4話 嫉妬する
花が咲いた。ダンスホールの中央に、大輪のバラが咲く。
不機嫌にバラを睨み付けるのは、愛らしい苺だった。
春の国の王太子と婚約者候補の王女が踊っている。
「……おい。また、紅花染めに傾倒したのか?
二年前みたいに、反物を買い占めるなんて、恥さらしな事をやってないだろうな!?」
「んまぁ! 失礼でしてよ! 嫌味をいう前に、淑女を誉めることができませんの!?」
「……アホなお前は、誉める以前に、僕が飽きれる事しか、できんだろうが。
生まれた時からの付き合いだぞ? お前の性格なんて、熟知している!」
二人がそんな会話を交わしながら踊っていることを、周囲の人々は知らない。
活発な口の動きから、会話が弾まれているようだと、ほほえましい推測をしている。
もちろん、苺のような少女も、思っていた。仲の良さに嫉妬していた。
「……興がのらん。この曲が終わったら、抜けるぞ」
「わたくしだって、あなたと踊りたくありませんわ!」
たった一曲だけ踊り、王太子と王女は、ダンスの輪から外れる。
一応、王女を父親の元までエスコートして、王太子はさっさと王女の前を去る。
気合いを入れ直し、王子スマイルを浮かべると、苺のような少女の前にやってきた。
「僕と一緒に踊っていただけますか?」
「はい、喜んで!」
当たり障りの無い誘い文句を口にして、右手を差し出す。
苺のような少女は、満面の笑みを浮かべて、王太子に身を任せた。
*****
「ルタ子爵令嬢は、かわいそうだったよ。
いつもなら、ド派手なピンクの衣装を着る王女様が、この日に限って真っ赤な衣装を、おめしになっていたんだから」
男爵家の跡取り息子、アロンソ少年は伯爵家の友人から、昨夜の王宮の舞踏会の様子を伝え聞く。
貴族の中で一番下の階級では、王家主催の舞踏会など、よほどでなければ招待されない。
王太子の花嫁候補になった幼なじみが心配で、それとなく話をふってみた。
案の定、幼なじみのルタは、舞踏会に参加していたようだ。
「赤い衣装って、ルタ子爵令嬢のトレードマークなのに、わざわざ王女様がお召しになられるなんて……対抗意識を持っているようだね」
「……子爵家の娘を、王女様がライバル視するなんて、普通なら考えにくいけど?」
「お美しい王女様も、『奇跡の美貌』は気になるって、事かもな」
アロンソ少年は、言葉を選びながら、疑問を口にする。友人の返答に、なるほどと頷いてみせた。
奇跡の美貌は、ルタの代名詞だ。幼い頃から、同世代の子供の中では、飛び抜けて可愛い顔をしている。
「……もしかして、髪の色に嫉妬しているとか?」
「あー、珍しいと言えば、珍しいかも。
変化する髪なんて、ルタ子爵令嬢くらいしか、見たことないからね」
ルタは、普段は金髪なのに、明るい光が当たると赤色に変化する珍しい髪の色、「ストロベリーブロンド」を持つ。
珍しい髪と可愛い容姿が相まって、いつしか「奇跡の美貌」と呼ばれるようになった。
アロンソ少年は、友人と会話を交わしながら、心の中で優越感に浸る。
奇跡の美貌を一番長く見つめたのは、幼なじみの自分だと。
「そう言えば、王太子様も、奇跡の美貌が気に入ったのかな?
王女様と一回しか踊らなかったのに、ルタ子爵令嬢とは、二回も踊っていたよ」
友人の言葉を聞いた瞬間、アロンソ少年の胸がざわめいた。
もやもやした感情が生まれ、王太子に悪意を向ける。
二回続けて踊ったぐらいで、イイ気にならないで欲しい。
自分は、五回以上、ルタと踊ったことがある!と。
子供の頃だったとか、ダンスの練習相手としてだとか、細かい部分は横に置いて、主張した。
苺のような少女と、一番長く踊ったのは自分だという事実が、今のアロンソ少年にとって重要だったから。