未来について
天変地異は起こらないし、僕らは恵まれている。僕らはすでに幸せだった。
30歳になってからよく学生時代を思い出す。会社へ行って夜遅くに帰って飯食って寝る。そんな日々を続けるうちに20代は終わっていた。毎日上からは押さえつけられ若いうちはあいつら今に見とけよって思ってたのに今は早く終わんねえかなとへらへら。情けないって気持ちもあったがそれすら薄れてしまった。少しずつ自分が削られていくのがわかる。こんな俺を見られたくなくて昔の友人とは会わなくなった。弱音を吐く俺を、ダメになった俺を見られないように。あの頃輝いていたわけではないがなんでもできると俺は思っていた。
年を取り、孤独を意識するようになって自身の心が弱くなっている気がする。会社以外で会話をすることがなくなり、周囲の奴らがみんな自分より幸せに見える。
会社からの帰り道地元の隣町まで来てしまった。でも地元までは帰りたくはない。誰か知り合いには会いたくない。なのになぜここまで来てしまったのか。
今日は体調が悪かったから少し感傷的になってしまったんだろう。
---
「退屈だなー」
「退屈でいいじゃん」
俺たちはよく二人でなんとなしに集まってはくだらないこと、周りへの愚痴をこぼしていた。ほとんどは俺がいうだけでお前はそんなにこぼすことはなかったか。俺が何か言うたびお前は俺をたしなめていたっけ。
「やっぱり、面白可笑しく生きたいじゃん?」
「今で十分だよ」
放課後、金がない俺たちはよく公園に屯していたな。金が欲しい。でもバイトはしたくない。そんなことだから時間だけはあった。
「そうかい。無欲だねー」
「無欲なわけではないけど」
苦笑交じりに答えるお前は俺には少し大人びて見えたっけ。文句ばかりの俺とそれを可笑しそうに笑うお前。あの時はいつもつるんでたよな。
「なんか夢とかある?」
どうしたの急に?とお前は驚いたような顔で聞いてきたな。
「いや、なんとなく」
俺がまじめな話題を出すのは珍しいか?まあ珍しいか。
「そんな大したものはないけどやっぱり普通に家庭を作って年取って死にたいかな」
「長生きしたいってこと?」
「家族と年を取るのがポイントだよ」
「ふーん」
やっぱり無欲じゃん。当時はそう思っていた。でも今なら違うとわかる。
お前は誰かがそばにいてくれるということが幸せだってわかっていたんだ。まったく今になってわかったよ。周りが見えていなかった。当たり前に享受していたすべてが大切だって。
---
真っ白な部屋で目が覚めた。訳が分からない。ここはどこ?俺は俺だな。ここはどこかの病院だろう。考えていると看護師が来て説明してくれた。
どうやら過労で倒れたようだ。会社はどうしよう。
「道端で眠るように倒れてたみたいなので特に外傷はないみたいですよ。お仕事もほどほどにしてくださいね」
とりあえず1週間は休んでくださいと看護師は言って出て行った。軽く飯を食って外で一服。会社に事情を説明するとすんなり1週間の休暇をもらえた。なんだか一気に気が抜けたな。もう一本吸うか。
すると電話が鳴った。友人1?誰だ?こんな登録名でわかるかよ。でも俺の電話だし俺が登録したんだよな。たぶん。
「もしもし」
「体は大丈夫?道で倒れてたからびっくりしたよ!というか覚えてる?」
高めの声?女性だな。でも俺にはプライベートで話すような女友達はいないはず…。
「えーと、どちら様ですか?」
「忘れたの?佐伯だよ!学生時代よく公園で駄弁ってたじゃん!」
いま一番会いたくて会いたくないやつだ。
「あー。佐伯か。覚えてるよ」
「倒れてたのが君でびっくりしたよ。この辺住んでたの?」
「いやたまたま立ち寄ってたんだ」
そうなんだー。と明るい声。今こいつは幸せなんだろう。佐伯とは学校を卒業してからは連絡を取っていない。というかいつも俺が一方的に呼び出して言いたいこと言って解散だった。今思えばあいつから電話してくることはなかったな。
「ねえ久しぶりに会わない?」
また愚痴に付き合うよ。彼女はそう言って明日会うことになった。
佐伯と10数年振りに会うことになった。
きっと今俺が愚痴をこぼせばそれはただの弱音になってしまう。それは嫌だったがきっと今を逃せば俺はもう彼女に会いに行けなくなることはわかっていた。
翌日。彼女の指定した喫茶店に向かう。何となく店に入るのに時間がかかり待ち合わせの10時を5分すぎてしまった。佐伯はすでに店についていた。
「おまたせ」
「遅刻だよ!まあ君は朝弱いから許してあげる」
「それはガキの頃の話だろ」
彼女と他愛ない会話をする。髪はあの頃よりも長い。それにとても大人っぽく綺麗になっていた。さぞモテるんだろうな。俺はさえない自分を彼女の目の前に晒しているのがとてつもなく恥ずかしくなった。
「どうしたの?全然喋らないじゃん」
あの頃とは逆だねと笑う佐伯。
「お前はお喋りになったな」
「だって10年以上会ってなかったしいっぱい話したいことがあるんだ」
「そうか。聞かせてくれないか?あれからのこと」
覚悟あれ!と元気に佐伯はしゃべりだした。
高校を卒業してから彼女は俺よりも数ランク上の大学に進学したが就職は地元に近いこの町を選んだらしい。地元じゃないのは希望してた職種を優先したかららしい。
「こっちの話はとりあえずおしまい。じゃあ今度は君の話を聞かせてよ」
「そんな話せるようなことはないぞ?」
「なに言ってるの。10年間話さなかったんだから相当あるはずだよ。あの頃は2日にいっぺんは呼び出し食らってたんだし」
「そうだな」
俺は洗いざらいすべてを話した。その間彼女は口を挟まずただ黙って聞いていた。話し終えたとき俺は情けない自分の話を聞かせたはずなのになぜかすっきりとしていた。長い間抱えていた闇が晴れたようだ。
「なんだか君らしくないじゃん」
「え?」
「やっぱり君は毎日愚痴ってないとね。あの頃だったらもう毎日呼び出されてもおかしくない話だし、抱えるなんてらしくないよ」
「いやまあそうかもな」
「ずっと待ってたんだよ」
「何を?」
「また君から呼び出されるのを、だよ」
だから都合のつきやすい仕事を選んだのに。そう言って彼女はアイスコーヒーを口に含んで微笑む。
「なあ…。またお前を愚痴に突き合わせてもいいか?」
「何をいまさら。何言ったってあの頃は引っ張りまわしてたくせに」
俺は言葉が出なくなってうつむいてしまう。彼女はそんな俺の頭を撫でる。30歳のおっさんが情けないぜ。
「30歳のおっさんが情けないなー」
「お前も30歳だろ!」
俺たちは笑いあった。




