突然
”の……のぉ、いい加減、機嫌を直してくれぬか”
機嫌? 機嫌!? 機嫌の問題なわけ!?
なわけないでしょう! 不倫よ! 不倫! 誰が奥さんのいる人の相手になんかなるものですか!
あ‥人じゃなくて竜か。どっちでも! もう完全に無視よ! 無視!
掃除機をヴォ―ヴォー言わせながら、私は心の中で毒づいた。
掃除機をかける私に纏わりついていた銀竜は、完全に無視する私から傍でおかしそうに見ている緑竜の方に矛先を変えた。
”緑竜! こうなった事情を話すように言うたであろう!”
”話しましたよ、ちゃんと。適当に”
-聞いたわよ、ちゃんと。適当に―
緑竜さんが話してないと疑われては可哀相なので、これだけは言った。
話しを聞いてくれないと、竜王に殺される! と悲愴な顔して言って来たから聞くことにしたんだけど。
とにもかくにも、緑竜さんの話しはこんな感じだった。
”あんたと竜王の話しで、どうして「はぐれ竜」だった竜王が俺達の竜界の竜王になりに来たのかが、やっとわかった”
-「はぐれ竜」? 何それ?-
”ん~? そうだなぁ。何処の竜界にも属さない竜の事だな”
-竜界って、他にもあるの?-
”宇宙中に一杯、あるらしい。俺は俺っちの竜界しか知らないがな。竜王がどこの竜界から、どんな理由で出て来たのかも知らねぇ。つうか、んなこと聞けねぇってのな”
そりゃまぁ、そうよね。
そう言えば、何もかも嫌になって、あの空間に引きこもったって言ってたっけ。その理由は忘れたみたい。本当に忘れちゃったのか、言いたくないのかはわからないけど。
”竜王が来る少し前に、前竜王が突然亡くなってな。跡継ぎが居なかったから、次の竜王を誰にするかの争いがおっ始まっててなぁ”
-あらぁ、神様なんだから、大人しく話し合いで決めればいいのに―
”最初は話し合ったみたいだな。が、それで決まらず、最後は実力勝負になって行ってな。強い者同士の争いだから、竜界の中がそりゃ酷い有様になっていてな。それを憂えた大御神様が竜王に声を掛けて下さった……のかもしれない”
-なんか、のかもしれないの前に、ちょっと間があいた気がするけど?-
”大御神が何を考えてるかなんて、わかんねぇからな。特にあの大御神はさっぱりわからん”
そうなんだ。銀竜が嫌うのもその辺りかも。
-でもさぁ。それなら直接、竜王はこの竜にせよ! て言って来た方が早くない?-
”それが出来たらしてるだろう”
-出来ないの? 大御神様なのに―
”一応、違う神界になるからな。他の神界にはどんな神であろうと、口出し手出しはできない”
-この人を守れ、とかは言うのに?-
”それは、俺達のお仕事”
-仕事?-
”そ。大御神様と竜族の契約みたいなもんだな。神様にしてやるから、こっちが示した人を守れってな”
-神様にしてやる?ー
”元々は、この地に住んでた……あんた達の言う恐竜だった、とか言われてるな”
-ええええ? そうなのぉ~?-
”随分前の話しだから、本当かどうかは知らん”
-なに、それぇ~~~!-
”生きてない頃の事を聞かれても、真実かどうかなんてわかるわけなかろうが!”
そりゃ……うん、そうよね。
-それで?-
”それで? 大御神に頼まれて、悲惨極まりない竜界にしちまったアホな竜王争いをしている竜達を、あっつうまにぶっ倒して、終了~~! だな”
-強いんだ、銀竜ちゃん-
”強いっつったろうが。竜王争いするくらいだから、うちの竜界では強者と呼ばれている連中が争っている中に悠々と入って行って、数分でボロボロになった竜を抱えて帰ってきた”
数分ですか……。
-で、竜王様になって、お妃様を娶って、めでたしめでたし! でおしまい! じゃないの?-
ここで、何故か長い沈黙。
ジィ~~っと私を見つめて来る。
何? 何? 私、何かした? 余計なこと言った?
”大御神に頼まれたのは、竜王争いを止めて、酷い有様になった竜界を立て直し、次の竜王を決めろ、だった”
ふんふん。……え?
