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魔帝討伐を目指す俺たちのパーティーに、強者ではなく強打者(.372 58本151点)が加入した件について。追放しようと思ったけど、3年2億5千万ドルで契約してしまったので、もう遅い。

作者: 水森つかさ

王都の一等地にある装飾っ気のない無骨な2階建ての建物。

本来なら上流階級がメインの客層を占めるエリアであるが、そこだけは、猥雑で荒っぽい雰囲気に包まれて、店の外からもガヤガヤと話し声が聞こえてくる。

鎧に身を包んだ騎士、その筋肉美を見せつけるように露出の多い道着を着た格闘家、そういった連中が出入りしている。

その建物の正体は、王国唯一の冒険者ギルドだ。


王国には、古き言い伝えがある。


魔物の帝王が復活し、この世が闇に包まれし時、三人の選ばれし強者が人々を救う。


その言い伝えに従い、聖剣に選ばれた青年アレクは、世界を救うため、魔帝討伐に出発しようとしていた。





冒険者ギルドの室内に置かれたテーブルの一つに若い男女のペアが座っている。


「君の父君、国王陛下は助っ人を呼んだらしい。帝国随一の強者である騎士らしい」

アレクは、コーヒーを飲みつつ、手紙を読み上げて言った。


「まあ、お父様ったら。勇者アレク様がいるんだから、心配性ね」

王女であり、祈りの水晶を操る優秀なヒーラーであるエリィは言った。


「僕は聖剣、君は祈りの水晶によって選ばれた戦士だ。古き言い伝えでは、魔帝を討伐するためには3人の選ばれし戦士が必要とある。最後の一人は、その帝国の騎士なのだろう」アレクは言った。


アレクは、どんな助っ人が来るのだろうかと想像する。

先日の武闘会で傷一つ付かず優勝した格闘家ボコボコ・ニスルーだろうか、いや、それとも不敗の剣士マッケナイだろうか。

冒険者ギルドには、魔王軍との戦いに備えて、腕自慢の冒険者たちが集まっている。その彼らすら赤子同然に見える強者がやってくるのだと思うと、アレクは緊張する。


冒険者ギルドの扉が、バンと開くと、王国兵たちが入ってきて、冒険者たちを押しのけて通り道をつくる。

その道は、アレクたちの座るテーブルまで続いてた。


「第3の救世主のおなーり!!!」王国兵の隊長が叫んだ。


冒険者ギルドの入り口を屈んで入ってくる大男の姿が見える。

アレクは、一体どんな強者がやってきたのか、ゴクリとつばを飲む。


「ハイ、ダコートー帝国カラ来マシタ、キッシー・ガルバンチョよ。

オオ、ボーイ。テイクイットイージーね」


ニッコリと笑って白い歯を出して、片言の王国語をしゃべるキッシーは、そのマメだらけの分厚い手を差し出す。


「よろしく。僕は聖剣に選ばれし勇者アレクだ」


キッシーに見下されるかたちになったアレクは、少し怯みながらも手を握り返して握手する。

エリィは新しい仲間に怯えていないだろうかと、アレクは振り返る。


「きゃあああああ」エリィは悲鳴をあげた。


「落ち着け、エリィ。キッシーは僕たちの仲間になる」

アレクの説得は徒労に終わった。


「キッシーよ、キッシー!!帝国リーグの強打者、3年連続MVPに選ばれたレジェントですわああああ!!!

サインしてくださいまし。えっと、えっと、この水晶に書いてくださいまし!」


普段のお嬢様然とした姿はどこにもなく、聖女にとって何よりも大切な祈りの水晶をサイン色紙代わりに差し出して、甲高い声をあげ興奮するエリィ。


「助っ人は、強者は強者でも、()()かよ!」

アレクは叫んだ。





エリィの落ち着いた後、アレク、エリィ、キッシーの3人はテーブルに座って、今後のことを話し合う。


「キッシーさんは、野球選手なんだろう。魔帝軍との戦いは無理じゃないか?」アレクは言った。


「オオー、ドントウォーリーね、アレクボーイ。ワタシ、自信アル。ソレニ、国王様ト契約結んだ。3年250,000,000王国ドルね。契約解除スルト、ベリーベリーエクスペンシブ違約金ガ発生スルネ」キッシーは契約書を見せる。


