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手紙を貴方に

手紙~別れ~

作者: gsgs=lander

あの日、君から手紙を貰った。あの日は桜が散りゆく4月の末、僕たちが一緒に居られる最後の日だった。

君の手紙は「愛してるよ」と「さようなら」しか書けなかった僕の手紙よりも僕らのこの三年弱の思い出が詰まった君らしい手紙だった。この手紙を読むまで知らなかったあの日、君が僕に対して感じた第一印象だったり、一度も言おうとしなかった僕の良いところ、ダメな所だったり、三枚にも及ぶ便箋は僕のことだけが君の丸みを帯びた可愛らしい文字で詰まっていた。

僕は今は君の側には居られないけど、この手紙が僕たち二人をいつでも隣で笑いあっていたあの日々に連れていってくれる。すると僕は今でも君と一緒に暮らしているように感じるんだ。


初めて会ったあの日、一日の授業が終わり疲れきった身体を帰宅後の読書だけを楽しみに、動かして家へ向かっていた。でも、あの橋の上でふと思い立ちいつもは使わない川沿いの遊歩道を使って帰ることにした。

川の音が心地よく、眠くなりながら歩いているとジョギングをするご年配の方とすれ違い、川の王の如く悠々と泳ぐ鯉にパンの耳を橋の上から与える親子連れ、身体を洗いにきたカラスの姿。いつもは目にすることがないこの道での日常があった、その中に居たのが君だった。君は子ども達が遊ぶ広場の片隅で黙々と本のページを進めていた。たまに子ども達の方からボールが転がってくれば本から一度離れ、ボールを子ども達の方へ花が咲いたような笑顔で渡していた。君の笑ったあの顔がもう一度見たくて暫く家に帰ることも忘れ、子ども達の遊ぶ姿を近くのベンチに座って眺めていると桜の花びらを全てを飛ばしてしまうかと思うような風が吹いた。公園を舞う花吹雪の中、僕の座っていたベンチに一枚の押し花でできた栞がふわりと降りてきた。

綺麗な栞だ、そう思って手を伸ばし眺めた後、君の方を見てみると、開いたページで口元を隠しつつ、右手を伸ばす君の姿があった。栞を少し掲げて見せると小さく頷いた君に渡すと、綺麗に整えられた前髪の隙間から覗く瞳と目が合った。肩を跳ねさせて目を反らした君が少し掠れた震える声で「ありがとう」と言った姿を見ていると照れくさくて逃げるように背を向けた僕は何も言わずに去ろうとした。一歩踏み出し、二歩目を出そうとしたとき、左袖を軽く引かれた。肩越しに後ろを覗くと少し目線を反らした君が袖を掴んで何か言おうとしているのがわかった、「何?」と返した緊張で思っていたよりも固い声がでていたらしく、君の肩が跳ねて少し泣きそうになっていたのを覚えている。

そんな君に「固い声になったのは驚いただけだよ、怒ってないから安心して」と君を落ち着かせて、暫く向き合ったまま君の言葉を待っていると、君は小さな声で「お礼をしたいから少し待っていてください」と鞄から桜柄のガマ袋を取りだし、自動販売機へ小走りで向かっていき、缶ジュースと缶コーヒーを買って戻ってきた。

君が目の前に戻ってきても、予想外の展開に僕はただ君を見つめるだけしかできなかった。

そんな僕を時間がないと勘違いした君が「ごめんなさい」と謝る姿を見て慌てて事情を説明し誤解を解いた。

お互い、一旦落ち着こうとベンチに座り僕はコーヒー、君がナタデココが入ったジュースを飲みながらそれぞれ自己紹介を済ませた。

君との会話は思ったように弾まなかったが、気まずさを感じることはなく、むしろ心地よい時間が流れていた。そうして、数十分を二人で広場で遊ぶ子どもたちを眺めながら過ごしていると君が買ってくれたコーヒー缶が空になりふと回りを見渡すと、陽が暮れて月が空の主役になろうとしていた。遊んでいた子ども達も既に帰ってしまい、広場には僕たちだけになっていた。そろそろ帰ろうか、そう言った君を途中まで送るよと並んで歩き始めた僕たちを夜空の月が照らしていた。


