美しい
新野には悩みがある。異世界ミールに召喚されて、現世の全てのしがらみから解放された。特に、労働を免除された唯一の人類であろう。ただ、静かに“家”で生涯を終えるつもりでいた。しかし、異世界の住民はそんな新野のことを放っておいてはくれなかった。連日、日夜問わず、チートの“家”に訪問してくるようになった。
そこである決まりをつくった。
“家”から3キロ圏内の無断侵入の禁止。
月曜日を人族との会談の日。
火曜日を魔王との会談の日。
水曜日を亜人との会談の日。
木曜日・金曜日を雨のため中止になった日の予備日として……。
時間は午後から日没までとした。
本当は“家”に籠り一切“外”に出るつもりはなかった。だが、“外”で連日・昼夜問わず騒がれては我慢が限界にきた。仕方がなく。それぞれヒト・魔物・亜人側と接触する日を設けた。
働きたくないのに、訳が分からない展開になったと悩んでいる訳である。
今日は水曜日。亜人側が接触しに来る日。
“天の月舟”(見た目がUFO)から降りてきたのは成人男性のヒトと同程度の背丈の猿。服は着てる。体毛が濃いので薄着だった。彼は猿の獣人種のアスフォデルヌンス。名前が長いのでアスと呼んでいる。アスは九番目の死者の魂と会話できる加護がある。アスはレアの支配の加護に支配されていた。
エギムーが新野の加護である“家”の中に転移しようとして、支配の加護から解放されたことを思い出した。
ならばと思い、“家”の“結界”に触れろとアスに助言した。案の定、アスはレアの支配の加護から抜けて自由の身になった。それからはなぜか新野に好意的に接触してくるようになった。決して自分からは使おうとしなかった冥府の加護を、新野の為ならと、自由に貸してくれるようになった。
ただ、アスの冥府の加護にも条件があると告げられた。
発動条件の時間は、丑三つ時(午前2時)前後。特に満月の日なら確実にできると……。
アスが新野側についたのなら黒龍もレアに従う必要はなくなる。
自然に黒龍の子はレアから離れ、レアも姿を消した。ここ数週間は姿を見せていない。
「新野君、元気かい?」
「いつも通りです。アスも元気そうでよかった」
「はは、レアの支配から解放されたからですかな」
アスの表情はいまいちよく分からない。が、笑っているようだ。年齢は新野の父親程離れてると言われた。
「ダリアはまだ(UFOの)中ですか?」
「ええ。そろそろ出てくると思いますよ」
ナニカ含みでもあるのか、すこし声のトーンがいつもと違うように聞こえた。
美人と会えるのだ。多少楽しみにしてもいいだろ。
「おじさん。おじさん。お腹空いた。アレ頂戴」
「……誰がおじさんだ」
アスのすぐ近くに黒龍の子エンドウがいた。年齢は7~9歳くらいだろうか。
普段は人の子の姿。戦闘になると黒龍の姿に変わり無類の強さを発揮する。
エンドウのことを最初は暗い子だと思っていた。アスと暮らすようになって、少しずつ元気な生意気な子になってきた。
「新野君、すみません。うちの子が……家についたらきつく言い聞かせておくので」
アスはエンドウを養子として引き取った。実の子のように面倒をみている。
エンドウもアスを父として認識するようになった。
冥府の加護で母との接触することはなくなった。
「坊主、アメでも舐めてな。準備したら持ってくるから」
投げたアメは放物線を描いて、結界を通りこし、エンドウの手に渡る。
「ありがとうー」
「歯はちゃんと磨けよ」
「平気だよー。魔法でピカピカにするー」
そうだった。こちらの世界では虫歯になることはない。
魔法が一般的に使われ、虫歯予防の魔法が存在する。
便利なことだ。
自分は加護があるから病気にはならないと思う。万が一というか、習慣があるので歯磨きはしっかりするが。
やることは変わらない。亜人・人間・魔物と会話して物資を提供するだけ。無料で提供はしない。魔物からは魔境の珍しい果物と交換する。魔境の果物は、見た目に反して、甘くみずみずしくて美味しかった。
段ボールに詰めれるだけカップ麺を入れる。
「レイ、後はいつも通りに頼む」
「ハイ」
銀色の金属の外観の人型ロボットのレイ。レイは軽々と段ボールを持ち運ぶ。
チョコバーを数本掴み庭に出る。
待っていたエンドウにチョコバーを投げ渡す。
黒龍はチョコがかなりお気に入りのようだった。会うたびに欲しいとせがまれる。
結界越しで適当にアスやエンドウと会話している。
そろそろ一時間も話しただろうという時に彼女が現れた。
アスが何か隠している理由が分かった。
ああ美しい。そう思った。最初に会った時の服装ではない。2度目に会った時の白い絹の貫頭衣でもない。その服を例えるなら……。
じっと見つめていると、目が合う。ニコリと笑う。
「どうですか?新野に頂いた異世界の服は。おかしくありませんか?」
くるっと一回転をする。
「ああ、とてもいい!」
その声は本心だった。
エルフたちが色気を使い新野を“外”に出そうとした作戦。目のやり場に困った。器量のよいエルフの女性が薄着になったり、肌の露出を多くして……。
特に新野はエルフのダリアに目が釘つけだった。異世界に飛ばされて最初に会った女性。
その時からぼくは……。
考えからダリアの少し怒ったような声で現実に引き戻された。
「少しお昼を過ぎてしまいましたね……。約束通り、今日は私が腕をかけて作った料理を振る舞います」
「期待してます」
そろそろ夏が終わる。




