占いおじさん
輪廻転生と言う言葉がある。
手っ取り早く言うと生まれ変わりだ。
肉体には魂が宿っていて、肉体の機能が失われる、つまりは死んじゃうと魂はあの世とやらに行き、そして、また違う肉体に宿ってこの世に生まれる。
魂は永遠に不滅です!!
て言う宗教の教えのひとつだ。
新しく生まれた時、前の人生の記憶は失われると言われている。
だから、あの妄想竜と二百年前に会っていたとしても、さぁ~~~~っぱり覚えているわけがない。
竜は消えてくれるどころか、毎日の様に現れては妻になってくれと迫ってくる。
まったくしつこいったらありゃしない!
洗濯物を干しながら心の中で叫んで、虚しさを覚えた。
元ダンナとは見合い結婚。皆ある程度の年齢になると結婚するものだ! の時代だったから、しなければ女はオールドミスと言われ、欠陥人間のように冷たい目で見られた。
なので、まぁこの辺りでいいかと結婚したので、人間の男から、こんな風に妻になって欲しいと言われ続けた事はない。
やっぱり、一度くらいはそんな風に思われてみたいと思っていたのか。
”何も心配はいらぬ。我がそなたを守る故な”
なぁんて、戦隊ものか、RPGのヒーローのような事を言ってくる。
ああ、無視よ無視!
それより、出かける準備をしなくちゃ。今日は、実家の母を連れて、占いのおじさんの所に行かなければならいんだから。
この占いのおじさんの所に行き出して、二十年以上になる。占いを生業としている人ではないのだけど、何かにつけて相談に行っている。
規定の料金はないけれど、お礼はしっかり受け取る。中身は見ない。帰るまでは、だろうけど。
それでもまぁ、信じる者は救われる。で、行っている。
主に方角を見てもらうためだ。「方」を冒すと一番怖い。らしい。
引っ越しや、家相、建て替え。果ては学校や会社の方角まで見てもらってきた。
今回の実家からこちらへの引っ越しも、下の子が入る中学の方角が良い方になるようにで、引っ越した。そこまでするかと言われそうだが、ま、そろそろ実家のお世話になっているのも……の時期でもあった。
そう言えば、占いのおじさんが、
「人に付く『神』様は、『竜』だけなんやで」
とか言っていたな。
タヌキやキツネ、蛇なんかは、低級霊だとか。
けどさぁ、すっごく偉い人ならわかるけど、普通のバツイチシングルマザーにそんな神様が付くものかねぇ。ま、無理だ。
と言うことは、やっぱり妄想か、低級霊に化かされているか、だよね。
着替えて、化粧に取り掛かる。
ああ、またシミが増えたなぁ。少しくらいはお手入れ真面目にしてやらないと……。と考えて、はたと我に返る。
そんなの、離婚してから全然考えた事なかったのに。色々あって、余裕がなかったのもあるけれど、いまさらそんな事を気にしても、見せる相手も居ないのに…………。
まさか、妄想竜の視線を気にしてる……?
まさかまさかよね。
馬鹿馬鹿しいと、さっさと化粧を済ませて部屋を出る。
近くに借りている駐車場に行き車に乗り込むと、エンジンをかけ、実家に向かった。
車で十数分。まぁ、ちょうどいい距離かと思う。
そろそろ実家が見えるかという所で、え……? と思ってしまった。
車の屋根の上に、竜の気配を感じたのだ。
嘘! マンションの外では感じた事なかったのに! 外にまで出没するようになったの!?
”当然じゃ。そなたを守ると言うたであろう”
げえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 飛んでるぅ! 竜が車の上を! というイメージが頭の中を駆け巡るぅぅぅぅうう!
嫌々、落ち着け私! こんな事を言っても、誰も信じないばかりか、何とか病院に送られてしまう! ここは、いつもの様に無視だ無視!
実家に着いて、空を見上げたくなる気持ちをぐっと押さえつけて、母を迎えに行く。
けどけど、だけれども! 占いのおじさんの家に行く間も、竜の気配が消えない!
マジにずぅ~~~~っと付いてくる!