違約金は、王国の歳入に匹敵する金額であった。

アレクは、追放するのをやめた。政治的に消されてしまうからだ。


「さすがはお父様ですわ。現在の王国リーグは、帝国リーグに比べて明らかにレベルが低い。さっさと魔帝を倒した後は、キッシーのプレイを王国の選手に学んでもらうつもりですのね」


アレクは、いや、そんな片手間で魔帝討伐に臨まれても、と思った。

が、国王が契約を結び、本人が大丈夫と言っている以上、表立っては反対できない。

もしかすると、その素晴らしい身体能力を生かして、戦闘能力が高いのではないだろうか。


「お互いのステータスをまずは確認してみよう。仲間の能力を知らなければ、効率的に戦いことは難しい」アレクは言った。


「データ野球という訳デスネ」


絶対違う、とアレクは思った。


3人はステータスを表示する。


アレク

称号:聖剣に選ばれし勇者 

LEVEL.28

HP 560/560

MP 230/230

スキル:魔法適正A 剣技 SS 




エリィ

称号:祈りの聖女

LEVEL.24

HP 480/480

MP 560/560

スキル:魔法適正 SS 回復魔法◎




キッシー・ガルバンチョ

称号:帝国最優秀選手(19.20.21)

Uniform number 3

AVG .372

HR 58

RBI 151

コメント:ダコートー帝国の誇る強打者。昨年は念願の三冠王に輝き、最高のシーズンとなった。新天地の王国リーグでも活躍が期待される。



「ひとりだけ、スポーツ名鑑じゃねえか!」アレクは叫んだ。


アレクの叫びも虚しく、エリィとキッシーはテキーラを飲みながら、酔っ払ったハイテンションで、キッシーの個人応援歌を歌っている。



そんな時だ。突如、隣のテーブルに座っていた冒険者の頭が吹き飛び、頭を失った胴体が首から血を吹き出して、床に倒れた。

あたり一面に、鉄の臭いが漂う。

冒険者ギルドに集まっているのは、これから戦場に赴こうとしている者たちである。

彼らも、すぐさま、臨戦態勢をとるが、捉えることのできないスピードの攻撃を受けて、次々と倒れていった。


「クク……聖剣の勇者が現れたという話をきいてやってきてみたが、人間とはなんと弱き虫けらよ」


フードを被った男が笑う。


「貴様、何者だっ」アレクは、聖剣を抜いて叫んだ。

聖剣が光を放つ。邪悪な魂が近くにいる証拠だ。


「我か……?我は、貴様らが魔帝と呼び、恐怖する魔弾帝ウルホークよ、フハハハハハ」

フードを脱いだ男の頭には、まるでレフトとライトに配置されたファウルポールそっくりな角が左右に2本生えていた。


「くっ、魔弾帝ファウルポールだと?どうしてこんな場所に……」

「ファウルポールじゃない、ウルホークだっ!

トラブルは初動対応が大切だからな。どんな小さなことでも見逃さぬ……とこの本に書いてあったからな」


ウルホークは、その懐から「今日からできる!最強カリスマ魔帝」という自己啓発本を取り出す。


「ふうむ。できる魔帝法則その4によると、勇者の始末は、喋る前にすぐ行え、ということらしい。我としては優越感に浸ってもう少し話したいが……とっと始末することにしよう」


魔弾帝ウルホークは、右手に魔力で作り出したエネルギー弾である魔弾を形成する。


「くっ、これが魔弾帝ネクストバッターズサークルの力……

怪しい自己啓発本にハマってるくせに、なんて魔力密度っ。わたくしたちの魔力ではとても抵抗できないわ。ここは退きますわよ!」エリィは、ガチガチと恐怖で歯音を鳴らして言った。


「ウルホークだっ!似せる気すら無いのか!

