1.レベル上げ中毒の勇者
『ザンッ!!!』
僕の一振りで、大量のモンスター達は経験値とお金に変わる。
レベル上げ中毒の勇者 リンネ・アシア――
僕は世間にそんなレッテルを貼られても、いまだにレベル上げを止められない……
毎日同じ場所で、ずっとザコモンスターを狩り続けている。
勇者の使命とは、世界をおびやかす魔王を倒すことなのに。
《レベル89 エリア難易度6 必要レベル平均45》
「レベルカンストまで後すこしか……ここからは気の遠くなる作業になりそうだ」
僕は、勇者とは名ばかりでなんのスキルも持っていない剣士。
まったくおかしな話である。
「スキルがなんだってんだ!」
「大事なのはレベルなんだよ、レベル!!」
そして、このありさまだ……
もはやスキルを覚えるために、レベル上げをしてはいない。
スキルなんかなくても、レベルを上げてさえいれば、突然モンスターが現れてもビビらなく
ていいし、高い基礎攻撃力と高価なレア武器でごり押せば強敵も倒せないことはないって魂胆だ。
これまでもそれでなんとかなった。
この先もきっとなんとかなるはず。
それに、チリも積もればなんとやらで、お金だってめちゃめちゃ溜まる。
「大金ゲットだぜ!」
「やっぱり大事なのは武器だよ武器!オークションで高級素材の強い武器大人買いしようっと!」
スキルなんていらない。
「まったく、攻略厨の奴らはわかっちゃいない!
こんなに確実で、安定したやり方はないんだよ……」
雑魚モンスターを倒す度、そう自分に言い聞かせている。
傍からみたらものすごく効率の悪いことをやっているのはわかっている。
でも、このやり方でこれまでもやってきた。
それもこれも、一向にひらめく気配のないスキルを補うためだ。
他の勇者達は、低いレベルでもちゃんとしたスキルをひらめいて習得しているのに、僕だけはどんなに経験値を得ても、技のひとつもひらめかない。
それもあって、僕はスキル重視派の奴らが好きになれない。奴らと道ですれ違えば、なにかとレベル上げするやつは戦術が下手だとか、レベルだけ高い能無し勇者だとか言ってバカにしてくる。
ギリギリのレベルで敵に挑むことがそんなに偉い事なのか?まったく僕には、理解できない。
しかし、世間ではそんなスキルマニアで無謀な勇者パーティー達が英雄視されて、もてはやされたりするのだから、肩身が狭い。
それでも僕が勇者を名乗れているのは、僕の故郷、ティルムン王国にあるアスカ村出身の幼なじみが、王家に嫁いだからだった。
巫女姫 キクリ・ ウトナスカ・ティルムン
彼女は、村長の娘で、村に伝わる古い信仰を守る巫女で、幼少の頃はよく一緒に冒険ごっこをして遊んでいた。
学のない身体の強さだけがとりえの僕にも、彼女は分け隔てなく接してくれていた、姉のような存在だ。
昔から博学で清楚な雰囲気の美しい人。持ち前の愛嬌によって誰にも慕われるような存在だったわけで、王子様が立場をこえて求婚したのも無理はない。
そして、村でくすぶっていた僕を、国の治安を守るギルドに推薦してくれて、道を示してくれたのも彼女だった。スキルの無い僕がレベルの高さだけで勇者の称号を与えられて、優遇されているのも、きっとキクリが見かねてギルドに進言してくれたからに違いない。
「キクリの期待に応えなきゃな」
ますますレベル上げに力が入るというものだ。
そんな頼りない僕にも、付き添ってくれるパーティー仲間がいる。
「あれが、はぐれヘタレスライムなるものですか?」
「そのようね。ガド、少し様子見ましょ」
大きな巨体が林の茂みに隠れるようにしゃがみ込む。
腕に竜のひっかき傷、鋼のように鍛えられた筋肉、それを隠すような竜騎士の鎧。
鋼の竜騎士 ガドだ。
正直、彼がなぜ僕のパーティーに入って、レベル上げに付き合ってくれているのかは謎である。
僕としてはありがたいことなんだけど、彼の実力ならもっと優秀なパーティーに入っててもおかしくはないのに。
なにか理由でもあるのだろうか?
