触れた手は
亜人……。エルフ側は緊急対策の会議をしていた。いくら騒いでも、異世界から来たる一三番目の加護もちの青年と接触することができなくなってしまった。
直接新野を確認できなくなってから三カ月がたっていた。
季節は冬に。
「――ですから……もういくら我々が大音量の“音”を出しても、“家”に音が届かないと考えられます……」
十人いる会議室に、一人のエルフの女が意見を述べる。
「分かった。“音”の件は了解した。他に意見は……?」
進行役のトゥールが淡々と話す。
「疑似生命体のレイとは引き続き物資の“取引”が続いています。レイに新野の事を聞いても何も答えてくれません。レイを捕獲して尋問すればあるいは……」
「駄目だ。却下だ。我々エルフ……オホン、亜人側の印象が悪くなる。このまま友好関係が崩れるのは避けたい」
そこで黙っていた一人のエルフの男が発言する。
「みなが言わないようなら俺が言おう。誰もが思っていて、口にできなかった言葉。彼……新野といったかね。新野がすでになんらかの事態により、死んだとは考えられないのか」
この言葉に会議室に騒めく。それぞれ胸に思っても決して言わなかった。
その騒めきを止めたのが一人の猿の獣人。彼こそが九番目の死者の魂と会話できる加護を持つとされるアスフォデルヌンス。
「それはないだろう。わしの加護なら生死を確認できる。新野の魂はまだ現世……。つまりあの世に旅立っていない」
「むう……」
新野が死んだのではと言ったエルフの男は黙る。
「動けない、歩けないほどの病気にかかり――」
「それもないな。加護持ちは病にかかることはない。仮に病になっても魔王の治癒の力なら死人以外は大抵治せるだろう。そのことは新野も知っているはずだ。レイを通じて治してもらえるだろう」
魔王は優れた治癒の魔法が使える。その力でエルフの治癒師すら諦めた病を治してくれたことがあった。そのことから、魔王の壊すだけではなく、治す治癒の力も知られるようになった。
「いくら話しても埒が明かない!私が直接話をつける……!!」
このエルフの女こそが異世界から来る新野と初めて接触した者。
一番間近で新野を見て、話して、彼を一番知っている。
「勝手は許さんぞ!ダリア!」
「そうだ!」
「そうよ。ちょっと異世界人と親しいだけで」
「黙りなさい」
少し高い少女の声。その声に怒りが込められていることは誰の目にも明らかだった。
いつも冷静なユリにしてはあるまじき行為。
ユリ……二番目の神との交信をできる“神託”の加護を持ち、エルフ……ひいては“世界”に影響力がある。
「私が“許し”ましょう。ダリア好きにしなさい。天の月舟もこの件に関しても自由に使って構いません」
「おお、まさか新たな“神託”が下ったので!?」
「ユリ様が言うなら間違いはないですな」
「いやいや“、予知夢”でしょうな……」
ユリの言葉で会議室の雰囲気が明るくなる。
「……ダリアは後で私の部屋に来なさい。話がある……。……結局“彼”に会うことはならずか……これも私たちを守るため。“許して”ね。」
「はい、ユリ様。最後の言葉が聞き取れませんでしたが……」
ダリアは申し訳なさそうに言う。
「ううん、何でもないの」
「そうですか」
会議が終わり、ダリアはユリが滞在する部屋に入る。
「ダリアです。失礼します」
「どうぞ」
まだ14、5歳なのに白髪の少女のユリ。黒い目はダリアに向ける。
「それで……お話とは」
「単刀直入に言うわ。ダリア、新野と会いたい?」
「え……?会いたいと考えていますが」
「それはなぜ?最初に新野と接触したから?仕事だから?それとも……好意があるの?」
「それは……」
ダリアは自分の感情がよく分からなかった。
異界の森をパトロール中に“光”を見た。その光景は凄まじく、まさしく“神の存在”を感じ取った。その“光”の先で出会った者こそが、最高位の神に愛され、異世界から来訪したヒト族の新野。
始めは仕事のつもりだった。だが、話をしているうちに……私は……だけど、いや……。
「今はまだ自分の気持ちがよく分かりません。ですが私が新野と会うべきだと思います。会いたいです。そして“話し”たいです。もっと彼の事を知りたいと考えています」
「“話す”だけで満足するのか?今なら新野と“触れ合う”ことができる魔法の言葉を教えてあげよう」
“触れ合う”それはダリアにとっても驚きの言葉。新野の“家”には“結界”がある。何人たりとも侵入が出来ないことは確認済み。魔王に人間側がいくら試してもどうしようもなかった。流石は最高位の神の加護の力。
それに、新野は“外”に出る気はないようだった。いくら破格な好条件を提示してもうんとは言わない。それを無理やり外に出させていいのだろうか。
迷い、でも決心した。
「……教えてくださいユリ様。新野を“結界”から“外”に出す魔法の言葉を……」
「それは――」
冬の冷たい風が吹く。異界の森は恐ろしく静かだった。
丁度正午になろうかという時間なのに、薄暗い。黒い雲が空を覆い今すぐにでも雨が降ろうかという天気だった。
天の月舟は新野が住まう“家”の“外”にある空き地に降り立つ。
ダリアは“家”に向かう。ダリアが身に着けている服は新野から贈り物。
「新野!聞こえていますか?ダリアです。どうしても話したいことがあります。どうか、“外”に出て来てもらえませんか!?」
それから一時間、凍えるような寒さの中、ダリアは“外”で一人待つ。
彼はきっと来る。そう“確信している”
玄関の開ける音が聞こえ、中から一人の青年が出てきた。
「久しぶりです。ダリア」
懐かしい声。
いつもと変わらない声。
だが、どこか新野の雰囲気が変わっていた。どこがと問われても答えようがないが。
静かに二人は会話をする。近況報告。ゆったりとした時間が流れる。
寒さを感じなくなっていた。
ダリアは最初に会った時と同じように、透明の結界の壁に、右手を当てる。
少し冷たく、硬い感触がする。
言葉を言わずとも、こちらの意図が通じた。新野も左手をダリアの右手に会わせる形で合わせる。
ほんの数センチ。そぐそばに彼はいる。存在している。確かめたかった。新野は存在しているのか。ダリアは“触れ”たかった。
ユリに教えて貰った言葉それは――
「好き」
「えっ……!?」
新野は動揺しているようだ。私も恥ずかしい。もっと言いようがあろう。いきなりで……。顔が赤くなる。気のせいではない。産まれてから抱いた初めての感情。いままでもやもやしていた気持ちがすっきりした。
新野にも変化があらわれた。ダリアはその瞬間を見逃さない。
新野の手が“家”から“結界”を超えて、“外”に出た。
思わず、新野の手を引っ張る。
ダリアの手は新野の手と触れ合う。
触れた手は確かに熱があった。
新野は確かに“存在”していた。
2




