうと提案してくれた。
国外の使者との挨拶は終わっているので、後は国内の主だった貴族に挨拶すれば帰れるらしい。
テラスへ出ると、誰もいなかったのでジークは私を椅子に座らせ、飲み物を取りに行った。
彼がテラスを出てすぐ、テラスに誰かが来たと思ったら、シュラム公爵だった。
クリスティアーナのお父さんである。
彼にはローズも以前パーティーで挨拶をしたことがある。
王城でも何度か見た。
眼光は鋭く、狡猾さが滲み出た顔をしている。
ローズは彼を蛇のような人だと覚えている。
自分の娘を王妃にするために、暗躍しているのも知っている。
ローズの悪い噂は大体彼の子飼いの貴族から流れているようだ。
ごく最近も、騎士団に男漁りに通っていると言うような噂が流れていた。
それに対して仲良くなったパルスの騎士がとても憤慨していて、独自で調べて結果を教えてくれたのだ。
ローズからすれば自分の悪い噂がただの噂でしかない事を、自分と仲の良い人がちゃんと知っていてくれるなら何の問題もないのだ。
よく知らない人と仲良くする気は、彼女にはこれっぽっちもない。
「これはこれは、誰かと思えば、ブラントミュラー公爵の御嬢さんではありませんか。」
「こんばんは、シュラム公爵様。」
「娘が世話になったようだね。ところで、王妃教育にはないはずの護身術をしているそうだが、もう必要はないと聞いている。それでもしょっちゅう訓練場に行っているそうだが、何か別の目的があるのではないのか?」
「ふふ。どのような目的でしょう?ああ、そう言えば、それに関する悪い噂もございましたね。ところでそう言ったわたくしに関する悪い噂を辿ったら、毎回ある有名な貴族の名前が出て来るそうなのです。ご存知ですか?」
「はて、そのような噂聞いたこともございませんなぁ。有名な貴族とはどなたです?」
「不確実な事をわたくしが口にする事は許されませんもの。何れ耳に入るのではないかしら?」
「お父上と同じで、堅実なようですな。まあただの噂ではその貴族もどうということにもなりますまい。」
「そうですわね。わたくしも、ただの噂くらいでどうということもありませんけれど。手を出さぬ限りは。」
「次期王太子妃様に悪さをする愚かな貴族など、この国にはいないでしょう。」
「次期王太子妃ねぇ…。ふふ。」
(なるほど、次期王太子妃は自分の娘の予定ですものね。)
その時、少し慌てたジークが戻ってきた。
「シュラム公爵、私の婚約者に何か用かな?」
(珍しくジークが怒っている?)
彼をよく知らない人が見れば気付かないかもしれないが、とても怒っている時の笑顔だった。
「これは殿下。いやいや偶然会っただけですので。うちの娘にも会いましたかな?殿下に見てもらうのだと、朝から張り切って着飾っておりましたよ。」
「ふ、偶然とはよく言ったものだな。貴殿の令嬢には先ほど会ったよ。お蔭でなかなかこちらに戻れなかった。待たせたね、ローズ。寒くないか?今夜は少し冷える、中へ戻ろう。」
そう言って、有無を言わせず中に誘導された。
何かあったらしい。
こういう時は、ジークの思うようにするのが一番だ。
中に入ってすぐ、ジークが腰を引き寄せ顔が近づいた。
「何もされなかった?何か酷い事を言われたのではないのか?」
誰にも聞かれないよう、耳元でささやく。
一目があるので、顔にはいつもの微笑を湛えているが、声音には心配の色が滲んでいる。
はたから見れば仲睦まじいようにしか見えないだろう。どうやら心配してくれたようだ。
「大丈夫ですわ。」
私は飛び切りの笑顔で答える。
私、シュラム公爵嫌いだし。
嫌いな人が何を言ってこようが全くどうでもいい。
その時、こちらに急いで近づいてくる気配があった。
この魔力はクリスティアーナさんだ。
また面倒臭い人が、とちょっと遠い目になった。
「殿下!お仕事は終わりまして?お話の途中でしたから、何かあったのかと心配しましたわ。」
見るからにジークが不機嫌になるのが分かった。
ジークは少し首をかしげて言った。
「話は終わったはずだよ?少なくとも私はね。悪いがまだ挨拶が終わっていない。失礼するよ。」
「ローズマリーさん、こんばんは。お久しぶりね。」
ジークに相手にされないのが分かって、こちらに振ってきたようだ。
「こんばんは。」
