1話 狂ったのは、何?
光に当たると薄いピンク色に染まる、珍しい色彩の金の髪。
ふわふわのストロベリーブロンドが、少年の前で左右に揺れた。
苺の乗ったケーキを食べながら、赤いワンピースの少女は聞き返す。
「アロくんは、大人になったら、お城でリュートをひくの?」
「うん、すごい演奏家になるんだ! ルタちゃんは?」
「えーとね、ルタはお姫さまになるの!
お姫さまになったら、お城に住めるから、アロくんとずっと一緒だね♪」
「そうだね♪」
ふわふわのストロベリーブロンドを揺らし、苺のようなワンピースを着た幼い少女は、無邪気に笑う。
習い始めたばかりのリュートを見せびらかしながら、幼い少年も楽しそうに相づちを打った。
*****
少年は、リュートを無意識に弾いていた。
奏でているのは、幼なじみの少女が聞きたがった、王都で流行している曲。
敬愛する女性や、恋人に捧げるために演奏される、セレナーデ。
セレナーデは、東の国の言葉で「小夜曲」と呼ばれる。
夜に属する、音楽。扉の外や窓の下で奏でる、想いを込めた音楽。
半月前、王太子の正室に迎えられる王女のために、国王が王宮の舞踏会で宮廷楽士たちに弾かせた。
舞踏会の会場にいた父親は、帰宅後、息子にそう語る。
将来の宮廷楽士と呼び声高い、男爵家の跡取り息子。早速、愛用のリュートで、セレナーデを練習し始めた。
少年の予想通り、あちこちのお茶会に呼ばれ、セレナーデを求められる。
友人の婚約者のためだったり、両親の付き合いのあるご夫婦のためだったり。
一番慶んでくれた相手は、「ストロベリーブロンド」の髪を持つ、少女だけれども。
今日だって、喜んで演奏してあげるつもりだった。
幼なじみのルタが「王太子の花嫁に選ばれた」と、聞かされるまでは。
少年のリュートは、先ほど弦が一本切れたため、鳴らす音が足りない。
弦が切れた拍子に、他の弦を止めているネジも緩んでしまったようで、音階も少しズレている。
狂ってしまった音、壊れてしまった楽器。
それを狂ったように、無意識に奏で続けていたのは、他でもない自分だ。
弦が足りない、壊れたリュートを奏でながら、「アロンソ」は口角を上げる。
なぜか笑いが止まらず、声を出さずに笑い続けた。