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竜にプロポーズされたオバサンのお話し  作者: ねんねこねんね
6/23

ドアップ!


 願望と妄想の世界で何が起ころうと、現実の世界は何事もなく過ぎていく。

 今日も今日とて、近所のスーパーにお買い出し。

 お弁当のおかずと日用品と……と、買う物を頭の中で反芻して歩くのもいつもの事。


 ただ、いつもと違うのは、どこに居ても、何をしていても常に感じていた気配が感じられない。

 いやいや、あれは妄想だ妄想。私のアホみたいな妄想!

 

 そう言い聞かせているのに、心の奥の方がツキツキ痛む。胸の中から大きな空間がすっぽりと抜け落ちてしまったような感覚。見たら、大きな穴が開いていそうなほどに。


 これって、失恋感覚?

 妄想に失恋してどうするのよ。それも竜に。さっさと忘れて次に行かねば!

 て、思っているのに、だ!


 ”しっかり前見て歩け! ほら、自転車が来るからよけろ!”

 -妄想の残り物が一つ―

 ”誰が残り物だ! 俺は残飯か!”


 緑竜が、しつこくしぶとく私の周りをうろついてくれるのよね。それに、銀竜より口うるさい。

 なので、「さん」を付けるのをやめた。やめたからってどうと言う事はないのだけれど、何となくつけたくなくて。

 ちなみに、名前があるのかと聞いてみたけれど、ある事はあるが人間の発声器官では、発音不可らしい。で、緑竜と呼ぶことに決定した。


 ―どうして、まだ私の傍に居るわけ? もう、守る必要なくなったでしょう―


  緑竜が大御神様から私を守れと言われたのは、銀竜が竜神王になる時に、私の魂が消し飛んじゃわないようにする為。

 竜神王になっちゃって、飛んでっちゃったんだから、もう何も危ない事はないはずよね。


 ”仕方ないだろう、大御神からもういいと言われないんだから”


 へぇ……どうしてだろう。


 -あ、もしかして、忘れちゃってたりして、あなたに私を守れって言ったのぉ-

 ”あのなぁ……。気にしてることを、そうすっぱり言うな”

 

 あら? もしかして、緑竜もそう思ってた? もしそうだとしたら、悲惨よねぇ。私みたいなオバサンを守ってもな~~んにもならないもの。


 緑竜は大きなため息を吐き、

 ”だけどなぁ……来るんだ”

 と、何やら悩んでる風に付け加えた。


 -お化けとか、魑魅魍魎が?-

 ”そんなもので俺が悩むか! それに、お化けや魑魅魍魎は「来る」じゃなくて、「出る」だろうが!”


 まったく、細かいんだから。


 -それで、何が来るの?-

 ”……竜神王だ”


 へ?

 来る……? 銀竜が?


 ”今日な、俺達の竜界に来るそうだ”

 

 竜界!?

 

 -あ…………そう。竜界にね。ふぅん―

 ”あん? なんだ? まさか、あんたの事は忘れてなくて、会いに来るとでも思ったのか?”


 うっわ! いっけすかな~い!


 -思ってないわよ!-

 ”そう膨れるな。あんたの事を覚えてはなさそうだが、覚えてるみたいでな”


 …………………………。


 -どっち?-

 ”つまりは、竜王だった時のあんたとの関係は忘れたが、竜神王になったあの空間にあんたが居たのを覚えてるんじゃないか。だな”

 -あそこに?-


 私は、銀竜が竜神王になった後に、お妃様の呼びかけに振り向いたのを思い出していた。

 あの時、一瞬目が合ったように思った。けれど……。


 スーパーに着いたので、私はカートに買い物かごを乗せながら、

 -竜界に来るって言うだけで、そうとは限らないでしょう―

 どことなく、自分に言い聞かせるように言った。


 ”とも言えなくてな”

 -どうして?-

 ”竜神王が、元居た竜界に来るのは珍しいんだ。それもこんなに早く。元の自分を覚えている者が居る所には近づかないんだがな、本来は。それなのに、こちらの竜神王に無理を言って来るらしくてな”

 -へぇ……-


 さて、お弁当に入れるおかず、どれにしよう。


 ”それに、全員召集が掛けられた。俺達守護竜にもな”

 -そうなんだ―


 果物は……久し振りにキィウイがいいかな。二人とも好きだし。


 ”おい! まともに聞けよ!”

 -聞いてるわよ。竜神王が来るから、あなたも呼び出された。ほら、ね?-


 いや、ミカンも捨てがたいかな。皮をむく手間がそうかからないし。


 ”あんたなぁ……!”

