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チートの家に引きこもる  作者: ニビル
第二章 外
23/37

想いの力

 助けて、誰か……。


  助けてお願い。私を……。 


   これ以上苦しむのなら、私を……殺して。



      

 やがて、救いはないと気づく。少女は神に恨みを吐く。最愛の家族を失い、自身を汚され、信じていた者に裏切られ、全てを失っても、心の奥深くに宿る“復讐”の想いは、年々増すばかりになる。


 どうか……私にヤツラを……獣どもを滅ぼす力を……。


 いや―― もうそれだけでは私の気が済まない。世界の“破滅”を望む。

     

 弱かった自分。何も知らず、何も守れず、ただ怯えて泣くだけの私。


 泣かないで。


 お姉ちゃんにもっと勇気があれば……。全部終えたら、そちらに行くからね……シン。



 「う……ンッ……、昔の……。嫌な夢を見た……。それもこれも全部、300年振りの加護持ちの出現のせいだ……」


 薄目を開けて、目覚める若い女。高い声は不快そうに聞こえる。

 甘い香りが漂う小さい部屋。白い床、汚れや塵一つない。清潔感を感じる部屋。部屋の中には樫の木のベットと、小さな丸いテーブルがある。ベットの脇のテーブルの上には、水差しと透明なガラスのコップがある。部屋の片隅に、女性の持ち物とは思えない、古びたおもちゃの木剣がある。先が少し黒く焦げて、欠けている。

 二度寝をして、寝汗を吸った下着を脱ぐ。

 下着の下からは、真っ白で長い肢体が現れた。

 左腹部から右の乳房の下あたりまでに、刃物で傷をつけられたような痛々しい跡がある。

 首に、半分黒く焦げた不器用な形に細工された木のペンダントが見える。

 真っ赤な太陽のように煌めく長い髪の女性。真紅の瞳は窓を通り抜けて、血のように染まった空を見上げる。

 女はジグラス山脈の北に位置する大地にいる。魔物の楽園。その場所は、人間や亜人からは“魔境”と呼ばれ恐れられている。

  

 「シャロン」

 「ここに……」


 空間が歪み、現れた小柄な少女。眼鏡をかけたメイドの服装。

 人間にはない少女の猫耳がピクピクと動く。

 無言でメイド姿の少女は、赤髪の女性に黒ドレスを着替えさせる。

 手慣れたような仕草で素早くこなす。


 「お前も聞いたか……?夢で“最高位の神”からの……」

  

 メイドの少女は小さく、コクンと静かに頷く。


 「……異世界から遥々呼ばれるぼどとは……。一体どれほどの“強い想い”を胸に秘めていているのだろうか。最高位の神からどのような“加護”の力を授けられたのか……。推測になるが、一三番目の加護の力は私と同じく、加護の中でも少ない“世界”を変える力がある。私は世界に絶望した。皮肉なことに、神から六番目の加護を授かった。その六番目の加護の力をもって、魔物を使役し、300年に一度下界に侵攻しても、まだこの胸に宿る想いは消えない。人間共を破滅を……世界に滅亡を……」


 赤髪の女は知らない。文字通り、死ぬほど働きたくないという新野の強い想いを――


 女の怒気により、部屋が揺れる。

 室内の温度が上がる。

 

 「“魔を統べる王”……魔王クローバー様。御止め下さい。それ以上やると……お部屋がっ……」

 「う、すまん……つい」

 「つい……?」

 「あー、もうぅ」


 メイドの少女は笑っていた。からかわれたことに気づいた魔王クローバーも笑顔になる。


 「我らには龍種との“密約”がある。私たちの様に、魔境にいる魔物・・は、表立っては300年に一度しか山脈を越えられない。だが、私もあやつに直接会ってみたい。何を“想い”、力を手にしたのか興味がわいた。もしかして私と同じ絶望に囚われた者かもしれん。話を聞く価値はある」

 

 魔王はコップに水を入れて、一気に飲む。


 「シャロンの転移の力でも山脈越えは無理か?」

 「私に無理という言葉はありません。ただ、一度に転移できる距離は数キロまでです。何度も何度も転移を繰り返すことになります。一緒に転移できるのは私と後、手で抱えられる数を考えると一人だけですが」

 

 魔王は思案顔で外を眺めている。


 「……ん?思い出したぞ。あの転移の魔法が得意の小僧がいただろう……。たしか名前は――」

 