君と一緒に学校や休日を過ごすようになって3ヶ月が経った夏のある日、僕と君は学校近くの図書館に集まっていた。夏休みもそろそろ中盤に差し掛かるという事で課題を終わらせるべく、いつもの広場や僕の家ではなく、図書館に集まったのだ。今日まで僕たちは毎日広場で集まってはショッピングに行ったり、僕の家で読書やゲームをしたりと楽しく過ごしてきた。だから課題が全く進んでいなかったのだ。君も同じだったらしく、夏休み後半も遊べるようにと今日終わらせるつもりで開館時間少し前に集合していた。僕が集合時間の少し前に図書館に着いたときには君は既に着いていた、といういつも通りの光景だった、今回は髪を金に染めた三人の男性に話しかけられていることを除けばだが……とはいっても自宅から持ってきたのであろうハードカバーの本を読んでいるせいか、彼らに話も全て聞こえてなさそうだ。しばらくその様子が面白くて眺めていたら開館3分前位に君が急に顔を上げ、回りを見渡した。それをみた君に絡んでいた男性たちは一瞬浮き足だったような表情をしたが、君が僕を見つけてホッとした表情をしたのを見て、君に僕なんかは合わないよ、何て言っていた彼らは君が相手もせずに僕の方へと歩き始めたことでようやく自分達に興味がないと気づき諦めて去っていった。「遅かったね」と言う君の肩が微かに震えているのを見てそのまま放置したことを後悔した。少しでもさっきまで感じていた恐怖が紛れるようにと明るく振る舞い、雑談をしているといつの間にか開館していたらしく、老夫婦がゲートを潜って行くのが見えた開館に気付かないほど会話に集中していたと思うと恥ずかしくなり、目線を逸らしながら「入ろうか」と言った僕を「うん、そうね」と僕の気持ちを見透かしたような笑みを浮かべながら言うものだからさらに恥ずかしくなり結局図書館の中ではまともに君の顔を見ることができずに宿題を終わらせた時にはもう夕方、これから遊ぶにも門限も有ったから無理で君を家まで送り届け「また遊ぼうね」なんて言葉しか言えずに僕は家に着けばそんな普通な言葉しか言えない自分に失望する日々だった。


そんな自分に失望する毎日を送っていた中、木枯らしの吹く秋の終わりに君から話がある、と君と初めてあったあの広場に呼ばれた。君とはじめて会ったこの広場も6ヵ月経てば景色が大きく変わっていた。咲き誇っていた桜の木々は殆どの葉が落ち、とても春に皆を楽しませていたとは思えない姿へと変わってた、そして鯉にパンの耳を投げ入れる親子の姿も広場でボール遊びをする子どもたちの姿も無かった。ただ、君だけはあの日のように本を読んでいた。君だけはあの日から時が止まったように同じベンチで同じ姿勢で同じ本を読んでいた。

そしてあの日のような強い風が吹いた。その風はあの日のような暖かい風ではなく、冬の訪れを祝うような冷たい風で思わず身震いしてしまう。あの日は花びらを舞わせていた風は枯れた葉を舞わせていた。舞う茶色い葉の群れに一つの栞が飛ぶ、どこまであの日のような光景が起こるのだろうか。僕はあの日のようにその栞を拾って君の元へ歩く、そして君の元に着くと君はうっすらと微笑み「ありがとう」と栞を受け取った。「それでね、話っていうのは──」そうして僕たちの関係は新たな物へと進んだんだ。