-次の竜王になれじゃないわけ?-
”そ! あっつう間にぶっ倒したと同じように、あっつう間に竜界を立て直した。これで次の竜王を決めればお役御免になるはずだったんだが”
-あ、お妃様と出会って、恋に落ちた!-
”なわけねぇだろう! あんただ! あんた!”
-私ぃ~~~???-
私が何をしたのよ~~。なぁ~~んも出来ない、ただのオバサンよぉ~~。
てか、その時、生きてないし。
”あんたって言うより、そのなんだ、今の「あんた」に生まれる前の「あんた」だな”
-生まれ変わる前の……魂って奴?-
”だな”
-でもぉ、人の魂が、竜界なんかに行けるわけ?-
”無理!”
なんじゃ、それ!
”人が行きたくても行けないが、竜が連れてくれば話は別ってな”
-竜が……? 銀竜ちゃんが連れてったの?-
”まさか! 竜界も人界と同じようでなぁ。こすっからしい策を巡らせる奴も居てな。そう言う奴ってのは要領がいいから、上の者に阿ってドンドン上の地位に昇って行くもんでな”
あら、ホントに人間の世界と同じね。
”そいつは、前の竜王の時から側近として仕えていたから、竜王があんたと会ってる時に迎えに行ったみたいだな。その時に、あんたに目を付けたんだろう”
―私に? と言うか、その時生きてた私に?-
”そ! そして……あんたの器が壊れた時、ま、死んだ時だな。天に行くあんたの魂を竜界に連れてきた。で、この魂を無事に返してほしかったら、竜王になって自分の娘と婚姻を結べと言った”
ほへ?
-まさか、それを呑んじゃったの? 銀竜はー
”だろうな。この目で見たわけではないからはっきりとは言えないが、そいつの娘を妃にしたんだから、そうだろう”
ゲゲゲ!
よくそんなの呑んだわね! 尻尾を一振りしてぶっ倒しそうなのに!
”竜王から、娘を妃にする条件があってなぁ”
-条件?ー
”そう。あんたが地に降りるのは、大御神の指示によるものだから仕方がないが、地での寿命を終えたら、竜界に連れて来ること”
-は? …………ん~~~~。銀竜の話を信じるなら、魂って天に行かないと、進化しないんじゃなかったっけ?-
”しない”
-そんな!-
”だが、もうこの世界での一番上の「人」になれているんだから、いいだろう?”
-え!?ー
”ついでに、ここでの課題を終えて、違う世界に行ったら探しようがなくなる。かな?”
-うっそ~~! そんな勝手なぁ~~!-
”それだけ……あんたと居たかったんだろう”
え……? やだ! そんな顔が赤くなるような事、真顔で言わないでよぉ~~!
て、あれ? あれれ? あれれれ?
-あのさぁ、そしたら、子供達が社会人になって、結婚して、孫が出来た後にだけどぉ、私が死んじゃったら、竜界に行くんじゃないの? どうして竜王様が直々に私の所に来てるわけ? もしかして毎回来てるの?-
”まさか、そんなに暇じゃない。あんたを見張る役目の竜が居て、死んだら天に行く前に連れて来てた”
-じゃ、なんで今回は竜王が来ちゃってるの?-
”王妃があんたを連れて来れなくさせた”
-へ?-
”俺達にとっては、人霊なんてペットみたいなもんなんだがな”
ペットぉ~~~!? 酷い扱い~~~!
”それでも、竜王が自分より大切にしている存在があるのが我慢ならなかったみたいだな。もう連れて来るなと命じたようだ”
-そうなんだー
”で、それにキレて、竜王が竜界を飛び出してった”
-飛び出した!?ー
”竜界出だな”
―私が来ないだけで? 竜王様なのに?-
”あんたが居たから、竜王やってたみたいなもんだったからな”
どんな竜王様よ~~!?
竜界よりもペットの人霊を取っちゃったの? マジ?
-竜王様が飛び出しちゃったら、竜界はどうなってるの?-
”竜王が飛び出たのは200年ほど前だ。その頃はまだお若かったんだが、ご子息が竜王の座に就かれた。まぁ、殆んど執政は母親の竜王母が執っているがな、今でも”
-そうなんだー
”で、どうするんだ?”
―どうするって?―
”このまま、竜王……前竜王様を無視し続けるのか?”
