お茶会とはお茶を美味しくいただくこと
ローズマリーがアルトゥールと古代魔法で遊んでいた時、父である公爵は立派な執務机で頭を抱えて唸っていた。
「そんなに悩んだって仕方がないではありませんか。」
執務机の前にある応接セットのソファに座り、優雅にお茶を飲みながら、公爵夫人が夫をたしなめた。
「…だがなぁセレナ、…ローズだぞ。」
「何を心配されているのです?」
「何が起こるか私にも想像がつかんのだ。だから怖いのだ。だってローズだぞ。
王太子殿下にゴマをするような性格ならまだ可愛いものを、どう考えたって殿下に失礼な態度を取る方が可能性が高いだろう?失礼なんて思ってもないんだろうが。いやいや、変に気に入られて婚約者になんて事になっても厄介だ。未だに脱走癖が治らんのに、そんな物に選ばれでもしたら、あやつ家に帰って来んのではないか?そうだな、殿下に対する態度に関しては大目に見よう。だけど息をするように魔法をつかうローズだぞ?また魔法で問題を起こすかもしれん。でもそれもやっぱり本人は問題とは思っていないんだ!なぜ常識がいつまでたっても備わらんのだ!王城なんぞにつれていくのは、もう社交界デビューまでしたくない。ああ、したくない。」
一気にまくしたて、ハァ――っと深いため息を吐いた。
その手にはくしゃりと寄れた王家からのお茶会の招待状を握りしめている。
王太子殿下主催と書かれたそれは、要するにお友達候補、側近候補、お妃候補を探すためのお茶会である。
今回はお友達候補というよりは、側近候補とお妃候補がメインのようだが。
招待されているのは、侯爵家以上で年回りが殿下に近い令嬢令息だけなのである。
本来ならば、ローズマリーは殿下と歳が近く三大公爵家の一家であるブラントミュラー公爵の長女なのだから、既に引き合わされていてもおかしくないのだが、今までなかったのは、父の涙ぐましい妨害の賜物だ。
一度ストラの研究所の見学に行って、騒動を起こして以来(本人は騒動とは思っていない)王族からの内々のお誘いは全て断っている。
内々、と言うのは断ってもいいと言う王族の意思表示なのだ。
もっとも、例え内々だろうと断るのはこの公爵くらいであるのだが。
けれど、流石に今回は断れない。内々じゃないのだ。
「まぁ、あの子は良くも悪くも変わらないでしょうね。ならば、あなたが守ってやれば良いのです。わたくしは、大丈夫だと思いますわ。
まぁあなたが今言った心配事は全てやりそうな気がしますけれど。」
「ちっとも大丈夫な気がせんぞ。」
「どんなに心配したって、断れるわけないでしょう?
まあ魔法禁止は約束させなければなりませんね。守るかどうかは分かりませんけれど。
でももし今回問題を起こせば、それを理由に次は断れますわ!」
夫人は毅然とした態度で言い放った。
「あああ、お前に相談したら余計に心配が増したぞ。」
公爵は胃を押さえてうめいた。
――――数日後、お茶会当日
「では、行ってまいります。」
待機部屋で両親と待っていたローズマリーに、案内役のメイドがやってきたのでそう告げて立ち上がった。
「ローズマリーくれぐれも、くれぐれ「お父様行ってまいります!」
待っている間も延々と注意事項を聞かされたのだ。
もう聞くもんか。
会場は王城の中庭で、ローズマリーも一度見たことのある庭園だった。
立派な花園と小さな池があって、四季折々の景色が楽しめる。
そして背の高い植木や低い植栽それぞれが複雑に配置されていて、さりげなく視界を遮るため、パーティーなど人を大勢呼んでも圧迫感なく自然を楽しめる作りになっている。
メイドについて行くと、殿下と年回りの近い侯爵家以上の子供が集まって、一つの細長いテーブルを囲んでいるのが見えた。
席順はお父様が言っていた通り王太子殿下の横らしい。
単に権力順である。
ローズマリーの父は三大公爵家の一家で、この国の宰相なのだ。
このメンバーの中で唯一ローズマリーが知っているアルトゥールは、侯爵家で親の地位も他の侯爵に比べると高くない為、少し席が離れている。
まあ近くだろうと、今日はお父様にアルと魔法の話をする事を禁止されている為用はない。
最後だったローズマリーが座るとすぐ王太子殿下がやってきた。
今年9歳になられる王太子殿下は、国王陛下ゆずりの聡明さと王妃様譲りの麗しい見目で非常に人気が高く、姿が見えた途端令嬢たちが色めき立つのが分かった。
初めて見る殿下は、確かに整った顔立ちをしていたが、どこか冷めていて切れ長の目が余計にそう思わせた。
(厳しそうな人、どうして人気なのかしら。
しかもなんか…退屈そう?)