だが、図に乗っているられるのもここまで。我が魔弾は、あらゆる抵抗を粉砕する」ウルホークはそう吐き捨てると、右腕を振り下ろした。


魔弾は、エリィに向けて飛ぶ。

はやい。

エリィは、シールドを張るが、冬場のキャッチボールでグラブの薄い部分で剛速球をキャッチした時のような衝撃を叩きつけられ、シールドは魔弾の威力の前に粉砕される。


今、アレクが立っている場所からは聖剣も届かない。

割れたシールドの破片が、キラキラと輝きを放つなか、魔弾は一直線にエリィの心臓めがけて飛んでいく。


すべてを理解した時、アレクの顔が歪む。


「愉悦ッ、愉悦ッ、最高だ!その表情ォ!」ウルホークは言った。


エリィに魔弾が迫る。

アレクは、エリィを失うかもしれない恐怖に、目をつむってしまう。


カキィンと乾いた音がした。

アレクはゆっくりと目蓋まぶたを開いた。


「ヘイ、アレクボーイ!ベースボールは、9回2アウトからネ!」


バットを振り切ったキッシーは、アレクに向けてニヤリと笑った。


冒険者ギルドの天井には、キッシーのいる場所からちょうど45度の線上に穴が空いている。理想的なホームランだ。


「貴様っ、たかが冒険者ごときがっ、吾輩の魔弾をっ!」ウルホークは言った。

「ユーのボールは、ルーキリーグ以下ね。そのスイートなボールじゃ、一軍ではドントユーズ(自由契約)ね」


「何をっ、吾輩の魔弾は無敵なのだ!!」


ウルホークは、自信の周りに6つの魔弾を出現させる。


「バットは所詮、1本!吾輩の分身魔弾は6つ、喰らえ(手数で勝負)!」


6つの魔弾が、キッシーへと放たれる。

が、キッシーは顔色を変えることもなく、バットを一振りすると、6つの魔弾はホームランの弾道を描いて飛んでいった。


「なっ、なぜだ!貴様の一振りで、吾輩の6つの魔弾がっ!」ウルホークは、まるで豆鉄砲を喰らったハトのように、投げ終わった態勢で硬直している。


「これは!!キッシー殿のずば抜けたバットコントロールが為せるわざですわ。最初にミートポイントにやってくる魔弾を次にやってくる魔弾にぶつけて、まるでビリヤードのように、弾き返しましたわ!!!」エリィが興奮して叫んだ。


「だが、魔弾をぶつけて威力を相殺するのはわかるが。すべて遠くへ飛んで行ったぞ」アレクはエリィ考察の疑問点を口にした。


「そこはキッシー君の、魔弾の威力を相殺するだけでなく遠くに吹き飛ばす、その化け物じみた腕力のおかげですけんのぅ。

儂も去年はやられたわい。ふふふ……帝国シリーズでのお礼がすんどらんですけんのぉ。」

野球のユニフォームを着た、丸メガネをかけた小太りのライバルっぽい男が現れ、キッシーのスイングを見て言った。


(誰だコイツ……)

一人だけ、劇画タッチの男に戸惑うアレク。





唖然と口をあんぐり開け、力なく床にうずくまるウルホーク。


「コレデ7点差。ユーのコールド負けネ」キッシーは言った。


「ちっ、ちくしょう!吾輩は、負けぬ!新たな魔弾を生み出し、貴様を必ず打ち取って見せる!」


ウルホークは、涙を拭くと、そのまま翼を生やして、立ち去った。


「美しきライバル……キッシーよ、また敵が増えたのう。

ハハハ……結構、結構!じゃがのう、キッシーに引導を渡すのは、この儂じゃけん!

今年の王国リーグは楽しみじゃ」ユニフォームを着た劇画タッチの男は言った。


「ねえ、結局だれなのこの人?」エリィが言った。


「アイドントノウ」キッシーは答えた。


(ただの野球ファンかよ…… )


その年の王国リーグは、勇者パーティーズと魔弾エンペラーズのデットヒートが繰り広げられたそうな。


おしまい。


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