私はチラッと銀竜の方を盗み見た。ウロウロウロと、動物園の熊のごとくこちらを心配気に見やりながらうろついている。
-仮にも竜王だったんでしょう! もう少し威厳をもちなさいよぉ!―
”いやぁ、すっげぇ迫力だったぜ。竜王の時は”
-そうなんだ―
私のイメージでは、Vサインをするおちゃらけた竜なんだけど。
-でもさぁ、事情はどうあれ、奥さんが居るわけじゃない。私にどうしろって?-
”まぁ……な。王母様も頑張るねぇ。何時まであそこで粘る気なんだか”
あそことは、竜王だった銀竜が作った結界の中である。
”そなたとは別れたはずじゃ!”
”私は別れたとは思うておりません!”
王妃様が乱入? してこられた後、長い長い睨み合いの末に、口を開いたのは銀竜の方だった。
”そなたが妻でいたいのは、我ではなくて竜王であろう。欲するのは、華やかな生活、傅く大勢の臣下、何でも思い通りに出来る地位であろう。竜王母としてもそれらは持ち得るであろう?”
”違います! 私はあなたを……”
”我はここを出る気はない。竜界に戻る気は毛ほども持っておらぬ”
”かまいませぬ!”
”ここに居ると申すか? この何もない、誰ひとり居らぬ空間に”
”あなたが居られましょう! 私が愛しておりますのはあなた様ご自身! あなた様のお傍に居られるなら、どのような所でも構いませぬ”
”…………ならば、居てみるが良い。ただし、他の誰もここに入れるつもりはない! お付きの者どもは帰せ!”
で、お付きの竜達は帰ったけれど、お妃様はしつこく居座って……コホッ、鎮座ましましておられるわけで。
お妃様にしてみれば、ダンナを盗った女になるわけよ、私は。冗談じゃないわよね。私にしてみれば、あっちから勝手に言い寄ってきただけなんだから。
来るなら来るで、ちゃんと別れ話にケリつけてから来いっての!
こっちはきれいに独身に戻っているんだから! ……て、もし離婚してなかったらどうしてたんだろう、銀竜。
”じゃから! 別れるまで待ったわ!”
へ? あ、こっちの空間に来てるの忘れてた。来ないと泣くんだよね、大きなアメリカンクラッカー型の涙流して。あんま、居心地良くないんだけど。今もお妃様、こっち睨んでるし。
え~~と、何の話……あ! 別れるまで待った!? それじゃ、もっと前から見つけてたの?
”当然じゃ。天から降り来た時から気付いておったわ!”
へ……ぇ。それじゃ、結婚する前に来てくれればよかったのに。そうしたら、主人公らしい主人公になれたのよ、こんなオバサン主人公じゃなく。
そう言うと、嫌、心の中で思うと、プイッと銀竜は横を向いた。
”あのくそったれ大御神が、中々そなたを妻にする許しをくれなかったのじゃ! 見つければ妻にしても良いと言うたに! そうこうしているうちにそなたは人の男の妻になってしまうし。どれだけ焦ったか!”
そうなんだ。て、まさか、私が離婚したのって…………。
”あの情けない男が悪い! 離婚して正解じゃ! 我は何もしておらぬ!”
よねぇ。結婚するときは、あそこまでとは思わなかったのよねぇ。見合い結婚とは言え、もう少しよく見れば良かったわ。
”今……今、何と申されました?”
お妃様が真っ青になって、口を挟んできた。
何を言ったっけ?
”その……そのちっぽけな人霊を、妻に……妻にする許しを得たと申されましたか?”
ああ、それね。最初っから言い続けておられますよ。
”ああ、言うた”
”馬鹿な! 竜の巫女になれし霊格ある人霊ならともかく! あんな、低級な霊格の人霊を妻になど! 何をお考えか!”
……すみませんね、低級で。
”この者の霊格が上がらなんだのは、我が竜界に来させていたが為じゃ!”
”その責任を取ろうとなさっておられると!?”
”そうではない!”
犬も食わない何とやらを始めたので、私は緑竜さんと話すことにした。他の誰も入れないと言ってたけど、私を守る役目を負った緑竜さんは別格みたい。
人を妻に出来るの?
”ん~~? まぁ、する奴も中にはいるな。大御神の許しはいるが”
竜の巫女って?