ローズマリーが失礼な事を考えている間に、王太子殿下の挨拶が終わり、お茶会が始まった。
「ここにいる者の中で、初対面の者もいるだろうから、初めに順番に自己紹介をしてもらおうと思う。まずは…」
殿下がこちらを見た。
「貴方とは初めてお会いしますね、貴方からお願いできますか?」
「かしこまりました。」
メイドに椅子を引いてもらいながら席を立ち、軽く殿下の方へカーテシーをする。
「わたくしは、ブラントミュラー公爵家長女、ローズマリーです。よろしくお願い致します。」
さらっと簡単にすませ、椅子に座った。もちろんセリフは父の命令通りである。
父公爵の目標は『無難』の一言につきる。
上座の殿下の右隣がローズマリーで、殿下の左側、ローズマリーの正面にいた子供は同じく三大公爵のシュラム家の兄妹だった。姉の方は次女らしく上に更に姉がいるらしい。
立派な縦ロールの金髪をばさっと背中に流す仕草が面白くて、ローズには珍しくちゃんと自己紹介を聞いていた。クリスティアーネさんと言うらしい。
一通り自己紹介を終え、ざわざわとそこかしこで会話が聞こえてくるようになった。
私の正面に座るシュラム家の次女クリスティアーネさんは、殿下と何度か会っているようで、私の分からない話題を話している。殿下の表情は登場してから一切変わっていない。
(あんなに退屈そうな顔してるのに、会話してる…。退屈そうに見えるだけなのかしら。)
さして興味もないのでちらっと横目で見ていた視線を戻し紅茶を口に運んだ。
(あら、流石王家のお茶会ね。クレール産、しかもこれ最上級茶葉だわ。)
自然と頬が緩んだ。
紅茶好きは母の影響だ。
母とお茶をすると、必ずその時飲んでいる茶葉の批評から会話が始まり、歴史から産地まで幅広い薀蓄を語られるのだ。
ともすれば、退屈な時間になりそうなものだが、母は話し上手でいつもとてもおもしろかった。
ゆっくりと嚥下し、鼻に抜ける残り香まで楽しむ。
(このお茶だけでも、つまらない茶会に来たかいがあったわ。)
更に失礼な事を考えていると、ばちが当たったのか殿下に話しかけられた。
「その紅茶がお気に召しましたか?」
気を緩めていた時に、急に話しかけられたのでびっくりして殿下の方を見た。
「ああ、突然申し訳ない。あんまりおいしそうに飲んでいるものだから。」
「…ええ、わたくしの一番好きな茶葉でしたので。」
「茶葉の種類が分かるのですか?」
「クレール産の最高級品ではないですか?」
「そう聞いています。流石ですね。私は詳しくもないし違いも分からないのですけれど。」
「ふふ。もう販売が始まっていたのですね。
毎年我が家も買っているのですけれど、生産量がとても少なくて、その年の茶葉が全部売れてしまえば翌年まで手に入りませんの。知る人ぞ知る名茶ですわ。」
「今日の紅茶は、母である王妃が私のお茶会の為に用意して下さった物なのです。
気に入って頂けてきっと母も喜んでくれるでしょう。」
そんな会話をしていると、
「まぁ!!王妃様がお好きな茶葉ですのね!私もとても美味しいと思っていたのです!
流石王妃様はセンスが素晴らしいですわ。」
クリスティアーネさんの分かり易すぎるごますりに若干引いた。
彼女と話すと疲れそうなので、ローズマリーは即座に口を閉じ紅茶に専念した。
退屈そうな殿下がちゃんと相手をしているので、安心して紅茶を楽しめる。
(あーあ、こんなにおいしい紅茶があるのにお菓子を食べるのは禁止だなんて。お父様ったらあんまりだわ。)
何もしゃべらず、紅茶を飲んでいたらあっという間に飲みきってしまった。
高位貴族の令嬢が話題を振らないなんてことが、非常識であるという常識は全くないローズマリーである。
やることもないので、遠慮なく2杯目をもらった。
(あら、新しく入れなおして下さっていたのね。流石王城のメイドだわ。しかもさっきのより美味しい。腕が良いんだわ。)
ひたすら紅茶を味わっていると、周りの令嬢達が席を立った。殿下に庭を案内してもらうらしい。
令息達は残ったが、一か所に集まって話に花が咲いているようだ。
テーブルに座っている令嬢はローズマリーだけである。
(い、今がチャンスではないかしら!)