そういえばギルド集会所のパーティー募集でも、誰一人として彼に声をかけて
なかったな……
「本当にあれでしょうか?とても強そうにはみえないのですが……」
「レアモンスターが強いとは限らないのよガド。もし仮に強かったとしても問題ないわ、私たちなら!」
そして、ガドとは身長差が際立つ、子供のような隻眼の少女。
いつも継ぎはぎのローブを大事そうに着ている。
隻眼の呪術師 ユダだ。
ユダッちの愛称で呼ばれ、みんなのアイドル的存在でもある。
しかし、そんな可愛らしい見た目にだまされてはいけない……
彼女の得意とする呪い術は、敵が戦闘から逃げてもその効果を失うことはなく、
死ぬまで消えないといわれている。
時にはモンスターではなく、気に入らない人間に呪いをかけているという
噂がある程だ。
にわかに信じがたいが……
「よいしょ……いやはや、出現確率0.01%のレアモンスターとな」
「長生きはしてみるもんじゃなぁー、わははは……ゲホッ!」
そう言って、2人の間にかすれ声を上げながら割り込んでくる、
白ひげのヨボヨボな老人。
古き魔術士 エフライム。
いまにも死にそうなくらいやつれていて、いつもハラハラさせられている。
とにかく歩くのが遅いため、杖を支えにして地面すれすれを浮遊魔法で移動している。
今はこんなだが、若かりし頃には底知れぬ魔力をほこる伝説の存在だったらしい。
この長い年月で、彼にいったい何があったのだろうか……
やはり、歳には勝てなかったということなのか。
といいつつも、こんな僕にずっと付いてきてくれることには感謝している。
決して、名のある優秀なパーティとはいえないけど、ちゃんとご飯が食え、寝床もあって、なによりも無難に着実に王国領土の治安を維持できているのだから。
なんのスキルもない、こんな僕でもだ……
「おーーーーい!!!」
「リンネー!リンネーー!!どうしたのボーッとして」
「リンネ様、レベル爆上げのチャンスでありますぞ!」
ガドとユダが僕のところへ走って戻ってきた。
どうやらいつのまにか、パーティーからはぐれかけていたようだ……
「ごめんごめん…ちょっと考え事をしていてさ」
「もう、いったいなに考えてたのぉ?ほんとはレアモンスターにビビッてたんじゃないのぉ…?」
「いやぁ、そんなんじゃないよ。」
「リンネ様!ご心配なさらずに!このわたくし鋼の竜騎士がついておりまするゆえ!!」
「あ、ありがとう」
だから、ビビってるわけじゃないって……ふぅ。
ふと、空高く生い茂る密林の中に、まるで僕らだけ取り残されたようなそんな感覚がした。
そういえば、他のパーティーを全然見ない。
ギルドからの強化支援として、レアモンスターの目撃がある密林が解禁されたというのに……
みんないったいどこにいるんだろう。
いくらレベル上げのいらない優秀な凄腕ぞろいのパーティーでも、レアモンスターの素材くらいは絶対にゲットしときたいはずなのに……
『ゴロゴロ……ピカッ!』
そのとき、目の前が真っ白に光った。
急に林が揺れだしたと思えば、風の轟音とともに稲光が走る。
次第に青空が暗転し、曇り空に変わってゆく……
「あー、やだー!これ絶対雨ふるやつじゃん!」
ユダが継ぎはぎのローブを頭までかぶり、巨木の下に隠れる。
「じぃじ、大丈夫かなぁ……1人にしてきちゃったしぃ」
「うぅん、確かに心配でありますな!ここはわたくしめがお迎えにいって参ります!」
「リンネ様!ユダっちをお頼み申し上げます!」
そういってガドは、エフライム爺さんとレアモンスターのいる場所へと向かっていった。
