気になる人
その日は朝から憂鬱だった。
この国の王太子であるジークバルトは、何度目になるかわからないため息を吐いた。
今日は、ジークバルトと年回りが近い高位貴族だけのお茶会なのだ。
お茶会は気詰まりする。
男だけならばそうでもないが、令嬢が苦手だった。
気安く体を触ってくる令嬢は特に苦手だ。
香水も酷く鼻につく。
高位貴族ならば、教育もされているし大丈夫よと母である王妃が昔言っていたが、全然大丈夫ではなかった。
むしろ一番酷いと思う。
自分の隣に座る、その一番酷い令嬢からどうやって逃げれば良いのか、もうため息しかでない。
初めて会う宰相の令嬢が、彼女みたいだったらどうしよう…。
もし、そうなら仮病でも使うか…
お茶会が始まるまで、ジークバルトはずっとそんなことを考えていた。
お茶会が始まって、一番に話しかけて来たのはやはり一番苦手なクリスティアーネ嬢だった。
「殿下、お招きいただいてありがとうございます。」
「ああ、クリスティアーネ嬢も楽しんで下さい。」
「殿下がこないだ勧めて下さった本、読みましたわ。とても面白くて、一気に読み切ってしまいましたわ。」
「…それはよかった。」
正直何を勧めたかあまり覚えていないが。
彼女との会話は精神力をごりごり削っていくのだ。
彼女は気位が高く、低位の貴族令嬢にはあからさまな牽制をして私に近づかせないようにするし、他の令嬢が割り込めないように話を持っていくから、本当にやりにくい。
ふと、視界の端に、ずっと興味なさそうな顔をしていたローズマリー嬢が、ふわりと柔らかい笑みを浮かべて紅茶を飲んでいるのが目に入った。
「その紅茶がお気に召しましたか?」
思わず話しかけていた。
クリスティアーネ嬢が何か話していた途中だったような気もするが気にしない。
ローズマリー嬢はとても驚いた顔をしてこちらを見た。
「ああ、突然申し訳ない。あんまりおいしそうに飲んでいるものだから。」
「…ええ、わたくしの一番好きな茶葉でしたので。」
その後の会話で、ローズマリー嬢はお世辞でも何でもなく、本当にこのお茶が気に入ったのだと分かった。
何より幸せそうに飲む顔が可愛いと思った。
「ねぇ殿下、庭園を案内して下さいな。」
嫌だと答えられたらどれだけ胸がすっとするだろう。
彼女はこうやって他の令嬢と私が話をすると、あからさまに引き離してくる。
「ああ、構わないよ。庭園に興味のある者はぜひ一緒に来てほしい。」
二人きりなんて絶対ごめんだ。
ちらりとローズマリー嬢を見たが、全く興味ないようだった。少し残念だ。
結局彼女以外の令嬢全員を案内した。
人数が多い方がお互い牽制してくれて、一人にべったりくっつかれる事はなかったが、入れ替わり立ち代わり私の隣の令嬢が変わっていき、結局誰かには腕を組まされた。
早くテーブルに戻りたくて、令嬢たちの目線を花の方へ向かせる度、自分はテーブルの方へ視線を向けた。
ローズマリー嬢が、幸せそうな顔でお菓子を食べている。
それを見て、思わずくすっと自然に笑みがこぼれた。
「こんなに立派なお花が、王妃様の結婚式で使われたお花の種から育ったものだなんて、ロマンチックですわぁ。」
うっとりした声がすぐ横で聞こえてくる。
もう少しテーブルを見ていられそうだと思っていると、ローズマリー嬢の方へ男性が近寄っていくのが見えた。
あの子は確か、メルロー家の長男…
二人は仲良さそうに笑い合っていた。
「殿下、次はあちらを案内して下さいな。」
先ほど隣にいた令嬢とは別の令嬢に手を取られ、仕方なく案内を再開した。
無事にテーブルに戻ったが、何だか酷くむしゃくしゃしてつい嫌味のようなことを言ってしまった。
「庭園には興味がありませんでしたか?」
「…そんなことは…ないのですけれど…」
ローズマリー嬢は目に見えて困っていた。
あんまりにも焦っているのが可愛くて、さっきまでの鬱屈した気分がすっと晴れていくのを感じた。
「先ほど召し上がっていたお菓子はいかがでしたか?」
助け舟を出したのに、なぜかますます彼女がテンパっている。
しばらくなにやら考えていたようだけど、しっかり顔を上げてお菓子の味や配慮を褒めてくれた。
彼女の褒め方は心地いい。
お世辞と感じないのだ。
そしてお菓子の気遣いに気付ける令嬢がいたことが素直にうれしく、次に彼女が言った驚くような提案も何だか可愛く思えた。
耳を貸してほしいなんて、よっぽど親しくなければ普通は言わない。
もし、彼女以外に言われたら不快以外の何物でもなかっただろう。
どうぞと貸した耳にささやかれた内容も、とても可愛らしいお願いだった。
理由を聞きたかったのにまたもやクリスティアーネ嬢に邪魔されて、聞くことができなかった。
しかも、クリスティアーネ嬢にも耳を貸すことになってしまった。
ほらやっぱり不快しかない。
その後も離してもらえず、ローズマリー嬢とはそれ以上話せなかった。
昔からいる母上お気に入りのメイドと、彼女が何か話していたのが横目に入り、クリスティアーネ嬢の話に適当に相槌をうちつつ、後でメイドに聞こうと心に決めた。
メイドと二人で柔らかく笑いあっていたローズマリー嬢の顔が、お茶会が終わった後も頭から離れなかった。




