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HELENA: 2068

作者:宮沢弘
#### MIKU: 2048

「ミクお嬢さま、お待ちを」
「クラークおじさん、遅いよ」
「わたくしの年をお考えください」
 街の中をミクは熊のぬいぐるみを抱えてトコトコと早足で歩いていた。
「そのように早足ですと、危いですよ」
 クラークはグラスに表示される地図と周囲を見比べながら、ミクについていった。
「ミライへのプレゼント、早く買うんだから」
 そう言って、ミクは文房具専門店の前で立ち止まった。
「こちらでよろしいのですか?」
「うん、ここかな?」
「よく場所を憶えておられて」
「出かけるときに地図、見たもん」
「なるほど。そうですね。ここならクレヨンも売っているかと」
「じゃぁ、お店の探検だ」
 ミクはそう言うと、店に入っていった。キョロキョロと見回しながらエレベーターの前へと進んだ。
「クラークおじさん、クレヨンてどこで売ってると思う?」
 各階の案内を読めなかったのか、それとも想像がつかなかったのか、ミクはクラークを振り返って訊ねた。
「そうですね。ガザイの9階でしょうか」
「ガザイかぁ。そこ、行こう!」
「はい」
 クラークは昇りのボタンを押した。
「ハッピバースデーふんふん」
 ミクは鼻歌を歌っていた。
「ミライさまへのバースデープレゼントでしたら、ミライさまからミクさまもいただけますね」
「うん。クラークおじさん、ミライがなにをプレゼントしてくれるか知ってる?」
「えぇ。もちろん知っておりますよ」
 エレベータが着きドアが開いた。そこにはエレベーターガールがいた。
「9階、お願いします」
 ミクは元気よく言った。エレベーターガールは微笑み、ボタンを押した。
「言っちゃだめだよ。ミライのプレゼントもミクのプレゼントも」
「えぇ、言いませんとも」
 エレベーターが9階で止まり、二人は売り場へと出た。
「クレヨン、どこかな?」
「さて、売り場の中とまでなると、わたくしにもわかりませんが」
「じゃぁ、やっぱり探検だ」
 ミクはそう言い、ゆっくりと左右に目をやりながら歩いた。
「エンピツ」
 一角で立ち止まり、じっと眺めた。
「これはすこし特別なエンピツですね。前部が芯でできていると思っていただければ。これもプレゼントとして、いいと思いますよ」
「だめなの。クレヨンなんだから」
 そう言うと、また歩きはじめた。
「あった」
 そう言ってミクは立ち止まった。
「クラークおじさん、持ち上げて」
 それに応えて、クラークはミクを抱え上げた。
「四角いの、丸いの、太いの、細いの、たくさんある」
「そうですね。さて、どれがよろしいやら」
「大丈夫だよ」
 ミクは服のポケットから、小さくなったクレヨンを取り出した。
「これと同じみたいなの」
 クラークはそれを受け取ると、並べられているものと見比べた。
「同じものはないようですが」
「ないの?」
「いえ。同じ太さで、元とおそらく同じ長さだろうものはありますね」
「じゃぁ、それ」
「はい」
 クラークはミクを下し、一本を手に取った。
「あ、もっと買えないかな?」
 ミクが訊ねた。
「大丈夫だと思いますが」
「じゃぁ、全部!」
 クラークはミクの正面に顔を持っていった。
「お嬢さま。並べられているものを全部買うこともできますが、あとで同じものを買いたいと思ってここに来られる方もいるかもしれませんよ?」
 ミクはうなった。
「それじゃ、半分!」
「そうですね、そうしましょう」
 クラークは並べられているものから半分ほど、数本を手に取った。
 ミクは周囲を見ていた。
「これ、なに?」
「それは、どれどれ」
 クラークは商品のタグを読み、黒い棒状のそれを手に取った。
「クレヨン・ホルダーとのことですね。中にクレヨンを入れて使うものです」
「それ使うと、クレヨン、折れない?」
「えぇ、たぶん折れないと思いますが」
「それも買っていい?」
「もちろん、かまいませんよ」
「それも一緒に買おう!」
 そう言いミクはレジに向けて歩き出した。
「プレゼントなの」
 レジのカウンタに熊のぬいぐるみを置き、その横から目だけを出し、そう言った。
「そうなの。すてきなプレゼントね」
 担当者はそう答えた。
「じゃぁ、プレゼントらしく包むわね」
 綺麗に包まれ、キラキラするリボンがかけられるのをミクは見ていた。
 ミクは包みを受け取り、クラークが支払いを済ませるのを待っていた。その間に熊のぬいぐるみに、プレゼントを抱かせようとしていた。関節のわずかばかりの可動域の中で、熊のぬいぐるみはプレゼントをなんとか抱えることができた。
 支払いが済むと、エレベータに乗り、そして店の外へと出た。
「ミライ、プレゼント買ったよ」
 そう言いながら、来た道を引き返していった。
「ミクお嬢さま、ゆっくり、お願いします」
 クラークは、またグラスに表示される地図と周囲を見比べながら言った。
 そのときだった。なにか大きなものがぶつかる音が響いた。
「ミクお嬢さま!」
 自動車に跳ね飛ばされ、グッタリとしたミクと、目と口を開いたままのドライバーが見えた。熊のぬいぐるみはプレゼントを抱えたまま、すこし離れたところに落ちていた。
「救急車を!」
 クラークはグラスに命令すると、ミクの横に膝を着いていた。

