姉
黒龍による攻撃が始まる。龍といっても東洋の概念の蛇型の形ではない。
大地を震えるほどの唸り声を上げて、黒龍は壁に体当たりをした。例えるなら、先ほどの巨人族の血を引くミラの攻撃がトラックに衝突された威力。こちらは、ミサイルや大量の火薬が爆発したようなとてつもない衝撃だった。
「これほど……の威力とは。人間と龍種の混血種でこれなら……一体純血種では……」
レアが驚いている。
新野も違う意味で驚く。“外”は地面が数メートルもえぐれ、土埃が空中に舞っている。なにより“家”と“外”を隔てる“結界”はびくともしない。傷一つついてるように見えない。今の威力から考えて、物理的にこの壁を破壊するのは不可能と断定していい。結界の、『入る者を拒み、出る者を追わず』この効果を実証できたことは大きい。
「どうやら切り札とやらも、無駄なようでしたね?」
ミマス帝国の連中を煽る。使者だった男はミラ王女の登場と、黒龍を見て森の中に逃げて行ったのを確認した。
「くっ!しかし……」
“支配”する加護を持つレアは悔しそうな表情をしている。こいつに支配されたら自由はなくなる。それだけは勘弁願いたい。しかし、まだあきらめてはないようだ。レアは辺りをきょろきょろと見て、顔をこちらに向ける。
目には再び力が宿り、新野を屈服させてやろうとする気概がみえる。何か企んでいるのか?もうやつらの切り札はないはず。物理的に結界を破れないことは今の事で分かったはずだ。物資の補給を途絶えさせる作戦でも考え付いたのか?無駄だね。“家”には、無限に食料や水があるので、飢えに苦しむことはない。加護により病にかかることもない。
「新野真と言ったね。ボクはレア。条件次第で何でも“支配”できる四番目の加護を持つ。新野の加護は何かな?見たことも、聞いたこともない建造物の異世界の“家”。家の周りを囲い込み全ての侵入を拒む“結界”。それに“異世界人のキミ”。この話は今は置いとこう。まずはボクの話に付き合ってもらおうか」
「いいですよ。黒龍という貴重な存在を間近で見させてもらえましたので。ただ、これ以上話す必要があるんですか?貴方たちがいくら武力で脅しても、僕は“家”から出ませんよ?」
「悔しいけど、当面の戦力では結界は壊せない。“今”は……まだね……。だから別方向から攻めることにする。ボクが支配しているアスフォデルヌンスは、死者の魂と話せる九番目の冥府の加護を持つ。そこで提案だ。“家”から出てボクたちと交渉してくれる意思があるなら、キミに死者と会話させてあげよう。キミにも分かるだろ?大切な誰かを失った悲しみが。アスフォデルヌンスの一族は死者と話せる冥府の加護を持ちながら殆ど使ってないんだ。勿体無いよね?だからボクが支配して有効に使ってあげてるわけ」
過労死した父。自殺した母の事を思い出した。
新野は目を瞑り静かに話しだす。
「この世界に来るまで神の存在を信じてなかった。だが、何かの縁で異世界に来て、“神の声”を聞いた。加護という力を授かった。確かに神はいるんだと思う。その時、神に“触れた”気がする。神がいるのならば、死後の世界も存在してもおかしくはないと思う……」
「なら……!」
レアが勝ちを確信したような嬉しそうな声を上げる。
「だけどね、この“家”から自分で“外”に出ることはない。どうしてもというなら俺を力ずくで“外”にだしてみろ。まあ、無理だと思いますが……ね」
新野とレア達は互いに結界越しに対峙する。新野は一歩も引く気はない。
なぜ引きこもれる環境を捨ててまで外にでなくてはいけないのか。
両社の間の空間がぐにゃりと歪む。
そこから二本の角を持ち、蝙蝠の羽を持つ悪魔の恰好に変化したエギムーと、メイドの服装の女の子。さらに、太陽のような眩しい煌めく長い髪の赤目の女が現れた。
エギムーが別れの際に、魔王がどうたらと言っていた。
状況から見て赤目の女が魔王だろう。外見は人間と変わらない。エギムーのような変化の魔法で姿を変えているのか。分からないが、外見からはあまり強そうには見えない。メイドは耳が猫耳だった。
「どうも」
悪魔の姿のエギムーがかつての主人に挨拶をしていた。
「こいつ!新野に負けたくせに、よくもおめおめとボクの目の前に来れたものだな。エギムー。それにそいつらは何だ。なぜお前がここにいる!!」
「嫌々従ってたのは分かっていただろ?オレはもう自由の身だぜ!お前の命令には聞かない。いつまでも主人面するな」
「で、いつになったら私たちを紹介してくれるのかな?」
やや高い落ち着いた声の女性。赤髪の女。彼女が話すと空気が凛とする。皆も話声を止め、彼女の方を向く。
「すんません。こちら居られる方は魔物の統治者であられる魔王。クローバー様だ。横にいるのは……メイドのシャロンだ。新野にどうしても一目会いたいと言われてな。自分の転移の魔法の力を貸して欲しいといわれちゃあな。で、あそこにいるのが異世界人の新野」
周りは魔王という予想外の登場に驚きを隠せない。
「まさか……魔物達を統括するしてるものがいたとは……。エギムー、なぜ黙っていた!」
「聞かれなかったからな」
「300年周期で襲っていたのも理由があったのか。こいつらのせいで多くの……」
魔王は周囲を騒めきを無視して、新野の近くまで寄る。
「……!」
クローバーと言われた女は新野の顔を見るなり固まる。
「……?」
「……シン?」
「はい?名前は新野ですが……」
魔王の赤い瞳から涙がぽろぽろと零れる。
「嘘っ、そんなことが……。どこかにシンくんの魂が転生する可能性も考えていた。だけどそんな奇跡のような確率が……!もう現世では会えないと思っていた。姿は変わっちゃたけど私はシン君のお姉ちゃんなんです。あの時は守れなくてごめんね……。だけど、もう誰にも負けない力を手に入れた。今なら世界を“破滅”できる力がある」
「何を言っているのかよくわからないのですが……」
それからクローバーから説明を聞いた。
かつて、魔王がヒトだった頃の話。そして、狂気に一人で立ち向かい死んだ弟の話を……新野の前世がその弟のシンだという。
「転生の概念は分かります。貴方の話が」
「その呼び方はやめて。私はシン君のおねえちゃんでしょう。だからおねえちゃんと呼んで」
「……は?……ちょっと待って下さい。今の話が全て真実だとします。僕は24歳ですよ?貴方はどう見ても20歳未満でしょう?10代後半にしか見えない。それなのにその呼び方は……ちょっと」
クローバーから恐ろしいことを聞いた。もう数千歳生きているらしい。
「で、僕の前世?がクローバーの弟である話に証拠はあるのですか?」
「分かるの!だって、わたしはシンくんのおねえちゃんだから」
「……は?」
話が通じない。どうしよう。
“家”に帰りたい。