”我ら竜と人間を繋ぐ役目を持った女だな。このところ、随分数は減ったが”
…………竜と人って、大きさも寿命も違うと思うんだけど。
”違うねぇ。けど、ま、魂になってしまえばそう関係なくなる”
そうなんだ。器に入ったままでは無理だよねぇ。大きさも、寿命も。
”だが、器に入っている方がいい事もある”
……何?
”俺たち竜は手が出せない”
はい?
”つまりは、器に入っている「魂」に危害は加えられないって事だ。だから、おまえさんに何もできないわけだ、あのお妃様も”
ふぅん、それじゃ、器に入ってなかったら?
”さっさと消しにかかるだろうな。あら、申し訳ありません、このような事になるとはついぞ思わず……とかなんとか言ってな”
げっ! それは困る! まだ子供が中学で……! あ、その時には死んでるのか。
”ま、そんな事は元竜王様がさせないだろうがね”
……消そうとされる原因でもあると思うんですが、元竜王様が。
”我はあの者を愛しておるのじゃ!”
これだもんね。
”愛してる……ですって?”
”ああ、そうじゃ。この気持ちに気づかせてくれたのは、ほかならぬそなたじゃ!”
”私が? 私がいつ……”
”我に問うたであろう、あの者を愛しているのかと。竜界を出る前に”
”それ、それは申しましたが”
”その時に気づいたのじゃ。我のあれへの思いが愛である事に。それまで、どうも竜の矜持やら誇りやらが邪魔をして、認め得なかったのじゃがな。はっきりと問われて、答えが出た”
”そ、そんな馬鹿な! あんな、あんなちっぽけで低級な魂を!”
はいはい、低級でちっぱけで申し訳ありません。
”まだましになった方じゃ。会話も随分スムーズに出来るようになったしのぉ”
アハハァ~。そう言えば、片言だったよねぇ、ここに居る時って。
そう、マシになった程度だよね。たとえ竜の巫女になれるほど霊格が上がったとしても、所詮は「人」。竜になれるわけじゃない。やっぱさ、竜は竜と一緒になった方が幸せになれるんじゃないかなぁ。
”おいおい、そんな事を言うと、また泣かれるぞ”
ああ、筒抜けなんだった。
どうして、私なんだろう? たまたま、ここに最後まで残った魂ってだけじゃない?
”さぁな。俺は竜王様じゃないからわからんな”
あ、だよねぇ。
……淋しかったんじゃないかなぁ、こんな何もない空間でたった一人、何千年も居たらさ。誰か傍に居て欲しいって思うようになるよね。それが、ホントにたまたま私だったんじゃないなかぁ。
”はぐれ竜になると決めた時から、その覚悟はできておられただろう。何があったかは知らないが、あれほど強い能力を持った竜の噂は、この辺りじゃ聞いたことがないから、遠い竜界から出て来たのだろう”
そんなに強いんだ、銀竜って。
”強い強い。むちゃくちゃ強い”
それじゃ、やっぱりのやっぱり、私より竜の方が相応しい気がする。
なぁんで、私を妻にしていいなんて許しを与えられたんだろう、大御神様。
”神様のすることは、俺っちには理解不能だ。あんたを守れって言ったのも含めてな”
人を守るってさぁ、何から守るの?
軽い沈黙の後、あんま言いたくないけど、の顔をしながら、
”俺たち竜が守るのはな、「地」でそれなりの役目を負った者達でな。そういう奴ってのは、大抵あちらこちらから恨みを買うものでなぁ”
て、説明し始めた。なるほど、何処にでも居る普通のオバサンを守った事はないわけね。
”つまりは、そういう奴らの恨みつらみの念から守るわけだ。生霊やら死霊からのな”
生霊に死霊ですか。何やらおどろおどろしい話になってきた。
”また、そういう者を利用しようとする妖怪やら、魑魅魍魎からも守っている”
妖怪に魑魅魍魎? そんなのホントに居るの?
”居る居る。あんたらが気が付かないだけでな”
そうなんだぁ。夜に出歩くのやめようかな。
”利用価値のない者には見向きもしないから、安心しろ”
……どう取ったらいいんでしょうね、それ。
ハハ……とからかい気味に緑竜さんが笑い出した時、空間の空気がドン! と揺れた。
何?
”何だ!?”
緑竜さんも慌てて周囲に視線を走らせる。
”あなた! あなた、どうなさいました!?”