ローズマリーの目はお菓子に釘づけである。
横目で周囲を気にしつつ、メイドにお菓子を取り分けてもらった。
(んーお菓子も素晴らしい!美味しいだけじゃなくて、おしゃべりの邪魔にならないように、口どけの良いものばかりにしてるんだわ。紅茶との相性も最高ね。)
もそっとするお菓子は苦手なローズマリーからすると、ハズレのないラインナップでテンションが上がる。
暫く一人の世界に入って堪能していると、傍にアルトゥールがやってきた。
「やあ、ローズ。」
「あらアル、申し訳ないけど今日はあなたと魔法の話をすることは禁止されているの。」
「くは!お前もか!実は俺もなんだ。」
二人は思わずぷっと吹きそうになる口を押えて笑いをこらえた。
「お互い信用ないわね。」
「しょうがないさ。お前は形だけでも殿下の近くにくっついていなくていいのか?」
少し不敬になるので、アルはひそひそと内緒話をするように話始めた。
「いいえ、逆よ。お父様には必要以上にかかわるなと言われているもの。」
アルは今度こそ抑えきれずに爆笑した。
「本っ当に信用ねぇな!」
「でしょう?でもね、お父様との約束を守れたらもう一つ古代魔法の魔道具を貸して貰えるの。
でね、お菓子を食べちゃいけない事になっているんだけど、…内緒よ?」
「な!本当か?!古代魔法の魔道具がかかってんのに、お前なに堂々と味わってるんだ!
さっさと口に放り込め!」
器用にひそひそ声でまくしたて、酷い言い様である。
「だって、やることがないんだもの。仕方ないじゃない。」
「お、やばいぞ、殿下が帰ってきそうだ。宰相の親父に知られたくないなら、殿下にも知られない方がいい。さっさと皿を下げてもらえ!」
アルトゥールは必至過ぎである。
まあ正論過ぎる正論なので、仕方なく下げてもらった。
ギリギリのタイミングで殿下が戻ってきた。
戻ってきてすぐに殿下に話しかけられた。
「庭園には興味がありませんでしたか?」
(ええ!?さっきのってひょっとして行かないといけないものだったの?!)
行かないといけないというか、令嬢全員ついて行っているのだから、空気を読んで行くのが普通なのだが、もちろんそういう考えは全くないローズマリーである。
「…そんなことは…ないのですけれど…」
(や、やばいわ。なに?何が正解?)
1、はい興味ありません。(絶対だめなやつ。)
2、人ごみが苦手で。(普通にだめなやつ。)
3、紅茶がおいしくて。(同じ会話はダメってお父様が!)
(ああ、お父様向こうが話しかけて来たときの対処をもうちょっと教えて欲しかったです!)
ローズマリーがちょっとテンパっているのを察したのか、
「先ほど召し上がっていたお菓子はいかがでしたか?」
「!!」
(バレてるー!!!いや、待って、殿下に口止めすればいいのよ!だ、大丈夫、バレないわ!)
心の中で作戦を練り、表情を何とか取り繕って殿下と顔を合わせた。
「とても美味しかったですわ。気配り上手ですのね。美味しいだけではなく、おしゃべりの邪魔にならぬように、口どけの良いものばかりでしたもの。」
希少な魔道具の為ならば、ローズマリーもごますりくらいできるのである。
「それで、その、大変言いにくい事なのですけれど…」
ローズマリーは失礼にならない口止めの仕方を必死で考えた。
まぁ、王族に口止めなんて考えている時点でアウトなのだが。
「あの、お耳をお貸しくださいませんか?」
とりあえず誰かに聞かれてはまずい。
不安過ぎて消え入るような声になってしまっだが、殿下は首をかしげつつ、少しローズマリーの方に身を寄せ、耳をこちらに向けてくれた。
ローズマリーは他の人に聞こえないよう、殿下の耳元に小さな声で告げた。
((お菓子を食べたことは、父には内緒にして下さい。))
「それは構わないけれど…、どうして?」
殿下は首をかしげて小声で尋ねた。
「約束ですの。」
「公爵との?」
「ええ。」
神妙な顔で頷くローズマリーに、ますます不思議そうな顔をした殿下がさらに話しかけようとしたとき、
「ねえ、殿下、私にもお耳をお貸し下さいませんこと?」
クリスティアーネさんが殿下の腕を取って、自分の方に強引に引き寄せた。
「あ、ああ、いいとも。」
若干腰が引けているのを横目で見つつ、会話が終わったことにほっとして紅茶を飲んだ。
もう2杯目も空である。
ローズマリーが2杯目を入れてくれた少し年嵩のメイドを目で探すと、既に紅茶を蒸らして時間を図っていた。
メイドはローズマリーの視線に気づき、お茶を持ってきた。
「あなたお茶を淹れるのがとても上手ね。タイミングも完ぺきよ。」
「恐縮でございます。」
年嵩のメイドは、とても嬉しそうに微笑んだ。
人が良いのだろう、こちらまで幸せになるような笑顔で、ローズマリーも自然と笑みがこぼれた。
結局その後は誰とも会話をすることなく、お茶会は終了した。
普通にアウトである。
紅茶はもちろん3杯目もきれいに飲みきった。
美味しかった。
皆様想像して下さい。
クリスティアーネさんは金髪ドリルでとっても高笑いの似合う女の子です。
ええ。想像した方で間違いございません。