「わたくし、ローズマリーさんに聞きたいことがあって、殿下はお仕事がおありなのでしたら、ローズマリーさんをお借りできないかしら?」
「悪いが、彼女の顔合わせの意味もあるので、それはでき兼ねる。今、話してくれないか?暫くなら待とう。」
「ありがとうございます、殿下!殿下はやっぱりお優しい方ですわ!」
「クリスティアーネさん、聞きたいことってなんでしょう?」
ちょっとうんざりしながら促した。
「ああ実は、王妃教育をまだ続けるとおっしゃっていたでしょう?私どんなことを習うのかとても興味がわきましたの。また一緒に勉強しませんこと?」
(え、絶対嫌。)
「王妃教育はそもそも、婚約者に課せられる義務で君が受けられる物ではないよ。その話は公爵からも聞いているが、王家は断ったはずだ。それに彼女に言ったところでそれを決めるのは彼女ではない。」
ジークがそう言ったのに、彼女は聞いていないのか聞くつもりがないのか、更に続ける。
「前回はわたくしあんまりご一緒出来なかったでしょう?今回は一緒にお茶をしたり交流を持ちたいとも思っておりますのよ。わたくしスイーツの美味しいお店をたくさん知っておりますの。」
(え、もっと嫌。)
ローズは仲良しが誰もいないお茶会なら、スイーツのテーブルから一切離れない程度には大好きだが、彼女にとって一番大事なのは誰と食べるかだ。
「殿下もおっしゃっている通り、それを決めるのはわたくしではありませんし、わたくし王妃様を第二の母と慕っておりますの。王妃様がいつもわたくしに勧めて下さるスイーツ以上のものはないと思っておりますわ。王妃様もいろいろなお店から取り寄せたりもなさっているようですから、クリスティアーネさんの好きなお店もあるかもしれませんけれど。」
そう言うと、彼女が分かりやすく怒っているのが分かった。
怨念さえ籠っていそうな目だが、パルスの威圧を物ともしない私からしたら、子猫が威嚇しているくらいのものである。
(本当に王妃教育は終了したのかしら。こんなに分かりやすく顔に出ては王妃の器がないと判断されるのも致し方ないわ。)
「話がそれだけでしたら失礼しますわ。ごきげんよう。」
そう言ってジークと共に横をすり抜けた。
顔を上げて前を見て、背筋を伸ばして歩む。
(お腹が空いている時に、スイーツの話題はやばいわ。お腹なりそう。)
王妃様のマナー教育を今こそ発揮!とばかりに歩んでいるが、頭の中は割とくだらない。
「殿下、早く挨拶を終わらせましょう?わたくしお腹が空きました。」
周りに聞こえないようにこそっとそう囁くと、殿下が一瞬呆けた後、顔を押さえて肩を震わせ始めた。
しばらくそうしてから顔を上げたジークは、とても優しい顔をこちらに向けた。
「ああローズ、私は本当に君が婚約者で良かったと、心から思うよ。」
さっきの怒りや心配が全部無くなったような、清々しい顔をしていた。
「さぁ、さっさと挨拶を終わらせてしまおう。」
ジークがいつもの仕事の顔になって、やってくる貴族と言葉を交わす。
随分時間がかかったが、お仕事の後はお待ちかねのスイーツタイムである。
いそいそと近づいて、物色していたらジークに名前を呼ばれて顔を上げた。
すぐ目の前に大好きなジャムとフルーツの乗った一口タルトがあった。
思わずかぶりつく。
(はぁー美味しい!!仕事の後のスイーツってこんなに美味しいの?)
「美味しい…。」
余韻に浸っていると、またも殿下が私の大好物を持ってきた。
もう既に私は胃袋を捕まえられている気がする。
躊躇なく口をあけ、ジークに放り込んでもらう。
(あああ、なんて美味しいの!口どけ最高のチョコ、フレーバーは大好きなイチゴ、土台はさくさくのクッキー、なんて素敵なコンビネーション!これぞまさに!)
「…至福。」
うっとり幸せを堪能していると、冷水を被せられたような圧を感じた。
「殿下、うちの娘をそろそろ帰してもらえますかな?」
「お父様?!」
「ああ、ブラントミュラー公爵、そうだね、もう遅い。挨拶が長くかかってしまってね、彼女は碌に息抜きが出来なかったから甘い物でも少し食べてからと思ったんだ。」
「お父様、もっと食べたいです…。」
「ローズ、時間を見なさい。もう日も変わる。成人した殿下はともかくお前の歳の娘はもう会場のどこにもおらん。さっさと帰るぞ、おいで。」
(わーたーしーのーすうぃーつぅ!!!)
お父様に首根っこを掴まれ泣く泣く帰った。




