冥府
「……私の全てを捧――」
新野はミラの話を最後まで言わせない。
「駄目だ。吊り合わない。足りない。全然足りない」
感情が今までにないくらいに高まる。見知らずの女の子にも容赦はしない。目の前にいるこいつらを“破滅”させてやりたい。なぜかそう思った。自分が分からない。十三番目の加護の力を授かり“力”に酔っているだけだろうか。それともこれが自分の本質なのか。
「もっと、知的な方だと思っていました……。残念です。レアの“支配”の加護の効果を破った“力”を拝見して、もしや……私に相応しい未来の夫だと思ってました。どうやら間違いたったみたいです。見込み違いでした」
「勝手な都合を押し付けないでもらえますか?」
2メートルを超す身長を持つミラに対して一歩も新野は引かない。不死の加護を授かり、巨人族の王の血を引く者の末裔か。威圧感があるな。
「言葉はもはや不要ですね」
“結界”がある所までミラは進む。ぺたぺたと手で触っている。
「これが……レアの加護の力で見た結界ですわね。この程度の壁、私が本気になればっ!」
空のように真っ青なドレスを靡かせ、蹴りを“結界”にいれる。
ドン
“結界”が震える。トラックが家に衝突してきたかのような強い衝撃を感じる。
「まだまだですわ」
その後何度も蹴りを入れる。衝撃が加わり、空気が震えるが、それだけだ。ガラスのような質感を感じる結界が砕けるような事態にはならない。一番目の加護をもつミラですら“家”には入れない。唯一自由に出入りできるレイは既に仕事を終えて家で充電している。
ミラは肩で大きく息をしている。もう彼女に興味はなくなった。
「僕は昼寝をしたいので“家”に戻りますね。さようなら」
「ま、待ちなさい。レア!」
中性的な容姿をした男が動き出す。こいつがエギムーから聞いていた他人を“支配”できる加護を持つレアか。
「ようやくボクの出番か。長かったな。ミラ。前にも話したね。ボクの“支配”の加護の事。そして、残り一つの“支配”の枠の事を。エギムーがそこにいる新米の加護持ちに敗れたけど、まだ本命はいる」
「ええ。エギムーとなんとか鳥以外にもう一つ枠があるのでしょう。さっさとその切り札を出しなさい」
「エンドウ。ママに会いたくない?」
「ママ!ママにまた会えるの?会いたい。会いたい」
「いつものように言うこと聞く?」
「うん、だから会わせて」
声の主は暗い表情の男の子だった。彼は何者だろうと不思議だった。彼も加護持ちなのか。それとも何か魔法で“家”に侵入しようとするのか。男の子は長い前髪で目が隠れている。黒髪に隠れた目が一瞬風でめくれた。爬虫類のような縦型の瞳が一瞬見えた。
「難儀なことよのう……」
ぼそりと小声で猿男が呟いたのを聞き逃さない。
男の子の体が大きくなったような気がした。いや、気のせいではない。
一回り、二回りとだんだん大きくなる。やがて、服を破りその正体が分かった。体長が山小屋くらいありそうな黒龍だった。黒い鱗。黒い瞳はこちらを見下ろしている。首周りに黒い毛のようなものがある。
「龍?」
「これがボクの切り札だよ……。死者と会話できる“冥府”の加護持ちアスフォデルヌンスをボクが“支配”した。アスフォデルヌンスがはぐれ“龍種”を従える。間接的にはボクが一番上だね。さあ、“最強種”のエンドウ。結界を壊せばママに会える」
冥府の加護は猿男の事か。ミラの発言から死者と会話できる恐ろしい加護持ち。男の子は母親と会話したくて従っているようだ。依存度からみてこちらに寝返ることはできそうにない。加護は魔法がある異世界でも特別な力がある。しかし、何かしら条件がある。新野の“家”のように場所を固定されて動けないように。ミラも支配する枠があると自分でばらしていた。
今警戒すべきなのは、加護持ちでさえ支配してしまうミラの力のことだろう。




