アルトゥール・メルロー
このお話は改稿前と大きな違いはありません。
ちょっといじってますが。
アルトゥール・メルローという一人の少年がいた。
彼は侯爵家の嫡男として生まれ、幼少の頃からいわゆる天才だった。
彼にとってはどんな勉強も難しいと感じることはなかった。
体を動かすのは好きではなく、勉強はつまらない。
彼には面白いと感じる物が何もなかった。
彼が5歳の時、初めて魔法学の授業が加わった。
その学問は、何もかもが彼の知識欲を刺激した。
初めて魔法を使った瞬間の感動を彼は一生忘れないだろう。
彼は他の勉強と同じく、瞬く間に知識と技術を身につけていった。
勉強を始めて一年経つ頃には、いつしか他人に対して横柄な態度を取るようになっていった。
天狗になっていたのだ。
それを憂いた家庭教師は、彼より優秀な別の生徒を彼に引き合わせる事にした。
その生徒は、公爵令嬢で彼より身分が高く、何より彼より一歳年下でありながら家庭教師でさえ力量を把握できない程魔法に長けていた。
その生徒というのが、そう、ローズマリーである。
アルトゥールは、侯爵家を継ぐ気はさらさらなく、ストラになるつもりだった。
ストラとは、王族お抱えの魔法の研究職で、個人で研究するより予算が潤沢な為結果が出やすい。
その為名のある研究者はほぼストラだ。
もちろん彼の憧れの研究者もストラだった。
その日は、王城のストラの研究室に見学に行く事になっていて、その時ばかりは大人しく家庭教師の指示に従っていた。
もう何日も前から待ちきれなくてわくわくしていたのだ。
たどり着いた王城の小部屋には、彼と同じく見学者だと言う小さな少女が座っていた。
幼いながら一目で高位貴族と分かる立ち居振る舞いや仕草で、それだけでも彼女が優秀であることを物語っていた。
彼女はローズマリーと名乗った。
この見目の良い可愛らしい少女も、魔法学に興味があるのだから、きっと自分に賞賛の目を向けるだろうと思うとアルトゥールは気分が良かった。
お互いの自己紹介の後、研究所への道すがらさっそく魔法を自慢する為に話しかけた。
「君は、何の魔法が得意なの?」
アルトゥールは彼女の得意な魔法の上位魔法でも見せてやろうと思ったのだ。
「んーどれも同じくらいかしら。あ、でも最近楽しいと思うのは結界魔法なの。」
「結界?なぜだ?」
「ふふふ、結界魔法って少し手を加えたら足場に出来るのよ。」
ローズマリーのこの発言に、周囲は動揺した。
アルトゥールだけでなく、そばにいる家庭教師やメイド達全員が彼女の言葉を飲み込めないでいた。
通常、結界というのは魔法を弾くだけで、手で触ることさえできないのだ。
「…足場?とは…どういうことだ?」
全員の疑問を、アルトゥールは代弁した。
「こういう事ですの!」
ローズマリーは結界魔法を発動させ足元に小さな四角い結界を張った。
そしてその上にぴょんっと飛び乗った。
一瞬見えた魔法陣は、確かに本来の結界魔法とは微妙に違っていた。
アルトゥールは顎がはずれるかと思った。
周囲の人間も唖然とした顔でそれを見ていた。
既存の魔法のアレンジとはいえ、オリジナルの魔法など本職のストラでさえ、おいそれと作れるものではない。
彼女は次々と同じ魔法陣を展開して階段を上るように上がっていき、天井ほどの高さから見下ろしていた。
そうして、ぴょんっとそこから飛び降りると、着地の瞬間に風を起こして衝撃を和らげ、まるで階段で最後の一段を下りるように、ふわりと着地した。
「風魔法でも今みたいに足場は作れるけれど、制御がやっぱり難しいなぁ。
上手に使わないとスカートがめくれちゃうんだよね。」
てへっと首をかしげ、はずかしそうに笑ったローズマリー。
周囲の人間は、もうどこにつっこんでいいか分からない。
詠唱も護符もなかった。
どこかに魔法陣を刻んでいる。
まだ5歳になったばかりの少女が。それも2つ以上。
しかも一つはオリジナル魔法。
その上なにをどう発動したらただの風魔法が足場になるのか。
結界魔法のコントロールもどう考えても子供のレベルではない。
子供に見える魔法を使ったストラかパレスと言われた方が、納得がいく。
そんな魔法ないけど。
「流石、お嬢様です。ですが、それは人前ではしてはいけません。
普通の令嬢はそんな事しませんからね。」
全員が驚きのあまり固まっている中、彼女の家庭教師は流石に復活が早かった。
だが彼女に諭すように言っている彼の目は死んでいた。
そして「こんな非常識を、常にやるのだ。常に。常識を教えるとか、もう無理。」と疲れたように呟いていた。
その後、ストラにその話が伝わり大騒動になるのだが、公爵がもみ消したため明るみに出ずに終わった。
自分のせいで人知れず公爵が苦労していることも、彼女の家庭教師が肩身の狭い思いをしていることも、ローズマリーは知る由もない。




