2話 優しい人
友達は多い方であると自負しているが、所詮そんなのは比較の問題であって、俺より友達が多いやつなんて探せばいくらでもいるし、いつも皆の中心にいるといったこともない。
体格は中肉中背。顔は不細工ではないけれど、特別整っている訳でもない。勉強だって平均並みだし、運動も平均より少しできる程度。
そんな、どこにでもいるような人間。それが俺、黒羽祐輝だ。
だから、もし世界に小説のような不思議な出来事が起こるとして、その主人公に誰か一人だけが選ばれるのなら、それは間違いなく、俺じゃない誰かだと思っていた。
けれど、俺だって人間だ。いつもみんなの中心にいる人。イケメンな人。勉強ができる人。運動神経の良い人。そんな人たちを羨ましく思うし、絵本の勇者のような存在に憧れたことだってある。
目の前の広場には、普通の人間に混じって、ちらほらと、服を着た熊や狐といった、いわゆる獣が混じっている。さらに、よく見ると、猫耳や犬耳といった、いわゆるケモミミの人間もいるのが見てとれる。おそらく、さっきまでは混乱しすぎていて気がつかなかったのだろう。
俺は、アニメや漫画が好きだ。だから、こういうのをファンタジー系の作品でよく見かける。そんでもって、こういう風に異世界転移をしている俺は、まごうことなく、物語の主人公的な立ち位置に立っているだろう。
そんな、ファンタジー系の作品の主人公に大抜擢された俺は、広場の隅っこでしゃがみ込み、頭をかかえた。
「帰りたい・・・」
だって、知り合いも誰もいない、帰り方も分からないなんて、心細すぎるだろ! 恐怖しか湧かないわ!
何言ってんだ、羨ましすぎるだろうと思う人もいるかもしれない。俺も羨ましかった。でも実際にこの状況になってみると、お腹が空いても食べ物はないし、夜になっても寝る場所もないという、ホームレス以下の生活を送るしかない。そんな現実的な問題がのしかかってきて、楽しむ余裕なんてこれっぽっちもない。
「とは言っても、ここで頭かかえてても、何かが変わるわけじゃないしな」
持ち物は、身にまとっている学生服と教科書の数冊入ったかばんのみ。何か行動を起こさなければ、飢え死にするのを待つだけだ。
「とりあえず、また街をまわってみるか」
落ち着いたことで多少冷静さを取り戻した今ならば、新しい発見があるかもしれない。
俺はやってきた道を戻り始める。日本で言うと、渋谷や新宿までとはいかなくても、それに近いくらいの人通りの多さだ。
中央都市アルバーン。
さっき、八百屋の店主が言っていた、この都市の名前だ。中央都市、と言うくらいだから、他の都市と比較してもそれなりに大きい都市なんだろう。八百屋から服屋、さらには酒場まで、いろいろな種類の店があり、人々の話し声などで活気につつまれている。
「それにしても、ファンタジーだなあ」
獣人やケモミミなどに含めて、赤や緑だったりと、カラフルな髪の色をした人が多い。しかも、それが人工的に染めたような不自然さが全く感じられないときたものだ。さらには、鎧のような防具を着ている人も、ちらほらと見受けられる。やっぱり、魔物と戦う冒険者といった職業があったりするのだろうか。
「すると、あれは魔法具とかってやつか?」
あたりも暗くなってきて、あちらこちらで光を放ち始めた街灯を眺めながら、俺はつぶやく。
ランタンのような形をしたそれは、中で何かが燃えているわけでも、白熱電球のような文明の利器がその力を発揮しているわけでもなかった。中にあるのは、光の玉。それがどういうわけか、プカプカと浮遊しながら、ガラス越しに光を放ち、賑わう街を照らしている。
世界観は、王道ファンタジーって感じか。するとやっぱり、魔法みたいなものは存在しているのだろうか。ラノベなどの異世界転生モノといったら、異世界人は魔力が規格外に多くて、この世界の住人を相手に無双して俺TUEEE! ってのが定番だ。すると、師匠的な立ち位置のキャラが出てくるはずなんだけどな。しかし、とりあえずそんなのは後回しだ。
さしあたって一番重要な問題は、空腹がもう、すぐそこまで迫ってきているということだ。
だって、仕方がない。今日は学校で弁当を食べてから、まだ何も口に入れてないのだ。そんな状態で街を一時間も二時間も歩き回っていれば、育ち盛りの男子高校生なら、そりゃお腹も空く。おまけに、夕食時の繁華街では、あちらこちらから食欲を誘ういい匂いがただよってきて、もう耐えられない。
ぐぅー、とお腹が切ない音を鳴らす。
おいおい、こんな訳の分からない状態で飢え死にデッドエンドなんて、冗談じゃないぞ!? そんなの、主人公どころか、モブにすらなれてないじゃんか!