 -あのさぁ、竜がどこに来ようが、何をしようが、私にはどうにも出来ないの。買い物して、料理作って、洗濯掃除、子供の世話! それが私に出来ることで、しなければならない事なの!―

 ”まぁ、そうだが……”

 -もう、さ。放っておいてよ―


 て、何を妄想に頼んでるんだか。私がきっぱりしゃっきり切り離せばいいのよ。それだけじゃない。

 未練、断ち切れ私!


 ”放っておけって。おけないんだよ! こちとら大御神の命で……”

 -そんなの! そんなの私の妄想じゃない!-

 ”妄想!?”

 -ええ、そうよ! 全部私の妄想! 大体、竜や大御神なんて、居るわけないじゃない! 居たとしても、私みたいなそこら辺に居るオバサンに分かるわけないじゃない!-


 私は迷うのが面倒になって、キィウイとミカンをかごの中に放り込んだ。


 ”何言ってんだ! 俺達があんたの妄想? だったら! 竜王が竜神王になったなんて全部なしにして、いつも通りあの空間でのんびりしてりゃいいだろう! そう妄想してみろよ!”

 -うるさい! うるさい、うるさい、うるさい!-


 緑竜に叫びながら、次から次へとかごの中に商品を放り込んで行く。

 ああ、今日の予算、完全にオーバー! と思いつつも、手が止まらない。


 -そんなの、何度も思ったわよ! 何度も、何度も、何度も! 数え切れないくらい!-


 人の居ない通路にカートを押して入り、私はピタッと足を止めた。


 -…………こんな所で……泣かさないでよ-

 ポツッと小さく呟いた。

 ”……悪い”

 緑竜も小さく謝ってきた。


 私は必死に涙をこらえて、カートを押して歩き始めた。

 若くて可愛い子が泣いてても絵になるけれど、オバサンが泣いてたってドン引きされるだけだもの。それもスーパーの中で。


 ―あのさ―

 

 悪い、と言ったきり黙ってしまった緑竜に、私は小さく話しかけた。なんとなく、私の方が悪く思えてきてしまったから。完全、八つ当たり? だよね。 


 ”ん?”

 -竜神王がここの竜界に来るのはさ、もしかしたら、元お妃様に会うためかもしれないじゃない?-

 ”あ!? それはない! 絶対にない!”


 可能性はなくはない、と思うんだけど、え~~らく強く否定されてしまった。


 -どうしてぇ―

 ”二人が結婚した経緯は話しただろうが”

 -好き合って結婚したわけじゃなくても、長年夫婦だったわけだし―


 ヤケになってかごの中に入れた物を返そうかどうかと悩みつつ、レジへと向かう。


 ”ない! 無理! 天地がひっくり返ってもあり得ない!”

 -そんなに仲が悪かったの?-

 ”仲がどうのなんてものじゃない。妃としては遇していたが、公の場でも隣に居るのを嫌がっていたのが丸わかりだった”

 -へぇ。でもさ、ほら、竜神王になった時に、追いかけてきたお妃様に一目惚れしたとか―


 あ、やばい。涙こらえてる間に、レジに列が出来ちゃってる。


 ”それもないな。生まれ変わっても、女の趣味が変わるとは思えん。王母様の方は、その気で身体中の鱗を女官達に磨かせているようだが、無駄な努力だろう”

 -そんなの、わからないじゃない―


 仕方ない。並ぼう。


 ”えらく粘るねぇ”


 諦める為に決まってるじゃない。


 ”とにかく、しばらく傍を離れる”

 ―竜界に帰るんでしょう? ゆっくりしてきたらいいじゃない―

 

 ようやく会計を終えた商品を買い物袋に詰め込みながら、まるで親戚との世間話の様に言った。

 久し振りに故郷に帰るんだから、のんびり羽を伸ばしてゆっくりしてきなさいよ、だわね。


 ”厄介払いしたいってか?”

 

 あら、よくおわかりで。あなたが居ると、銀竜を思い出すんだもん。

 -そんな事ないけど。ずっと傍に居なければいけない危険なんて、私にはないでしょう?-

 と、一応こう答える。


 ”今のところはな……”


 何、その含みのある言い方。


 ”おい、何をしている。早く帰らないと、王母様の機嫌を損ねるぞ”


 うっわ! また竜が出た。今度は薄水色の鱗をしてる。竜界ってカラフルなんだろうな。


 ”ああ、わかってる”

 -お迎えも来たようね。じゃ―


 買い物袋をさげて、出口へと歩き出す。

 ああ、買い過ぎ! 重い!


 ”ちゃんと前見て歩け。車と自転車には気を付けろ!”

 

 あのね!