 ◇




 私がまだヒトだった頃……。


 遥か昔、“世界”を変えることになる大事件が起こった。始まりは“六番目の加護”を授かりし者の死。原因は、たった一人の男の手にかかり、あっさりと殺害されてしまった。

 加護とは、神に愛され、神から直接力を与えられし者と伝わる。尊敬、敬われることはあれども、嫌われることはない。

 加護を受けし者は、基本的に“病”にかからず、天寿を全うする。また、子孫繁栄の為に異性に好かれやすくなる。それは事実である。天の神から与えられた“加護”は、世界ミールでは特別視されている。

 なぜ、“世界”を変える力がある“加護”持ちが死ぬことになったのか……。世界は混乱する。

 六番目の“魔”を祓う加護。今でこそ、ジグラス山脈より南の大地は魔物はだいぶ減り落ち着いている。しかし、当時のパルティノア大陸は、魔法があまり発達しておらず、まだまだ魔物が多く、人と亜人は魔物と生存競争をかけて命懸けで戦っていた。

 ちょうどその頃、“ヒト”が治めるバルッサ王国で、待望の六番目の加護持ちが現れた。

 その“加護”の力は、誰も彼もが敵視していた魔物を……“魔”を祓う力。

 徐々にであったが、六番目の加護を持つ、テグチの力でバルッサ王国から魔物が去り始めた。そのかいもあり、世界で唯一の安全で、平和な国として、バルッサ王国への移住希望者が増えた。

 テグチの力を認めた王は、娘とテグチを結婚させて新たな時代に備えようとした。

 バルッサ王の娘は、自国を救った“英雄”のテグチに好意を抱いていた。

 テグチも美しい王女と結ばれることを望んでいた。

 ほどなくして、二人は結ばれた。そして、バルッサ王国は繁栄を約束される。



 六番目の加護の庇護の元、バルッサ王国は仮初の平和の時代を迎える。

 王都の郊外に、当時でも珍しい、4階建ての家がある。赤いレンガと白く塗装された屋根。4階の一部がテラスになっていて、王都の景色を一望できる造りになっている。周囲の住宅と比べても数十倍大きい家。敷地内に使用人の家が数軒建つ。家の周囲には黒い鉄の柵が張られ、庭には綺麗にカットされた木が均整に並んでいる。使用人がちらほら働いているのが見える。門には屈強な体格の男の警備が周囲を監視している。その様子から、中に住まうものの財力、権力の高さが分かる。


 豪邸の一室に、黒と赤が混じったようなくせっ毛の髪が印象的な、一人の幼い少女がいる。外見は母親譲りの白い肌。真紅の瞳。薄い唇。儚い印象を受けるが、口元は笑みを浮かべて、今日も何かイタズラをして、みんなを驚かしてやろうと考えている。

 

 「退屈なのー。母様はあんせいにしてあげないといけないし。お医者さまのお薬を飲んだら、すぐに寝ないと病気は治らないって言うしね。いつになったら治るの?」


 手に持った猫の人形に話しかける。

 

 「おねえちゃん、あそんでー」


 弟は自分の部屋があるのに、すぐにわたしの部屋に遊びにくる。

 お気に入りの人形と遊んでいた女の子は、弟が近くにくるとお姉さんぶる。

 この子はわたしの4つも歳下。弟のシン。異母兄弟で母が違う。黒い髪に、茶色大きなの眼はいつもクリクリと忙しなく動いている。そして、わたしにまとわりついてくる。まるでそこがシンの居場所とばかりに。

 父は外見がよく、莫大な資産を持つ大富豪。最近は加護について研究している。時のテグチ王にすら面識がある父は、たくさんの女性から好意を向けられていた。王都を供と散歩していると、父と見知らぬ女性と歩いているのを見かけた。いつも違う女性だった。わたしに母は違うけど、弟がいると知った。

 シンの母が死に、父がシンを引き取ると言った。シンを紹介された時、わたしの母様を取られてしまうと思っていたが、もう気にしない。

 だって、わたしは――


 「おねえちゃぁーーん」

 「なぁに?」


 ぎゅっと小さな可愛らしい手でわたしの服の端を掴む。

 

 「あのねー。けんであそぶのー。これ、シンくんのけん」

 

