隣にいる
ダリアと思っていたより話していたようだ。楽しいと時間があっという間に過ぎる。彼女は喉が渇いたのか、革袋に入った飲み物を飲んだ。中身はただの水らしい。彼女は少し、ふらついた。長く話したせいかもしれない。自分の都合ばかりを押し付けては駄目だ。
足元に革製の小さな背嚢が置いてある。居住区の制作を禁止しているというだけあって、見た感じだと、ダリアはテントなど野営できそうな物は持っていなさそうだ。
“家”に入れないのであれば、外で野宿をするしかない。
「ダリアは野営の道具は見当たらないけど?森の方に荷物を置いてあるの?」
新野の自宅は日本家屋のような少し古い家。その周りをブロック塀が囲み、さらに家の周囲50メートルくらい平地で何もない。森の間にぽっかり空いた空き地に“家”がある。50メートル先くらいから木々が生茂る森のようになっている。
「いえ、いつものように、マントに包まって野宿をします。魔法もありますし、慣れれば以外と楽なんです。新野の“家”に入れないのは残念ですけど、入るのが不可能であるのならば仕方がないです」
「……少し、そこで待っていて下さい。すぐ戻ります」
「はい」
新野は家に戻り、押し入れから緑色のテントと、黒色の寝袋を取り出す。テントは2人用の小型。寝袋は新野が入っても余裕があるので、自分より小さいダリアなら、少し大きいぐらいに感じるかもしれない。寝袋は何度か使用したので、綺麗好きなら不満を抱くかもしれない。……少し汚いかもしれないが、何もないよりはましだろう。水で濡らしたタオルで埃をさっと払う。
急いでダリアが待ってる外の入り口に向かう。
「これはテントと寝袋です。初夏で凍死はないかもしれませんが、地面に直接横になると寝にくいかと思います。先ほどの実験に付き合ってくれたお礼です。遠慮しないで自由に使ってください」
「ありがとう。貴方、優しいのね」
「ちょっと待ってください。テントも居住区にならないのですか?受け取っていいのですか?」
「……これは調査よ。突然、緩衝地帯の森に現れた“家”に“異世界人”。危険があるか調べるのも私の役目なの……。決して、楽をしたいとか考えてないからね」
「調査なら仕方がありませんね」
テントと寝袋の一式は、“壁”を通過して“外”にいるダリアの手の中に渡った。
「これが……異世界のテント……。見たことがない材質、質感。わ、わわあ。これいいです。なあにこれぇ」
カチャ、ジイィーーーー
彼女は寝袋についてる、ファスナーがお気に入りのようだ。何度も、何度も、開けたり、閉じたりしている。そんなに面白いのか?彼女の持ち物や、今の反応、証言から考えてこの世界は科学的には発展はしていない。だが、この世界には魔法がある。
新野の“家”も一種の魔法と考えていいだろう……?衣食住には一生困ることがない。働きたくない自分にぴったりの魔法。力を与えてくれた“神様”には頭があがらない。
ダリアも魔法が使えると言っていた。明日にでも見てみたい。もしかしたら、僕も“家”以外の魔法が使えるようになるかもしれない。
「…………はっ!?ごほんっ、実際に使ってみないと分からないけど、これが『世界』に流れたら世界の常識が変わるわ」
「ああ、そうだ。テントは防水加工をしているので、雨が降っても問題ありません。雨でテントの中が濡れることはないです。設営方法も簡単です。分からないことがあれば聞いてください。一つ、気になることがあります。ここは魔物が出るかもしれないと聞きました。ここに、テントを設営して襲われることはないのでしょうか?」
“家”のすぐ近くで設営準備をしていた、手を止め、こちらに顔を向く。
「この“家”や“新野”を中心に、清らかな、そして……邪を払う“神気”が満ちています。“家”の付近に居れば魔物も嫌がり、襲ってこないでしょう。仮に、私に向かって攻撃してくるなら、迎え撃つだけです。これでも弓術の腕には自身があるんですよ……?」
ニコりと笑い、設営中も肩に掛け、片時も離さない漆黒の弓を新野に見せつける。
心配するのは、余計なお世話だったか。
「では……あの、ヘビフクロウ(トゥティー)の魔物はなぜ僕を襲おうとしたのでしょうか?」
「……知りません」
「は……?」
「もう、テントの組み立てで忙しいから話しかけないで」
「……」
人と接するのは難しい。話しすぎて疲れた。
バイト中は、他人と話すことがなかった。それが、今日一日で1年分話したような錯覚すら覚えた。
その夜、布団の中に入るが中々眠りにつくことができなかった。
社会人となってからは仕事の事を考えて、よく眠れなかった。
今は、仕事の事は一切頭に浮かんでいない。壁を隔てた隣にいる、エルフのダリアが気になって眠れない。
「僕だけ……布団で寝ていいのかな……」
気にしないように、考えないようにと思いながら眠りについた。