「今日、気候予言士は晴れっていってたけどなぁ……」
あまりの急変に、僕も雨の気配を感じてユダのそばへと向かった。
『ザザァーーーーーー…………』
雨の打ちつける音がすべての音を打ち消す。
「雨ひどいねー」
「そうだね」
「…………」
「ねぇ……リンネってさぁ…………」
ユダの声が、かすかに聞こえる。
「今、好きな人っている?」
突然の色恋な質問にビクッとする。
「す、好きな人ねぇぇ~ぇ…いるっちゃいるかなぁ~」
「誰?」
すかさずにユダが問いかけてくる。
「王国の…………」
そういいかけて、僕は唾をのんだ。
まさか、ユダのうわさって本当だったりしないよな。
気に入らないやつは、片っ端から呪い殺しているとかいないとか。
やはり、ここはいないと言った方がよさそうだな……
しかし……
いくらなんでも、こんなかわいい顔して呪い殺すだなんて到底信じられない話ではある。
まぁ所詮、噂話にすぎないんだ。仲間だしここは正直にいったほうが!
「お、王国の」
「そう…………」
ユダはかぶせ気味に返した。
こ、これはセーフなのか!?たぶんセーフに違いない!だって怒ってないし!大丈夫!!
「リンネが好きなのは王国の巫女姫か…………」
な、なんでわかった!?まだなにもいってないよ!
ま、まさかユダ……
巫女姫を呪ったりしないよなぁ……!?
嫌な雰囲気が、ユダの横顔からひしひしと伝わってくる。
ユダは僕のことが好きなのかな!?
おっと、その前提で妄想していたじゃないか……あぁはずかしっ!
大丈夫大丈夫。
ユダがこんな無能なレベル上げ中毒男を好きになることなんてないはず!!
きっとそうだ!気のせいだ!!!
「口伝呪術その18……666の羊魔よ…………我に力をお貸し」
ユダは、手にわら人形を持つと、自分の唇を噛んでそこに血を
一滴たらした。
いやいやいやいや!!!!!!
それは、冗談だよね!?
どうか勘弁してください、このとーーーーり!!!!
僕が間違ってました!いい間違えました!!
僕は、土下座をして…
「幼馴染みだから!!」
と、叫んだ。
「ギギ・ボボ…ア・フラ……バール……ジハド…………サタン……」
ユダはわら人形から赤い糸が垂れ下がると、それを引き伸ばし
僕の小指に巻き付けた。
「リンネさっきからうるさいよ、儀式に集中できないでしょ!」
「はい、これで大丈夫。きっといいことあるから」
ユダは怒ってる様子もなく、さっきとは別人のような笑顔で僕に微笑んだ。
「はぁ……よかったぁ……」
どうやら、ぼくの単なる勘違いだったようだ。
ところで、いいことがある呪いってなんだろう?
その時突然、それまでの豪雨は止み、曇り空が晴れだした。
「おーい!!ユダッち!リンネ様!!!!」
エフライムを迎えに行ったガドが、帰ってきたようだ。
だが、なにかがおかしい……エフライム爺さんの姿がない。
「ガドどうした?爺さんは?」
ガドのピカピカの鎧が、ススで汚れて焦げている。
「ハァハァ…さっきの天気……」
「エフライムの魔力のせいかも……」
そういいかけて、ガドはそのまま倒れこんだ。
「……エフライムの魔力のせい……!?」
そんな、バカな…………
「きゃあーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
突然、後ろからユダの叫び声が聞こえた!
『どすん!ぷるるぅん…どすん!!ぷるんぷるん』
僕を覆い隠すように、後ろからものすごくでかい影が伸びてくる。
僕は、なけなしの勇気を振り絞って、おそるおそる振り向いた。
するとそこには……