元気のないアルトゥール
隣国から帰国してすぐ、メルロー侯爵夫人から私宛に手紙が届いた。
なんとアルトゥールが伏せっているらしい。
どうやら私の誕生パーティーの後から熱を出して、それから回復が思わしくないようだ。
私はフィノイスの王都で買ったお土産と母に持たされたお見舞いの品を持って、メルロー家にお見舞いに行った。
「いらっしゃい、わざわざ来てくれてありがとう。さあ、入って。」
メルロー夫人が笑顔で出迎えてくれた。
「アルトゥールのお加減はいかがですか?今日は会えますか?」
私が尋ねると、夫人の顔が少し曇った。
「お医者様からは、もう病気は治っていると聞いているの。だから面会は問題ないはずよ。」
そう聞いて彼の部屋へ向かって歩き出した。
「何か問題があるのですか?」
「食欲がすごく落ちていて、夜もあまり寝られていないようなのよ。最近は部屋からもあまりでないようになってしまって…。」
「そんな…」
アルトゥールのそんな状態が想像できなくてびっくりしてしまう。
いつも魔法学の話をする彼は目が輝いていてすごく楽しそうで、彼との話は私も本当に楽しい。
だからこそ、直接見なければ全く想像がつかない。
彼の部屋へ着き、夫人が軽くコンコンとノックをした。
「アルトゥール、お客様よ。出てきて頂戴。」
「…誰?」
中からくぐもった様なアルトゥールの声が聞こえた。
「私よ」と答えようと思ったけれど、何だかまどろっこしく感じて許可も得ずにがちゃっとドアノブを回した。
夫人は強引に入るタイプではないのだろう、普通に開いた。
因みに我が家の家族の誰かが喧嘩など何かで引きこもる時は、誰であろうと鍵を閉めてこもる。閉めていないと確実に色々面倒臭い事になるので。
「んな!」
起き上がった体勢で布団を頭に被って顔だけ覗かせた状態だったアルトゥールが、私を見て固まっている。
「こんにちは。大丈夫?食欲がないそうだけど…母がね、病気でも食べやすいフルーツのゼリーを持たせてくれたの。一緒に食べられるかしら。」
そう言いながら、ベッドに近づいた。
はっと我に返ったアルトゥールが俯き、酷く悲しそうな顔をした。
(食べられないのが辛いのかしら。やっぱり少しやつれているわ。)
私は彼の顔に手を伸ばし両手で頬を持って、ちょっと強引に上を向かせて目を合わせた。
「食べ辛くても、何か胃に入れないと元気にならないわ。お願い、少しで良いから一緒にゼリーを食べましょう?」
顔を近づけてそう言うと、なぜかアルトゥールの顔が真っ赤になった。
さっきまで青白い顔をしていたのに、急に血色がよくなって、ちょっと安心した。
「部屋から出ていないのですって?今日はいい天気よ、お庭で食べましょうよ。それからね、お土産があるの!フィノイスでとっても珍しいものを見つけたの!外じゃないと見られないものなの!ほら早く!」
そう言って強引に手を取り、勝手知ったる人の家、とガーデンテーブルまで彼を引っ張って行った。最初は少し抵抗を感じたけど、振り切られる様な強い物ではなかったので、気にせず歩いた。
椅子に座らせると、何だかアルトゥールがぐったりしていたのでちょっと慌てた。
「ごめんなさいっ!最近部屋から出ていないせいで体力が落ちているのね!大丈夫?ちょっと待って、私がするわ。」
私は自分の椅子をアルトゥールのすぐ横に移動させ、彼の肩を支えた。
「紅茶は飲める?」
目線は合わないけれど、血色のいい彼の顔がこくんと少しだけ動いたのを確認して、メイドの淹れてくれた紅茶を彼の口元に持っていってあげた。
カップを傾けるとこくんと音がして、彼が少し飲んでくれたのが分かった。
カップをソーサーに戻し、ずっと腕にかけていた紙袋の中からゼリーを取り出した。
