王妃の教え
王妃教育は、さほど優秀でない娘でも大体5年程で終わるように作られている。
優秀ならば3年かかるかどうかぐらいだ。
一番の難関である政治経済や、暗記物である歴史、この辺りは個人差が大きいが、そもそも王妃はそこまで政治に大きく関わるわけではないので、あまり覚えられなくても取りあえずしておけば良いくらいのものだったりする。
国王となるパートナーの補助の意味合いが強いので、パートナーとなる王太子が優秀であればあるほど、婚約者に求められる水準も下げられる。
今代の王太子であるジークバルトは優秀であった先代に負けず劣らず優秀と言われている。
つまり要求される水準は最低ラインだ。
クリスティアーナとローズマリーが王妃教育を始めてから3年が経った。
クリスティアーナは王妃教育が終わったと自慢しまくっている、という噂は王妃様からもアルからも聞いている。
長々と説明したが、何が言いたいかと言うと、現在とても面倒臭い事になっている。
今、目の前にクリスティアーナさんがいるのだ。
この人は本当に目の前にいるだけで面倒くさい。
「ごきげんよう。ローズマリーさん。」
「…ごきげんよう。」
まったくご機嫌ではないが。
「王城で出会うなんて久しぶりですわね。王妃教育をしていたころは時々お姿を見てはいましたけれど。」
「お久しぶりですね。」
先生が別になってから私、貴方を全く見ていませんが。
「今日は、わたくし殿下に誘われてお茶に来ましたの。ローズマリーさんは王城に何をしにいらしたの?」
もう面倒臭い臭いがぷんぷんする。
「王妃教育ですわ。」
「ええ!!貴方まだ終わっていませんの?!ありえないわ!あんな簡単なものを終わらせられないなんて!ぷっ、ふふふ」
やっぱり。である。
あーもう帰りたい。
分かっていてもイラッとする。
でも、ここで怒っていては王妃教育をしてきた意味がない。
どんな相手であっても騒ぐことなくその場を治める。
それが出来なければこの3年王妃様に教わったマナー教育は身についていない証になってしまう。
それにしても、こんなに分かりやすく人を馬鹿にするなんて、彼女はどんな王妃教育をうけたのだろうか。
私がどう切り上げようか悩んでいると、廊下を走る足音が聞こえた。
ジークの魔力を感じ、彼だと分かった。
城内を走るなんて珍しい。
何をそんなに慌てているのかしら。
「ローズ!」
「ジーク「殿下!!わざわざお迎えに来て下さったのですか?嬉しいですわ。偶然ローズマリーさんにお会いして少し長話になっていたのです。ではローズマリーさん、ごきげんよう」
いつも思うが、彼女はどこで息継ぎしているんだろう。
まあいいや、解放してくれたようだしジークに感謝だわ。
「ごきげんよう、クリスティアーナさん。ジー「ローズ、君に用があるんだ。」
ジークが私が言い切らないうちに、話しかけてきた。
これも彼には珍しい。
「なあに?」
「ローズ、最近君ちょっと忙しすぎない?君を捕まえるのにこんなに苦労するなんて。」
「ふふ、今週は特別です。でも、用ならお手紙でも構いませんのに。」
実は来週から護身術の先生がお仕事で居ないので、その分を今週に回している。護身術は気を失って終了なので、護身術以外の王妃教育は全て別の日に詰め込まれるのだ。
休みにすればいいのに、とはローズを含め教師陣の誰も思いつかないようだ。
「手紙だと返事を待たないといけないじゃないか。」
「ふふふ、ジークって意外とせっかちよね。それで、話って?」
「ああ、私はこの後シュラム公爵から娘の王妃教育終了の褒美にお茶をするようにと言われていてね、庭園でするつもりなんだけど、今日は経済学の授業でしょ?終わったら庭園に来てくれる?その頃には終わっていると思うから。社交界デビューで付ける装飾品のデザイン画が届いたんだ。好みを聞きたい。」
(確実に前半の情報はクリスティアーナさんへの嫌味だわ。)
ローズはそんなものが嫌味になると思っていないので気付いていないが、当然後半も嫌味である。
ジークは基本的に温厚で穏やかな声音をしているので誤解されやすいが、ローズは彼を意外に暑苦しい性格で報復は結構過激だと認識している。
認識する程度にはこういった光景を何度か見ている。
この廊下は音が響くので、先ほどの会話が聞こえていたのかもしれない。
「私はどんなものでも結構ですのに。」
「君が興味ないのは知っているけど、折角プレゼントするのに喜んでもらいたいじゃないか。」
「そのお気持ちだけで十分嬉しいです。でも、ジークが悩んでいたって王妃様から聞いていますもの。一緒に悩みましょう?」
「はは、嬉しい事を言ってくれるね。じゃあまた後で。王妃教育頑張ってローズ。」
「ええ。ありがとうジーク。」
手を振って別れた。
物凄い殺気がクリスティアーナさんの方から飛んできたが、護身術を習ってから、正直可愛い物だとしか思わない。
ふと思い出す。
王妃様の授業で、憎しみや妬み嫉み、そんな感情は持つべきではないと教わった。
それらは自分の視野を狭くし、本来の姿を歪めてしまうからと。
そしてそのせいでどれだけ未来ある人間が非業の死を遂げたかを、切々と語って下さった日がある。先生が違うから、彼女はその話を聞いていないのだろうか。
彼女にこそ、その話が必要だと思った。
彼女はとても危うい感じがしたのだ。




