伝わっている想い
屋敷を首尾よく抜け出し、ローズは幌の中で変装を始めた。
市井で手に入れた粗末な服に着替え、髪色を変える特殊なクリームを髪になじませる。
これはジークに貰った物だ。
若い女性と言うだけで、危険な場合もあるので大きめのフードも入っている。
体格ですぐバレるとは思うけれど。
ものの数分で変装を終えた彼女は幌の窓から外を眺めた。
今日の目的は王都南部の視察である。
ここは少し治安が悪いらしい。
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王妃教育が始まってから、おじいちゃん先生に色々教えて貰う中で、衝撃を受けた事は一度や二度ではない。
一番の衝撃はやはり戦争の可能性が高い事だったけれど、それと同じくらい衝撃だったのは、貴族の義務について学んだ時かもしれない。
それまでも、両親から貴族の義務について色々と聞いてはいたけれど、何と言うか私の中で現実と繋がっていなかったのだ。
初めて点と点が繋がったような、そんな感じだった。
いくら平民と仲良くなっても、必ずしっかり線引きがあって、私は貴族として、ミルカやカール達は平民として役割を持っている。
今割と自由に出歩けているのは、私が貴族とは言え、何の責任も持っていない子供だからに過ぎない。
私の行いは全て監督者である両親の責任だからだ。
私は平民の暮らしぶりを良く知っている。
沢山ミルカにくっついて色々な事を体験したけれど、その度に自覚するのは自分の軟弱さだ。
平民たちが当たり前のように出来る事が、私にはいつも上手くできなかった。
貴族として傅かれる生活を送ってきた私は、水汲みや繕い物は上手に出来ない。
それは当たり前の事なのだけれど、なぜ私が傅かれてきたのか、それをよく考えもせず暮らしてきた。
それは貴族の義務を生まれながらに背負っているからだ。
ずっと冒険者になりたいと思っていた。
いつかなれると信じていた。
けれど、その道はその義務を放棄する事に他ならない。
ミルカ達はまだ子供だけれど、もう社会の歯車の中に入り、自分の出来る仕事を精一杯している。
私は時々それを真似して遊んでいるだけに過ぎない。
ミルカにくっついて仕事をしている時、私役立たずだな、なんて思ったことは一度や二度ではない。
けれども一度懐に入れた人間を平民は簡単に放り出したりしない。
出来るようになるまで、ちゃんと面倒をみてくれるのだ。
それはミルカ達だけに限らない。
その場にいる平民皆が面倒をみてくれるのだ。
ただ平民の真似事をして、いい気になっている自分にさえ。
「お嬢、着きましたよ。ここからどこに向かうんですか?」
「そのままぐるり周辺を回ってくれる?なるべくのんびりね。」
「下りないんですか?」
「この区域の教会で下りるつもりよ。西の方に小さな教会があるの。
ぐるり回ったらそこへ行ってくれる?」
私はいつか王妃になるらしい。
長い歴史の中で、賢君と呼ばれた王の伴侶は大抵優秀な女性だった。
この国の教会に、必ず孤児院が併設されているのも昔の王妃の尽力の賜物だ。
冒険者で身を立てる人間は大勢いるけれど、大半の冒険者が自分の生活で手一杯の暮らしをしている。
冒険者でなくともカツカツの生活をしている者は少なくない。
だからこそ子供が出来ても、育てられないからと捨てる親は後を絶たない。
捨てられた子が犯罪者によって、犯罪者に育てあげられる。
そんな図式が当たり前にあった。
それを変えたのがその制度だ。
教会から巣立った子供は教会の為に働くことで、次の世代を支えていく。
冒険者になりたかった。
でもなれないのなら、せめてミルカ達が暮らしやすいように、何か変えられる事があるなら変えていきたいと思った。
その為にも、見ておきたいと思ったのだ。
見ておかなければならないと思うのだ。
この国の問題を。
自由に動ける今のうちに。




