メイドは見た!
「おはようございます、王妃様。朝の紅茶をお持ちしました。」
私は王妃様付きの専属メイドだ。
生まれは男爵家であまり身分は高くないが、王妃様に能力を高く買って頂き、現在の地位についている。
「ありがとう、マルタ。それより、今日のお茶会の準備はどうかしら?」
「ご心配は無用です、万事つつがなく。」
本日は、王妃様の第一子であるジークバルト殿下主催の初のお茶会だ。
準備は当然殿下がなされていて、担当の執事とメイド長から順調と聞いている。
私は招待されている令嬢の一人について給仕をするメイドとして、今日は殿下の茶会の手伝いに行く事になっている。
もちろん本当の仕事は、殿下の茶会での様子を王妃様にお伝えする事である。
今朝、メイド長から私はシュラム公爵のご令嬢である、クリスティアーネ様に給仕するようにと言われている。
恐らく王妃様の指示であろう。
王妃様は常に自信に満ち溢れ、私どもの前で弱音などはかないお方だが、今日は少し心配ごとがあるようだ。
いつもより、落ち着かない顔をしていらっしゃる。
それは恐らくクリスティアーネ様に関することだろうと容易に想像できた。
「…ああ、美味しい、落ち着くわ。」
王妃様は紅茶を一口含み、ほっと息を吐き出した。
「ありがとうございます。」
私の淹れた紅茶で、少しでも元気になって下さったのなら本当に幸せなことだ。
いつも人に見られ、気を抜くことを許されない人だって、メイドしかいない空間でのお茶の時間くらいは、素の自分に戻って息をして欲しい。
いつもそう思ってお茶をお淹れしている。
お茶会の準備も終わり、午後になって招待客がぞくぞくと会場に入ってきた。
今日は私もまだお会いしたことのない令嬢が一人招待されている。
宰相の娘でありながら、殆ど公の場に出る事はなく、内々の王家からの招待も全て断っている謎多きご令嬢である。
メイドの案内でクリスティアーネ様が会場入りされ、直ぐ後に続いて初めて見る可愛らしい少女がしずしずと歩いて来られた。
案内されたのはやはり宰相であるブラントミュラー公爵のご令嬢の席である。
(あれが、ローズマリー様ね。若い頃妖精姫と歌われたお母様によく似ていらっしゃる。)
「皆よく来てくれた。それではお茶会を始めよう。」
殿下の合図でメイド達が一斉に紅茶を入れ給仕を始めた。
私もクリスティアーネ様に紅茶を注ぎ、リクエストされたお菓子をお皿に取り分ける。
ふと、正面に座ったローズマリー様を見るとお菓子を断っているのが目に入った。
(甘いものはお嫌いなのかしら。)
お茶会が始まり、案の定王妃様が心配していたであろう光景が繰り広げられていた。
クリスティアーネ様に会話の主導権を奪われ、他の方と全く話が出来ないのだ。
しかしこの状況はいつもの事、と他の令嬢方は令嬢方同士で殿下の様子を伺いつつ情報交換をしている。
他の令嬢も強かなもので、クリスティアーネ様の隙をついて殿下と話す強者も少なくない。
令息は全員が殿下との個人的なお茶会経験者の為、今回は令嬢たちの邪魔にならぬように令息同士で仲良くするのだろう。令嬢に声を掛けている令息もあまりいないようだ。
けれど、そんな状況の中一人浮いているのがローズマリー様であった。
そもそも恐らくほとんどの方が彼女と初対面であるから仕方がないとは思うが、会話に入ろうと言う気配すら見せないのはどういう事なのだろう。
けれど、彼女が紅茶の香りをかぎ、口に含んだ瞬間、そこだけ時が止まったように感じた。
彼女が本当に幸せそうに微笑んだのだ。
その顔を見ただけで、紅茶が好きなのだとすぐに分かった。
だって今日の紅茶は、紅茶の王様と称される事もある特別な物。
「その紅茶がお気に召しましたか?」
殿下も彼女の表情に気付いたようで話しかけている。
「…ええ、わたくしの一番好きな茶葉でしたので。」
正直驚いた。彼女はまだ6歳と聞いている。
その後の会話を聞いて、私は即座にローズマリー様の給仕のメイドと担当を変わってもらった。
私はそのくらいの采配はできるように、王妃様から許可をもらっている。
担当を変わる為、クリスティアーネ様の後ろ側から、正面にいたローズマリー様の後ろに移動したので、今度はクリスティアーネ様のお顔がよく見えるようになった。
けれど変わった時クリスティアーネ様の表情には正直驚いた。
物凄い形相でローズマリー様を睨んでいたのだ。
けれど、本人はどこ吹く風という感じで、全く意に介す事無く紅茶を飲んでいる。
(あのペースでは、そろそろ次の紅茶を淹れないと。
ポットに残った紅茶ではなくて、あの方には是非一番おいしい紅茶を味わって頂きたい。)
急いで紅茶の準備をした。
案の定、お代わりを所望されたので、淹れたばかりの紅茶を注いだ。
クリスティアーネ様に捕まっている殿下が、ちらちらとこちらを気にされているのが分かって微笑ましい気持ちになった。
彼女の後ろに控えているので紅茶を飲む彼女の表情を見る事が出来ないのが残念だと思いつつ、聞こえてくる会話に耳を傾けた。
「ねぇ殿下、庭園を案内して下さいな。」
やはり、クリスティアーネ様は殿下がローズマリー様を気にされているのに気付いて引き離しにかかったようだ。
殿下もそれに気づき、すぐに他の令嬢も誘って二人きりを避けた。
残念ながら一番気にされていたローズマリー様は付いて行かないようだが。
(と言うか、この方大丈夫なのかしら?令嬢全員ついて行っているのに行かないの?