   * * * *

 ミクの葬式は、家族だけによるものだった。
「お母さん、ちょっとクラークさんと話してくるわね」
 ヘレナはアンにそう言って、席から離れた。
「警察からなにか連絡はあったかしら?」
 ヘレナはクラークに訊ねた。
「ヘレナお嬢さま、先ほど一件ありました」
「どんな?」
「問題の自動車には、本来ならないはずの部品が積まれていたそうです」
「それは、ミクやミライを狙ったということ?」
「そこまではっきりとはわかりませんが。自動車の進行方向を条件によって変える部品だろうと」
「車内無線LANに割り込むのね。でもそれでは……」
「はい。法律に基いたものではありませんが、保険料の関係から載せている自動車も多く。ミクお嬢さまやミライ坊っちゃんを狙ったものとは、かならずしも言えません」
 クラークはヘレナを静かに見た。
「事故直後のドライバーの様子も見ましたが、仮に狙っていたとしても、すくなくともドライバー自身が狙っていたとは思いにくいかと」
「えぇ、その画像は見たわ」
「ヘレナ!」
 ふいにかけられた声に、ヘレナとクラークは振り返った。
「ダグラス」
「ダグラスさま」
 ダグラスは棺へと進み、ミクの遺体を見ると、頬を撫でた。ミクの横には、ずっとミライが立っていた。
 ダグラスはミライを引き寄せ、頬にキスをした。
「こんなことなら、もっと研究が進んでいれば」
 ダグラスは立ち上がって言った。ヘレナはダグラスの胸に顔をうずめた。
「生き返らせるなんて言わないでよ」
「そんなのは無理だよ」
 ダグラスは左手でヘレナの頭を包んだ。
「でも、直後なら使えたかもしれない。言葉は適切ではないだろうが、修復には使えたかもしれない」
「XNAね」
「あぁ。なんとか、いくつかの白血球に相当するものはできているんだ」
 ビリビリという音が響いた。四人が振り向くと、棺の横でミライはプレゼントの袋を開いていた。中から黒い棒状のものを取り出した。
「クラークさん! これはなに?」
「それはクレヨン・ホルダーでして、中にクレヨンを入れて使うものです」
 ミライはそれをしばらく眺め、端にあるボタンを押した。クレヨンを保持する部分が飛び出し、口を開いた。ミライは袋から一本のクレヨンを取り出し、その口に嵌め込んだ。
 ミライはミクをしばらくじっと眺めると、壁に向かい、大きくなにごとかを書いた。
 ダグラス、ヘレナ、アン、クラークはその様子を静かに見ていた。