それからの学校生活はこれまでよりも一段と輝いて見えるものだった。一緒に登校してそれぞれのクラスで授業を受けて、休み時間に君の教室に行き他愛の無い話をして、昼食を一緒に食べて一緒に下校して、そんなこれまでとあまり変わらない日々だったけど同じ四文字でも関係を表す文字が変わるだけでこんなにも幸せな日々を送れるなんて思っていなかった。君は僕の卑屈な性格を包んで気付けば自分に自信を持てるようになっていた。だから二年生の終わり、そろそろ進路を考えないといけなくなってきた頃、僕たちは話し合った。そして、かつて僕には無理だと諦めていた父が誇らしげに語っていた弁護士を目指そうと決めた。君は学校の先生になりたいんだと言っていたから短大に進む、大学は同じ所へは通えない。僕たちが一緒に学校へ通えるのは残り僅か、その日々を大切に過ごしていた。そんなある日、僕たちは一つ約束を交わした。「卒業した後は二人ともの夢が叶ったときまで会わない、連絡をしない」そうして僕たちはそれぞれ最後にお互いに形に残る言葉を交わしてそれぞれの道に進むべく卒業した。君のいない日々に挫けそうになった日も有ったけど、君と会うために必死に勉強をして、数年が経ち、君のいるところでは桜が散り始める時期がやって来た、僕はようやく弁護士の資格を取ることができた。さぁようやく君に連絡ができる。そう思い筆を取ろうとした時、父が僕の元へ封筒を持ってきた。


何年振りだろうか、別れてから初めて君から手紙が送られてきた。宛名に書かれた文字はあの時の手紙と同じ丸みを帯びた可愛らしい文字で、またあの時の事を思いだす。久し振りに送られてきた君の言葉に不思議な気持ちになりながら封を切り、桜色の便箋に書かれた手紙を読み始めた。

『久しぶり……だね。例の約束覚えているかな?私の夢は叶ったよ。まだまだ何も分からないんだけど、小学校の先生として初めて担任のクラスを持てたんだ。皆、元気があるから大変だけど毎日頑張っているんだよ。

もうあの日から何年も経ったけど、君は元気にしているかな?

私は君と別れてからもこの街で変わらずに──違うね、君の居なくなった日々を過ごしていました。

覚えているかな?二人でよく行ったあの駅そばの本屋さん。実は先月、潰れちゃったんだ、他にも、勉強会をよくやったファミリーレストランも変わったんだ。もうあの時のこの街とは大分変わっちゃったけど、まだあの日々の名残は残っているよ。


君は夢を叶えられたかな?確か弁護士になるって言っていたよね?

夢を諦めずにやってこられたのも君がくれたあの手紙のお陰だよ。『愛してるよ』と『さよなら』しか書かれていなかったけど、だからこそ君の想いが籠った素敵なあの手紙。挫けそうになったときはいつもあの二つの言葉を読んで頑張れたんだ。

本当はあの時直接言いたかったけど、気恥ずかしくて直接言えなかった言葉を最後に書こうと思う『三年間いつも一緒に居てくれてありがとう』君の夢が叶った報告が来たときは会いに行くから、待っていてね。私も君の連絡を何時までも待っているから

それじゃあ、会える日までじゃあね』

読み終わり、便箋を仕舞おうと封筒を手に取るとまだ何かが入っているのを感じた。封筒を逆さにして取り出すと、そこにはあの日々の面影を残した君が小学校の生徒と一緒に和やかに写った写真が入っていた。


あの手紙を受け取り、2日かけて返事の文を綴って送った日から一週間経ったある日、再び君から封筒が届いた。

『首を洗って待ってなさい!』

A4の便箋に大々とそう書かれていた。どういう事だろうと首を捻っていると、もう一枚が出てきた。その紙には飛行機の座席予約の完了した通知メールの一部が印刷されていた。

もう何年も会っていない君がここへやってくる。そう思うと、喜びと困惑が僕の心を支配した。


その日からは君が来ると思うと勉強にも手が付かず、それは一緒に学ぶ友達にも心配させてしまうほどだった。

そうして迎えた君が飛行機に乗ってここへやって来る日。部屋を片付けて準備をしていたが、予定の時間になっても来ない君、どうしたのだろう?と思いつつも時間を潰すためにテレビを点けた。


──数時間後僕は君が飛行機に乗らずに日本に残っていることを知った。

ありがとうございました。ご感想お待ちしています。


また、良かったと思いましたらポイントを入れていただくと光栄です。

ではまた次回作で会いましょう

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