殿下に興味がなくても、庭園に興味がなくても、ここはついて行かなくては、少々不敬になりますよ。)
と、心で諭しても本人に届くはずがなく。
しばらくして、皆がテーブルから離れると、急にきょろきょろとあたりを見回した。
給仕が必要なのかと思って傍によると、なんとお菓子をご所望だった。
まさか人前でお菓子を食べるのが嫌で我慢していたのだろうか。
リクエストされたお菓子を皿に取り分け、彼女の前に置くととてもうれしそうに微笑んだ。
高位貴族に恥じない仕草や立ち居振る舞いで、少し大人びた印象があったけれど、お菓子を前に喜ぶ顔はやはり6歳児のそれで、何とも微笑ましくこちらまで笑顔になってしまう。
暫く一人で堪能していたところに、一人の少年が近づいた。
お互い愛称で呼び合っているところを見ると、仲の良い友達のようだ。
けれど、すぐにひそひそと小さな声で話し始めたので、流石に聞き取れなくなってしまった。
しばらく二人はこそこそと話していたけれど、会話が終わってすぐ給仕に呼ばれた。
お菓子のお代わりかと思ったら、急に皿を下げて欲しいと言われた。
よく見れば、殿下たちが戻ってきそうだ。
やはり人前では食べたくないのだろうか。
食べたことを気付かれるのも嫌なのかも知れないと思い、さっとお皿を下げた。
戻ってきた殿下は、なんだかちょっとイライラしているように見えた。
「庭園には興味がありませんでしたか?」
(それは間違いなく八つ当たりですね、殿下。)
後ろ姿でもローズマリー様が狼狽している顔が想像できてしまった。動揺が伝わってくる。
すると殿下の表情が少し柔らかくなった。
「先ほど召し上がっていたお菓子はいかがでしたか?」
(ああ、殿下)
私は頭を抱えたくなった。きっと、殿下的には助け舟のつもりだったのだろう。
(それは逆効果です!って言うか見てたんですか、庭園案内しながら?!どんだけ気にしてるんですか!)
ちょっと呆れつつ様子を伺うと流石公爵令嬢、というか本当に6歳児?と思うような受け答えをしていた。
かと思えば、耳を貸すなんて公の場ではありえない非常識をするのだ。
彼女の人となりを王妃様から探ってくるように言われてもいたが、正直さっぱり分からない。
仕草や立ち居振る舞いは完ぺきで、友人もいるようだし受け答えも問題ないところを見ると、あまり対人関係に不安があるような性格でもなさそうだ。
なのにちょいちょい気になる非常識。
二杯目の紅茶ももう飲み終わりそう。
ちょっとありえない。他の令嬢たちはまだ一杯目だ。
とは思いつつ、しっかり美味しい紅茶を用意している自分がいる。
そう、彼女と言う人物がよく分からないのに、結構自分もあの令嬢が気に入っているのだ。
三杯目を注いだら、紅茶の腕前を褒めてくださった。
世辞でもごますりでも何かの策略でもないのは顔を見ればわかる。
私が美味しい紅茶を飲んで欲しいと思ったその気持ちを、きっとこの方は分かっている。
そんな気がした。
紅茶を飲むより大事なことをしなくていいのですかと、彼女の立場が心配になりつい言いたくなってしまう。
朗らかに微笑む彼女の人となりはまだよく分からないけれど、ありのままを王妃様にお伝えしよう、そう思った。