#### MIRAI: 2050

「ミライ、まだクレヨンを使っているの?」
 アンは大判のスケッチブックになにかを書いているミライに訊ねた。
「そうだよ」
「ペンを使ったらどう?」
「ペンも使うよ」
「あら、そうなの。じゃぁお絵描きにはクレヨンを使うの?」
 アンはミライに近付き、描いているものを見た。
「でも、絵には見えないわねぇ」
「絵じゃないよ」
「だったらなんなのかしら」
「ミクに、僕が知ったことを教えてあげているんだ」
「そう…… でもペンだったら1ページにもっとたくさん描けるわよ」
「それじゃ駄目だよ! 僕が知ったことをミクに教えてあげるには、こうしないといけないんだ!」
「そうなの……」
 アンはまたしばらくミライを見ていた。
「そのクレヨン・ホルダーは……」
「うん。ミクからのプレゼント」
「あなたたちは、一人なのね。二人で一人」
 アンはしばらくなにかを考えているようだった。
「あちらにミクがいて、こちらにミライがいる。そういうものなのかもしれないわね」
 アンは愛おしげにミライを眺めていた。

#### HELENA: 2068

「絶対、狙われているのよ。今どき交通事故なんて、ありえない」
 病室で、ヘレナはダグラスに言った。
「そうかもしれないな。ミクを失ない、ミライも失いかけている」
「あなたのXNAによるものだって、充分な効果を上げていないわ」
「効果はあるよ。今、ミライはその助けを借りて、戦っているんだ」
 ドアが開く音がし、クラークが簡単な食事を持って入って来た。
「ヘレナお嬢さま、ダグラスさま、すこしはお休みにならないと」
「それはわかっているけど」
 ヘレナはベッドに横たわるミライを見た。
「クラークさん、お願いがあるの」
「はい」
「あなた、ミクとミライの記録をたくさん持っているわね? そのグラスに」
「えぇ。もちろん、完全なものではありませんが」
「それは大丈夫。ミライがクレヨンを手放さなかったから、なにか意味があるのだろうと思って、別の人も常に着けていたの」
「それで、どうなさるおつもりですか?」
「本よ。母は、ある組織に属しているの。属しているというより、幹部の一人ね」
「組織…… ですか?」
「おかしなことを言っていると思われるでしょうけど」
 ヘレナはクラークを見ると、ダグラスに目を移した。
「ミライの記録を本にするの。ミライは読めない字を書いていたわ。母なら、母の組織なら、それがなんなのかわかるかもしれない」
 ヘレナはミライを見た。
「もし、ダグラスのものが効果を現わさなかったら。残るのはそれだけだわ」
「ヘレナ、落ち着いて」
 ダグラスはヘレナの両肩に手を置き、正面からヘレナを見た。
「それは、ミライが生還するのとは違う。今、願うのはミライの生還だろう?」
「もちろん、そうよ。ミライが目を開けるのを、私が望んでいないと思う? でも、目を開けなかったら、それだけがミライを残すたった一つの方法だわ」
「ヘレナお嬢さま、本当にそれをお望みですか?」
「えぇ、望むわ」
 その時、心停止を示すアラームが鳴った。医師と看護師が急いで部屋に入って来た。
「もし望むのでしたら、心肺装置などを使えますが」
 医師がダグラスとヘレナを見て言った。
「いいえ。望みません」
「ヘレナ、心肺装置を使って、私の装置が効果を現わすまで時間をかせぐこともできる」
「本当に快復できるの?」
 ヘレナは強い視線でダグラスを睨んだ。
「本当にとは…… 言えないが」
「だったら、心は決まっています。ミライを本として残します」
「本?」
 医師は訝しげに訊ねた。
「いいの。気にしないで」
 ヘレナは医師に言った。
「クラークさん、お願い」
 クラークはダグラス、ヘレナ、そしてミライを見た。
「わかりました。アンさまに連絡しましょう」
 その言葉を聞き、ヘレナはうなずいた。

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