とは言っても、どうやって食料を手に入れたものか。
「そこの君、何かお困りかな?」
不意に、声をかけられた。
こんな明らかに変なやつなんかに、一体誰が? と振り向くと、そこには、優しそうなお兄さんが微笑みながらこちらを見つめていた。
「あの、えっと・・・?」
年の頃は二十くらいだろうか。お兄さんは、俺が戸惑っているのを見ると、わたわたと慌てて、申し訳なさそうな表情をつくる。
「ごめんね。何か困っている様子だったから声をかけたんだけど、逆に驚かせちゃったみたいだね」
「あ、いえ、大丈夫です・・・」
良かった、優しそうな人で。さっきみたいな狼だったら、間違いなく漏らした。
「ところで、君はあまり見たことのない服装をしているね」
お兄さんが、俺の着ている学生服を指して言う。そういえば、ここでは日本人が着ているような服装の人はあまり見ていないな。
「実はこの都市に来るのは初めてで、道には迷うしお金は無いしで、途方に暮れていたところなんです」
たはは、と力なく笑う。
もちろん、異世界から来ました、なんてことは言わないでおく。そんなこと言っても、どうせ信じてもらえそうにないからな。
「それは大変だね。そうだ!」
何かをひらめいたように、お兄さんは、ぽん、と手をたたく。
「とりあえず、今日のところは僕が何かおごってあげるよ。そこで、こういう時にどこへ行くと良いのかを教えてあげるから、明日そこへ行くといい」
「え、でも悪いですよ。見ず知らずの相手なのに、そこまでしてもらうなんて・・・」
「僕の名前はウィル。これで見ず知らずの相手じゃなくなったね! こういう時は、素直に他人を頼っておくべきだよ。それに、今日僕は一人だから、誰か話し相手が欲しかったところなんだ」
そう言って、ニコリと笑うウィルさん。
「黒羽、祐輝です」
・・・天使かと思った。男だけど。
何だよ、この世界の住人、すげー優しくね? 善意だけで見ず知らずの困っている人にご飯をおごってくれる人なんて、今どき日本でもいないぞ!?
「クロバネ・ユウキくんか! 少し行ったところに、安くておいしい店を知っているんだ。少し分かりにくい場所にあるから、はぐれないようについて来てくれよ?」
そう言って、俺を先導するように歩きだすウィルさん。慌てて、その後を追いかける。
正直、泣きそうだ。
いきなり全く知らない世界に放り出されて、頼れる人もいない、帰る方法も分からないで、めちゃくちゃ心細かった。おまけに空腹も限界になり、本当に途方に暮れていたのだ。それだけに、ウィルさんの優しさが心に染みる。
「そういえば、さっきこの都市に来るのは初めてだって言ってたけれど、どこから来たんだい?」
並んで歩きながら、ウィルさんが俺に尋ねてくる。さっきより人通りの少ない道に入ったことで歩くのが楽になったため、俺はいくらか余裕を持ってその質問に答える。
「東の方からです」
これで問題ないはずだ。異世界転移モノにおいて、この手の質問にはこう返せと相場が決まっている。
「東っていうと、東方都市セイラかい? 僕は何度か行ったことあるけど、そんな服装の人は見かけたことがなかったような・・・」
テンプレ使えねえな! めっちゃ不思議そうな顔してんじゃん!
「い、いや、俺が住んでたのは、東方都市セイラ? じゃなくて、山奥にあるど田舎の村なんですよ!」
これでどうだ!?
「え、山奥!? そんな所で暮らして、魔物に村を襲われないのかい!?」
ダメかー。
ていうか、やっぱり魔物っているのね。しかも、こういう都市じゃないと暮らしていけないくらいに数が多い、もしくは一匹一匹が強いらしい。早めに師匠キャラを見つけなければ、即ゲームオーバーって事もあり得そうだな。
とりあえず今は、この状況をなんとかしなきゃな。
「いやー、今のは言葉の綾というか何というか。そんな事より! もうお腹がペコペコですよ! その料理の美味しいお店はまだかなー、なん、て・・・」
そこで、ようやく俺は違和感に気がついた。
人がいないのだ。
さっきまであんなにうるさかった騒ぎ声は全く聞こえなくなっていて、歩くのにも一苦労なほどにたくさんいた人々の姿は、一人も見えなくなっている。人通りが少ないからか、街灯さえも設置されていない。
そこにあるのは、静寂と暗闇だ。
「あの、ウィルさん、こんなところに、本当にお店が・・・?」
確かに、少し分かりにくい場所にあるとは言っていたけれど、いくらなんでも、これは分かりにくすぎるだろう。こんな客も来なさそうな場所に、お店があるとは思えない。
俺は、不思議に思ってウィルさんの顔を見る。
「はあ、本当は安全を最優先して、もうちょっとはずれに連れて行くつもりだったんだけどな」
「え・・・?」
「まあいいか。君弱そうだから、そんな大きな音を出さずにやれそうだし」
暗闇で表情までは見えないけれど、そう言うウィルさんの声は、さっきまでと違ってゾッとするくらいに冷たい。
「な、何言ってるんですか・・・?」
「ん、まだ理解出来ていないのかい? まあ、信じたくない気持ちも分かるけどさ」
なんだよ、それ。それじゃあ、まるで―――
「よく考えてみなよ。こんな人のいない場所に、店なんかあるわけないだろう」
まるで、ウィルさんが俺を―――
「分かりやすく言おうか? クロバネ・ユウキくん。君はここに、おびき出されたんだ」
俺を、騙しているみたいじゃないか。