お妃様の悲痛な叫び声に、そちらを振り返ると、銀竜が苦しそうに胸の辺りを押さえて、呻いていた。
何、何、何? どうしたの!? まさか、まさかの心臓発作とか!?
”う…………ぐ、ぐ、ぐ。ぐわぁぁぁぁぁぁ――――-!”
雄叫びの様な苦しげな声を上げ、銀竜の身体が光り出した。
え? え? え?
”やば! そういう事か!”
緑竜さんが銀竜に何が起こっているのか理解したらしく、
”こっちへ!”
と、私と銀竜の間に入って、私を銀竜から遠ざけようとする。
でも、銀竜があんなに苦しそうで……!
そっちに行くのを嫌がる素振りを見せると、
”消えたくなければ、こっちへ来るんだ!”
こう怒鳴ってきた。
え~~~~~~! 消えちゃうってどう言うことぉ~~~!?
と思いつつ、ここで消えては子供達が困ると、私は緑竜さんに庇われるようにして、銀竜から遠ざかって行った。
あ~~~~ん。ごめんなさい銀竜。子供達にはまだ私が必要なんですぅ! と心の中で謝りながら、まだ苦しそうに叫んでいる銀竜の方を、緑竜さんの身体の隙間から見やった。
あれ……? 苦しげにのた打ち回る銀竜の身体が、少しずつ大きくなって行ってる気がする。
何? 何が起こってるの?
”転生だ”
転生?
”ああ。竜神王に転生しようとしている”
竜神王? 竜王じゃなくて、竜神王?
”竜王は一つの竜界の王だが、竜神王はいくつかの竜界を統べる王だ”
え~~~~~~~~!? そんなのになるなんて、聞いてないよぉ!
”これは……おそらく竜神界からの強制だ”
竜神界? …………やっちゃんの組織の名前みたい。
”そんなのと一緒にするな。竜神界は、すべての竜界を管理している所だ”
すべて? すご~~~い! て、感心してもよくわかんない。その竜神界が、無理矢理に銀竜を竜神王にしようとしてるって事?
”そういう事だな。はぐれ竜の時は竜神界の力は及ばないが、竜王になったからな。それも、あれほどの力の持ち主だ。竜神界が放っておくわけがない”
でも、それじゃ今までしなかったのは、どうして?
”竜王が竜神王になっても、ここの竜界は回って行けると判断されたんだろう”
あ、なるほど。銀竜の息子さんが頑張った結果って事か。それは嬉しい事だよね。でも……。
”ぐおぉぉわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………!!”
ひと際凄まじい叫び声が響き渡ったと思うと、以前より数倍大きくなった銀竜が、宇宙に向かって飛んだ。
バキバキバキ……! と、結界が壊れる音が耳をつんざく。
その結界の欠片をものともせずに飛び出していく銀竜の鱗は、ほんの少し白さを増していた。
その色が、もう前の銀竜ではないと知らしめているようで、私はそれをじっと見つめた。
一欠片の寂しさと共に……きれいだな……と思いながら。
ああ…………そうだ、思い出した。
きれいだって思ったんだ。ここで、初めて銀竜を見た時にも。
そう……だから、私はずっとここに帰って来ていたんだ。きれいな銀竜を見たくて。
ただただ、見ていたくて……それで……ここに……。たった一人になっても……ここに……。
ふらっと、銀竜の後を追いかけそうになる私を、緑竜さんが慌てて止めた。
”やめろ! 竜神王の気の強さは、我らとは格段の差があるんだ! 近づいただけで人の魂など消し飛んでしまうぞ!”
え? それじゃ……もう、私……。
”あなた! あなた! 待ってくださいまし!”
お妃様が、叫びながら竜神王になった銀竜の後を追う。
その声に振り向いた銀竜と、一瞬目があった気がした。ほんの一瞬。気のせいかもしれないど。
”無駄な事を……”
竜神王の後を追う王妃様の姿を目で追いつつ、緑竜さんが呟くように言った。
? どうして? お妃様でも消し飛んじゃうの?
”いや。消し飛びはしないが……”
何?
”竜神王になると、以前の記憶はすべて失われるんだ”
へ?
”人が新たな生に転生するのと同じなんだ”
………………そう……なんだ。
じゃ、近づくことが出来ないだけじゃなく……私の事も忘れちゃってるんだ、もう。
なぁんだ、そうか……。
突然、私の前に現れた竜は、突然、私の前から姿を消した。