 シンは子供用の木剣を持ち、振り回す。


 「てぐちさまみたいに、わるいまものをたおすの。みてて。びゅーーん、ぐわああん」

 「う、うん。すごいね。その剣はどうしたの?」

 「パパにかってもらったーー」

 「あ、危ないから人に向けたらだめだよ……?」

 「うん!」 


 よほど木剣を買ってもらったことが嬉しいのか、国の英雄テグチの真似をして弟は木剣を振り回してる。


 その時まで―― 家族四人と使用人に囲まれて、わたしたちは幸せに暮らしていた。


 朝方、屋敷は騒がしくなり目が覚めた。

 誰もわたしを起こしにこない。いつもなら早く起きなさいって叱られるのに。

 意を決し、部屋から外へ出る。


 「ねえ、さわがしいけど、どうしたの?」


 廊下にいたメイドの女に話しかける。

 最近入った見習いのメイドの女の子だ。


 「おはようございます。クローバーお嬢様。そ、それが……お嬢様のお耳にいれて良い話なのか……」


 おろおろして周りに助けを求める。しかし、誰もが忙しそうに動いている。

 何かおもしろそうだな。その時は退屈しのぎにはなるかなと簡単に考えていた。


 「いいから話して。いい!これは当主だいりの命令よ」

 「わ、わかりました。お、おお、落ち着いてきいてくださいね。テグチ王が旦那様によって殺害されました。も、もちろん、デマや嘘だと思いますよ?あの優しい旦那様が……」

 

 その日を境に世界は反転した。

 

 役人に連行された私は、病弱な母の代わりに、父について尋問を何日にもかけて受けた。国は父の背後にいるであろう存在。六番目の加護を恐れた敵国。または、亜人側との関係を探っていた。問われても、何度も「知らない」としか言えなかった。子供のわたしに分かるわけがない。当然役人も分かってるはずだ。

 捕らえられた父は激しい拷問に受けた。最後に見た姿はボロボロになった服装。やつれた顔。太陽が真上に昇った時刻に公開処刑された。わたしは役人に連れられて、父の死を“無理やり”見せられた。瞼に焼き付く光景。わたしが死ぬまで忘れられない強烈な出来事。死ぬ間際、放った一言。「六番目の加護は“世界”に破滅をもたらす。私の行いは決して間違いではない」そう言い残し、大罪人として首を断罪された。父の目は最期まで開かれ、を見ていた。その目はわたしを責めているように思えた。


 六番目の加護を失い、魔物が国内に蔓延るようになって民衆はパニックに陥る。

 やがて、矛先を英雄を死に追いやった父の家族にまで向け始める。

 危険なので、外を一人で歩けなくなる。


 「あいつが神殺しの娘だ」


 ひそひそと噂されるうちはいい。だんだんと群衆はエスカレートしていく。大人たちに囲まれ命の危険を感じるようになった。

 次の日、食料を買いに出かけた時に、小石をぶつけられた。逃げるように少女は家に帰った。

 民衆は知ってしまったのだ。テグチ王に跡継ぎはいない。加護は直系の子孫に遺伝する。つまり六番目の“魔”を祓う加護は永久になくなってしまうということだ。


 当時、わたしは幼くどうにもできなかった。わたしは分からなかった。父のことを知らなかった。知ろうとしなかった。なぜ加護を持つ英雄テグチを殺害したのか。父は六番目の加護の研究で何を発見したのか。

 

 「ねえ、おねえちゃん。メイドさんたちは?どこにいるの?」

 「屋敷から人がいなくなっちゃったね」

 「なんでだろう。おなかすいたー」

 「うん、わたしもお腹空いた。料理はしたことがないけどお姉ちゃんが皆の分をつくるからね」


 広かった屋敷にはわたしとシンと病弱の母。数人の古参の使用人しか残らなかった。わたしの父に忠誠を誓っていた家令も、騒ぎが起きた後、ほどなくしてどこかへ消えてしまった。屋敷の中にあった、骨董品・美術品・現金とともに……。 

 家に備蓄してあった食料と、庭で栽培していた野菜で飢えをしのいでいた。

 外に出たら何をされるか分からない。役人の恐ろしい顔。王都の住人のわたしたちを見る目、態度も変わった。

 だけど、そのような生活も長くは続かない。全ての食べ物が底をつく。

 どうしていいかわたしには分からない。

 お医者様もいつの間にか診察に来なくなり、母様の容態は悪くなる一方だった。

 クローバーが覚えた“治癒”の魔法ではどうにもならなかった。

 わたしがなんとかしないと。

 シン君のお姉ちゃんなんだから。

 自分より弱い弟を守りたい一心で、クローバーはここまで平静になれた。

 


 