 -子供じゃないんだから!―

 思わず叫ぶ。

 ”あん? あの女、俺達と話が出来るのか”

 薄水色竜が、ちょっと驚いたように言った。


 ”ん? ……まぁな”

 ”へぇ。竜の巫女ってわけでもなさそうなのにな。あの霊格じゃ、無理だろう”


 はいはい。そんな高尚な人間でも、魂でもありません。


 ”ちょっと、訳ありでな”

 ”訳あり? どんな?”

 ”まぁ、色々と。それより、王母様のご機嫌の方が大切だろう”

 ”おっと、そうだな”


 大きく頷く薄水色竜と共に、緑竜もどこかへ消えた。

 ふと見ると、スーパーのガラス扉に、疲れた顔をして、買い物袋を提げているおばさんが映っていた。

 はぁ…………。現実ってきつい。

 



 現実がどんなにきつく、厳しく、辛くとも、受け入れるしかない。

 年を取らない人間はいないのだから。


 生まれた瞬間から、皆年を取るのだ。

 山の頂上に登れば、後は下るしかない。頂上に居続けることは誰にも出来ない。


 そう自分を慰め、奮い立たせて夕食の準備に取り掛かると、

 「ただいま~~」

 子供達が、今日は珍しく一緒に帰ってきた。

 「おかえり」

 の声が聞こえているのかいないのか、二人して何だかんだと言い合いながら、自分達の部屋に入って行く。

 帰る途中で喧嘩でもしたかな? 

 と、思うと少し経つと二人で笑い合っている声が聞こえてくる。

 仲がいいのか悪いのかわからない。ま、兄妹なんてそんなものか。


 もっと大きくなって結婚でもすれば、この世にたった二人の兄妹だと実感して、お互いを大切に、そして頼るようになって行くだろう。

 片親にしてしまったけれど、ホント、真面目に真っ直ぐ大きくなっていってくれている。

 そんな大人になるまで、自分の足で歩けるようになるまで、頑張らないと!


 ……けど、時々、不安になる。

 それまで、すべての責任は私にあるのだから。

 

 ”大丈夫じゃ、我がついておる”


 ふと、銀竜の声が聞こえた気がした。


 ”そなたを守ると言うたであろう”

 ”我には、そなたがすべてじゃ”


 はいはいはい、と受け流してきた言葉の数々が脳裏をよぎる。

 その言葉に、どれだけ励まされ、支えられ、頼ってきたか……今さらながらに思い知らされる。

 私は、銀竜に何をしてあげられたんだろう。


 ううん、何もしてあげられてなくても、もう銀竜は居ない。

 これから、自分の妄想であっても、銀竜の言葉もない。

 強くならなきゃ! 妄想に頼っている場合じゃないよ、私!




 広い、広い、広い、広――――い空間の真ん中に、私は一人ポツンと座っていた。

 いつもは、で~~~ん! と大きな竜が真ん中に座っていたから、こんなに広いとは思わなかった。

 前を見て行かないと! と決心して、今まで来られなかったけれど、ちゃんと最後に見ておこうと思って、久し振りに銀竜と居た空間にやって来た。


 何もない空間。

 誰も居ない空間。


 そこに座って、上を見上げる。

 私の目に映るのは、満天の星空。

 煌めく幾千億の輝ける星々。


 所々欠けているのは、銀竜がつくった結界の欠片。


 自分がつくった結界を、竜神王となった銀竜が突き破った痕。

 何の躊躇いもなく、自分の結界を突き破り飛び立って行った。


 私はそれを見ていた。

 ただ、見ているだけだった。


 追いかける事も、呼び止める事もしなかった。


 いや、出来なかった。


 お妃様のように、呼び止める事も、追いかける事も。

 何も出来ないのだ、私は。

 ただ、見ている事しか。


 綺麗だったな……。


 ポツリとつぶやく。


 遠くへ、遠くへと駆ける銀竜の姿は、まるで宇宙の海のさざ波のように煌めいて、夢を見ているように綺麗だった。


 私はそれを見ているだけ……。


 私の頬を、一滴の涙が零れ落ちる。


 これで良かったのだ。

 それを拭いながら思う。


 私が傍に居ても、何できない、してあげられない。


 竜神王になって、同じ竜族の女性(?)と一緒になった方がよほど幸せになれるだろう。


 けど……一言くらい、お礼を言いたかったな。


 ありがとう……て。


 ”そこで、何をしている?”


 何って……最後のお別れ……え?


 誰も居ないはずよね!


 慌てて私は周りを見回し、誰も居ない事を確認して、最後に上を見上げた。


 ひえぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――!


 久々の竜のドアップ!





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