ファーストコンタクト
最初に発見した異世界の生き物は、全体的に黒っぽいキメラのような合成生物だった。
蛇のような細長い胴体。背中が黒色。お腹が薄い黄色をしている。顔が梟なのに、口から蛇のような長い舌を出したり、引っ込めたりしている。大きな体を支える、蝙蝠の巨大な羽。全長は大鷲くらいあるだろう大きさ。
青年は勝手に名前をつける。
「……ヘビフクロウみたいだ(蝙蝠の羽は無視する)」
異世界の奇妙な生物を感慨深げに観察していると、ヘビフクロウ低空を旋回する。次に、「ギャーギュィィイイイーーー」と、黒板を爪で引っかいたような声で鳴き、青年に向かって突撃してきた。
ヘビフクロウの胴体から鋭く尖った爪が見える。あの爪に攻撃されたら大怪我をしてしまう。
すぐに、屋内に退避しなければならないと頭では考えている。しかし、体が硬直してしまい、ヘビフクロウが突撃してくる姿に対抗することもなく見続けた。
もう駄目かと思った所、ヘビフクロウは、目に見えない透明の壁のようなものに当たって絶命した。
位置が悪かったのだろう。頭に壁が直接当たったようだ。
「は、はははっは。ついてるぞ。これも“家”に初めから備わっている防衛機能か。危険な生物、現地人との接触にどう対応するか考える手間が省けた。“家”にいる限り僕は死ぬことはない。安全は保たれた。煩わしい人間関係を築く必要もない」
ブロック塀より5M外れた場所にヘビフクロウの死骸は落ちた。
そのままにしても養分として土に還るだろう。
「十分……楽しめた余興だった。そろそろ中に戻ろう」
踵を返そうとすると、こちらに向かって走っている足音が聞こえてきた。森の木の間から一人だけ女性が出てきた。細い体。長い手足。左手に漆黒の弓を持っている。他に人間がいないか確認するも、第三者の存在は判明できなかった。遠くにいるのか、それとも青年に分からないように隠れているのか不明だが存在を確認できない。
その女性は、ブロック塀の入り口に停止して、呼吸を整えているようだ。
青年の存在にはまだ気づいていないようだ。
じっくり観察させてもらう。
白い肌、長髪の金髪に、緑瞳の特徴を持つ若い女性。何より特徴的なのは2つの尖った長い耳。
この特徴ならどのような種族か一発で分かる。“エルフ”か……。
ここはファンタジー的な異世界だったのか。てっきり、科学文明が進んだ世界や、現代とそう変わらない世界か、もっと原始的な世界だとばかり考えていた。…………そうとも限らないか。エルフがいるからファンタジー的な世界だと思ったら痛い目にあうかもしれない。
エルフを観察しつつ、自己の思考に没頭していると、彼女と青年の目線が合った。
何か言わないとまずいと思い、
「こんにちは……?あっ、肝心な事を忘れていた。日本語しか話せなかった。言葉が通じるわけないか……」
「……」
エルフの女(仮定)は、驚いた表情をして、こちらをじっと窺うような視線を向ける。
人見知り激しい僕が、初対面の人にフレンドリーに挨拶して疲れた。
彼女は異世界人。異なる文明、種族、文化を持って暮らしているだろう。
ファーストコンタクトは失敗した。
「……戻ろう。“家”に帰ろう」
異世界に家ごと転移したり、ヘビフクロウに襲われ掛けたり、異世界人と接触した。今日はいろいろあって疲れた。先延ばしになるけど、当初の予定通り、“家”に戻るとする。
エルフの女が敵であろうと、こちらには見えない壁の守りがある“家”にいる限り安全状の問題はないだろう。
エルフが持っている弓を警戒しながら玄関に向かう。
背中越しから、透き通るような高い女性の声が日本語で聞こえた。
「突然の訪問失礼します。私は“百の深緑”のエルフ族のダリアと申します」