母との会話も上の空。事故らないようにだけ気を付けて、おじさんの家に着いた。
先に母を降ろして、車を止める。勝手知ったるで、母はさっさと中に入って行った。
一人車から降り、家に入るところで我慢できなくなって空を見上げた。
当然ながら、なぁぁぁんも見えない。きれいに晴れ渡った空が見えるだけ。でも、気配は感じる。
どうしたらいいんだろう……と、溜め息つきたい気分で玄関の方を見ると、おじさんが立っていた。
なんでぇ!? いつもは、母が先に入ると、一緒に占いをする部屋まで入っているのに。
こっちも勝手知ったるで、門を閉めて、玄関扉も閉めて後から一人で入っていたのに。
馬鹿みたいに何もない空を見上げていたのを、どう思われただろう。
「いいお天気ですね、今日は」
愛想笑いを浮かべながら、何とか誤魔化す言葉を紡ぐ。
おじさんはちょっと頷き、
「よう、お越し」
と言ってきた。
これも珍しい。普段は、「入って」と言うくらい。歓迎の言葉など聞いた事もない。
不思議に思いながら、こちらもどうもと頷き、入って行った。
このおじさん、占いよりも他の話の方が長い。職業にしているわけではないのだから、世間話が長くなっても仕方がない。こちらもじっと我慢で付き合う。
死にかけたシベリア抑留から帰ってきた話だの、趣味で始めた占いを、他の人にもするようになったのは神様に言われたからだの。まぁ、話半分、眉唾ながらに聞き流し、聞きたい相談が出来るまでじっと待つ。屋根の上を漂ってそうな竜を気にしつつ。
そしてようやく、相談したいことを聞き終えて、さて、どのタイミングで帰ろうかと思案している時に、おじさんが突然私の方を指さし、
「あんたには、わからへんやろうなぁ」
と言ってきた。
何がわからないんやら、わからない。けれど、機嫌を損ねるのは得策ではないと、
「はぁ。何も見えない方ですから」
と、霊的な勘はまるでないと笑顔で答える。実際、あの竜以外は何も感じない。
「あんたはなぁ、とてつもなく!」
で、一旦切る。なんつうお芝居がかった仕種なんだ。
「それは、どえらく大きな神さんに守られてんねんで!」
……はい? 何ですかそれ。 ここに通って二十数年、一度も言われたことございませんが。
で、思い当たるのは、あの妄想竜。
嫌々、まさか! 本当の本物であるはずがない!
それって、今屋根の上を飛んでる竜の事ですか?
なんて聞けるはずもない。母も居るし。
へえ、そうなんですか、有り難いです。としか言いようもなく、その話はそこまでで帰ってきた。
だけど、気になる! もしかもしかして、マジに竜神!?
な事あるわけない、と否定しては、もしかしてと思ってしまう。否定しながら、化粧品売り場をウロウロしてしまう自分がいる。
チラリと窓に映る自分を見て、やばいなぁなんて思ったりして。
しかし、二百年前かぁ。日本では江戸時代だよねぇ。
子供の頃から、一つだけ気になっていることはある。時々同じような映像が、眠る前に頭の中に浮かんでくる。でも、背景の建物や、着てる物が江戸時代のものではない。もっと古い感じがする。
でもねぇ、そんなの誰にでもありそうなことじゃない。一つや二つ、気になる事なんてさ。いつも同じような夢を見るとか、ここに来ると変に懐かしさを感じるとか。人には言わないけれど。
二百年前に、どうやって竜と会ったんだろう。今みたいに何となくじゃなくて、はっきりと見えたのかなぁ。初めて会った時、どう思ったんだろう。
自分でも馬鹿な事を考えてるなぁ、と思いつつ寝床についた。
”そなたと初めて会うたのは、二百年前ではない”
はへ?
この頃、眠る前になるとやって来る。寝ようとすると嬉しそうに、
”そうか、そうか、眠るのか”
と、言ってくるのだ。
理由を聞くと、眠るとほんの少し魂が自由になって、竜の所に行きやすくなるそうだ。
意味が分からない。
”そなたは、我の所が一番寝心地が良いと言うておったであろう”
記憶にございません。
それより、
-初めて会ったのが二百年前じゃなかったら、初めて会ったのって、いつ?-
いや、自分でも馬鹿な質問であるとわかっている。自分で造り上げた妄想竜。好きな時に設定できるじゃないかと。しかし、その答えにしっかり自分で驚いた。
”そうじゃなぁ。数千年前になるかなぁ”
…………………………はいいぃぃぃぃぃぃぃ!?