先に彼の分の蓋を開け、スプーンですくって彼の口元へ持っていく。
食べられないと聞いていたけれど、素直に口が開いてゼリーを食べてくれた。
「良かった。」
私がほっとして呟くと、ちょっとだけ疲れた顔の彼が小さくため息を吐いた。
なぜか顔色がさらに真っ赤になっている。
ひょっとして、熱がぶり返しているのかしら。
「熱はない?大丈夫なの?」
「もう本当にお前って…」
額に指先をつけ、考えるように俯いた。
彼の体も支えが要らなくなり、自分の力で背筋が伸びている。
「大丈夫だよ。熱もない。なぁ、お前さ、…婚約したんだよな?」
急に真剣な顔になってアルトゥールがそんな話を振ってきた。
「うん。そうだけど、急にどうしたの?」
「それってさ、ローズが…その、望んだのか?」
「望む?私が?婚約を?…何言ってんの?そんなわけないでしょ。」
「…じゃあ王家から打診が来たのか?」
「当たり前じゃない。何をそんな当たり前の事を。前に一度断ったのに、お父様がもう断れないって。お父様が宰相だからなのかなぁ?理由は知らないわ。でも貴族の婚約なんてそんなものよね。
そんな事よりアル!元気になったのならこれ見て頂戴!」
私はもう一つの紙袋から、フィノイスで見つけた、とっておきのお土産を出す。
「これはね、野営で使うちょっとしたコンロなんだけど、ちょっとここ見てよ。」
アルトゥールの方を見ると、何だか凄く呆けたような顔でぼぅっとしている。
「アル?」
私が声を掛けると、少しはっとして彼と目が合った。
「…お前は、嫌じゃないのか?」
「何が?」
「いやだから婚約だよ!」
「ああ、その話まだするの?
嫌か嫌じゃないかなら嫌に決まってるじゃない。来週から王妃教育が始まるんですって。魔法研究の時間が減っちゃうわ。お母様は何だか喜んでいるけど。婚約者になる事を喜んでいるんじゃないのよ?私の魔法研究の時間が減る事をよろこんでるの。酷くない?」
彼も同意してくれるものとばかり思っていたら、なぜか唖然としている。
私は首をかしげたが、彼は目線を下げ口元に手を当て何かを考えているようだ。
しばらく彼の思考を邪魔しないように待っていると、考えがまとまったのか体をこちらに向けて真剣な目で真っ直ぐこちらを見た。
「ローズ、分かっているのか?お前このままいくと王太子妃なんだぞ。」
「もちろん分かっているわ。でも私、何者になろうとも、魔法研究を辞めるつもりなんてないわ。私は私だもの。」
そう言うと、彼はびっくりしたような顔をした。
「あ、アル、もし王太子妃になっちゃったら、私きっと簡単にはこの屋敷には来られなくなると思うの。だから、私が手紙を出したら貴方が会いに来てよね。」
そう言うと、ハトが豆鉄砲をくらったかのように呆けた後、アルは急にくつくつと笑い始めた。
「何がそんなにおかしいのよ。」
「お前が王太子妃なんて、…世も末だな。くくく」
「もう!アルまで!家族全員に言われているわよ!
良いのよ。きっと殿下もそれに気づけば婚約破棄なさるわよ。王太子妃まで行かないと思うのよね、私。」
「あはははは!」
なぜか彼が今度は大爆笑を始めた。
ちょっと笑い過ぎじゃないかしら。
暫く笑いが止まらなかった様だけど、ひいひい言いながら笑い過ぎて出た涙を手で拭って笑いを治めた。
「ありがとうローズ。変わらないでいてくれて。」
ずっとどこか陰のあった顔が晴れて、彼はそう言ってさわやかに微笑んだ。
私は、なぜそんなことでお礼を言われるのか分からず首をかしげたけれど、彼がいつもの顔になって「どこを見て欲しいんだ?」と聞いてきたので、すぐにお土産を差し出した。
ローズにとってノックなしはデフォルト。




