刺青
翌日、無事寝たふりで自由時間を確保した私。
最近、お昼寝の時間は興奮し過ぎて困るくらいだ。
鼻息が荒くならないように意識しないと、バレてしまう。
布団を被って何とか鼻息を誤魔化し、メイドをやり過ごすと、いつものようにお父様の書斎に入った。
刺青の本を探したけれど、見える位置にはなかった。
諦めかけた時、ふと下段にあった太くて立派な装丁の本が目に入った。
「魔法学の歴史」と書かれたその本は、以前パラパラと捲ったけれど、確か魔法そのものに関する事ではなくて、どんな魔法を誰が開発し、それによってどうなったか、と言うような事が書いてあった。
その時は、魔法その物を調べていたのですぐに興味を失い、それ以来手に取ってみてはなかった。
ひょっとして、とその本を開き目次を見た。
「あった!!刺青について!」
私は鼻息荒くそのページを開いた。
そこには、気難しそうな男性がペンのような道具を持ち、腕まくりをした誰かの腕に刺青を施しているのであろう絵が描かれている。
背景には、インク壺のようなものや薬品の瓶のようなものが所狭しと並んだ棚、壁には変わった魔法陣がいくつも額のようなものにはめられ掛かっている様が描かれている。
説明は難しい単語が多かったけれど、とにかく皮膚に魔法陣を刻み、魔力操作によってその刺青に魔力を流せば発動するので間違いはないようだ。
ケスラーさんが開発しただとか、インクの種類の変化だとかはどうでもいい。
近年になると、刺青師と彫り師とに名称が分かれ、明確に区別されるようになったようだ。
ミルカが言っていたのは市井で平民に生活魔法を刻む彫り師。
彫り師の中にも、冒険者に刻む者と生活魔法専門とで明確な区別はないけれどある程度線引きはあるようだ。
でも私が入れたいのは、オリジナルのあの足場になる結界魔法。
多分冒険者相手に刺青を入れている人でないと、刻めない可能性が高い。
「ミルカ、腕のいい彫り師知っているかしら。…あ、そろそろ戻らないと。」
隠密魔法を掛けたまま寝室に戻り、メイドが戻ってくる前に解除する。
「お嬢様、そろそろ起きて下さい。デッセル先生がいらっしゃいますよ。」
私は演技派なので、目をこすりつつ起き上がる。
メイドはこちらを見る事なくカーテンを開けていたので、私の名演技は見ていないらしい。
非常に残念。
私はいつものように、先生が来る準備をして待った。
先生から貰った本は、もうほぼ全て暗記している。
そろそろ次の本に行っても良いと思うの!
先生がやって来たので、そう訴えると先生は何やら考えているようで顎に手をやった。
きっと新しい本を何にするか悩んでいるに違いない。
分厚いのが良いです!
私がそんな風に念を送っていると、先生が言った。
「ストラ、と言う職業を知っていますか?」
「勿論です先生!魔法学の研究職ですね?」
私は即答した。現在なりたい職業ナンバー2である。
因みにナンバー1は冒険者である。
冒険者のお手伝いに行った時、素敵な話を色々聞いたのだ。
「そうです。今度、ストラの研究室を見学に行くっていうのはどうかな?」
「行きます!!」
即答した。
魔法学の研究者に、デッセル先生が教えてくれない事、こっそり質問してみよう。
「ところで先生、彫り師って職業を知っていますか?」
私がそう聞くと、先生はちょっと固まってから答えた。
「…もちろん知っています。」
先生の顔がちょっと引きつっている。
「彫り師って、冒険者向けと、生活魔法専門とに分かれているんでしょう?
貴族の刺青師と、冒険者向けの彫り師では何が違うのですか?」
私がそう聞くと、先生は私の顔をじっと見て悩んでいる。
きっと、またお父様に何か言われているに違いない。
「先生、大丈夫です。この質問は別に魔法学、関係ないもの。」
「何が大丈夫なのか分からないし、私の危機感が警鐘を鳴らしているんだ。
ちょっと考えさせてくれ。」
ううむ。手強い。
「貴族令嬢って普通刺青は刺青師に彫ってもらうのですよね?」
「基本的に令嬢は刺青など入れません!
まぁでもローズマリー嬢はいずれ婚約者が許可すれば、結界魔法は入れるかもしれませんね。婚約者にもよりますが。」
「ん?どんな婚約者なら入れる事になるのですか?」
「ああ、入れる事になるのではなく、貴方が入れたいと願うなら入れてもいいと許可がでるかもしれない、と言う事です。
婚約者が、貴方と同じく公爵家以上、特に王族なら許可が出るのではないですか?」
うーん、婚約者が王族とか、それは面倒くさそう。
私が微妙な顔で固まっていると、先生が言った。
「今、貴方の思考が読めた気がします。」
うん。
それ、合っている気がします。
デッセル先生、ローズに危険物を与える事を先延ばしする事に成功しました。