 母の叫び声。目を離した数秒のすきに、シンが母のいる寝室に駆けだした。


 「まちなさい」


 母の寝室に部屋に入る。

 ムッと熱気が広がる。

 知らない裸の男たちと、乱れた服装の母がいた。最初は何をされているのか分からなかった。ただ、よくないことだとは分かる。「シンを連れて逃げなさい!どこまでも早く」久しぶりに聞いた母のはっきりとした声。男達の視線がわたしと弟に向けられたすきに、母様が隠し持っていた短刀で自分の喉を切り裂く。母の手から小刀が落ちる。喉から血が流れだす。もう……助からないと一目見て分かった。

 母の首には、わたしが以前プレゼントで渡した自作の不細工な形のペンダントがあった。プレゼンとに母は大変嬉しがり、高名な魔道具の技師に“魔法”を付与させた。効果は持ち主の死をキーにして、害意ある者の行動を一時不能にさせるという効果がつけられていた。

 わたしは「逃げろ」と言われても動けない。シンの泣き声が隣から聞こえる。2つのパッチりとした目から涙の粒がボロボロと零れる。

 

 「このガキらはどうしやす?」


 小さなわたしでさえ分かる狂気の瞳をした若い裸の男。

 怒らせると何をされるか分からない。

 ただ、怯えて、怖くて声が出なかった。なんでわたしたちが酷い目に合うの……。

 ペンダントの効果はまだ……なの!


 「オレはガキには興味がないが、こいつらのせいでオレの倅が死んだ」

 

 山賊の頭みたいな怖そうな顔。顔の半分は濃い髭が覆う。見上げるほどで大きい背丈の男。こいつが……こいつが……男たちのまとめ役か。そして、母を死に追いやった相手。


 「へ?」


 わたしは思わずうわずった声が出てしまった。


 「立派な屋敷にいるお嬢ちゃんには分からんか。“魔”を祓う加護持ちを失い、国はパニック状態なんだよ!くっそ、そのせいで倅が……」


 隣で涙をボロボロと流していた弟が動く。


 「ママをいじめるなーー」


 弟はまだ母の死を理解できていない。木剣を振り回して、山賊の頭に独りで立ち向かう。

 わたしは……こわい。こわくて、動けない。誰か、助けてよ。シンの背中を見つめることだけしかできない。


 「ちっ、邪魔するな」

 

 シンが山賊の頭に、右足で蹴られる。


 「あっ」


 シンの体が宙に浮き、床にぶつかる。

 

 「あっ、あっ、あ……シン……!?」


 怖くて固まって動けない体が自然に動く。シンの傍に駆け寄る。

 大男の体が蛇に睨まれた蛙のように身動きしない。ようやく、母のペンダントの効果が現れた……。だけど……。

 シンの目線が定まっていない。表情が硬くなり、目が次第に閉じられる。


 「お、おねぇ……ちゃ……」

 「ここにいるよ!シン!しっかりして、すぐにお姉ちゃんが“治して”あげるから」


 必死で拙い治癒の魔法を使う。だが、シンの呼吸が止まったままだ。何度治癒の魔法をかけても目を開けない。

 

 「ねえ目を開けてよ」


 幼いわたしの弟シンは……死んだ。死んだのだ。わたしが勇気を持っていればっ……。 


 「うあああぁあああ」


 記憶は曖昧になる。


 覚えたての火の魔法でヤツラを燃やす。

 行動不能の効果を自力で破り、決死の覚悟で切りかかってきた男。全てを燃やし尽くす。

 クローバーが瀕死の重傷を多いながらも、治癒の魔法で傷を癒し、王都を脱出した。弟の遺品である木剣と、母にあげたペンダントと共に……。

 全てを失い、感情の整理が追いつかない。丘の上から焼ける屋敷の黒い煙を眺める。

 心の奥に“復讐”の真っ黒い火が灯る。

 

 「なぜ、わたしだけが……」


 泣いて弱いわたし。

 

 「ごめんね……ごめんね」

 

 神を恨み。ひたすら世界を 人間を獣を恨む。 

 その“強い想い”に応えるように、14歳を迎えた時、体に異変が起きる。

 クローバーは“ヒト”から“魔”に変わる。

 それだけではなく、忌諱していた六番目の加護をクロ―バーが授かる。

 そして、六番目の加護の本質に気づいた。


 「ふふ、そういうことだったの……。“魔”を祓うどころか……逆に“魔”を産みだす力」


 加護の本当の力は保持者にしか分からない。


 「父さんは間違っていなかったのね……。でも、もう無駄ね。私が“世界”を“破滅”させるから。こんな世界滅んでしまえばいい」


 数年後、バルッサ王国は魔物によって地図から消滅した。

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