一三番目の加護
緩衝地帯の森の奥深くで会った、青年の事を話してから伯父の様子がおかしい。いつも優しい伯父が、見たこともない険しい顔つきをしている。
トゥール伯父さんの真意は何だろうかと考えた。
一つ、気になることを言っていた。彼は異世界の王だと……。
「確かに異世界人の新野と接触しました。しかし……王?」
「もう呼び捨てで、呼び合う仲なのか……。今はそのことは不問とする。王については後で説明する。それよりも、彼について知っていること。背丈、容姿、種族、特徴。何でもいい。全て覚えてるだけ教えてくれ」
ダリアが新野に出会う直前からの行動を、思い出し、心の中で整理しながら説明をする。魔物が増えすぎないように間引く。人間が越境してこないか監視中という任務中に、神々しい光を見たこと。光の元に、誰よりも早く到着すると、森の中に“家”と“異世界の青年”が存在したこと。新野との証言から異世界から神様に召還されたこと。彼の世界では魔法は存在しない。それゆえに、魔法に並外れた興味関心があると思われるのに、魔法の素質は一切ない。その代わりに、神々から与えられた十三番目の加護を持つだろうと、独自の見解を付け加えて述べる。
「種族は人間種か……。して、性格はどうだ?エルフであるダリアを忌諱していたか?」
「攻撃的な性格というより、その逆です。内向的で大人しい印象を受けました。(別れ際、豹変した態度について発言するのを躊躇う)異世界人である新野の故郷は、知的生命体が人間種しかいないので、エルフの事を珍しく感じていると話してくれました。また、人間より、ドワーフや獣人にも会ってみたいとも」
「それは……!!エルフであるダリアが人間より先に彼に会えてよかった。利用できるな……」
利用。伯父に野心はないけど、人間達より先に新野を味方につけたいはず。それは私も同じだ。
沈黙の中、外からゴーン、ゴォーーン と、世界の終わりを連想させる不気味な音がする。窓からは相変わらず、生と死を連想させる赤い空色の景色が広がっている。鐘のような音が響く合間に、伯父が羊皮紙に、インクでさらさらとメモを取る音が部屋に響く。
新野の事を根掘り葉掘り聞きだそうとする姿勢に、まるで尋問みたいだとダリアは受け取る。
やがて書き終えたようでペンを動かす手が止まる。
「で、“結界”のような壁が“家”を取り囲んでいるんだったな。ひとまず、人間達に彼がすぐにでも奪われるようなことはないか……。“結界”は中から入れなく、外からは出れる可能性が高い……か。逆に考えれば、誘導すれば“異世界人”を“外”に出すこともできると。続けてくれ」
「はい。新野の“家”は衣食住揃っており、食料は制限なく出せるようでした。カップ麺という3分で食べられる物は、とても美味しかったです。結論を言えば、一生“外”に出ることなく、“家”の中で暮らせるだけの力があると思います」
「ほう……そのような食べ物があるのか。興味深いの」
伯父は珍味が好きで、たまに遠方から変わった食べ物を取り寄せる。味見と称して、一緒に食べさせる身にもなってほしい……!タランテ海から引き上げられた、8本足の吸盤を持つ、怪物の事を思い出した。取り寄せた時まだ生きていて、うねうねと動いて恐怖を感じた。味は、意外にも美味しかった。
軽い溜息をついて、背嚢の中からカップ麺を一つ取り出す。
テントは家の近くの森の中に隠した。寝袋だけ持って帰ってきた。
「これがカップ麺です」
「ほう……」
食べ方を説明する。お湯を入れて3分待つ。その間、伯父はカップ麺の外観をじっくりと眺めて、何やらうんうんと頷いていた。
「そろそろか3分か。何とも香ばしい匂いがするな。唾液がでてくる」
フォークを使い、食べ始める。最初はタランテ地方で食べたロッソの方が美味しい。何所どこで食べた料理の方がいいとブツブツ文句を言う。次第に無言になり、汁まで全て飲み干した。
「癖になる味だな……。容器や、内容物から我々ミールの民とは比べ物にならないくらいに高い技術を持っているな。まだあるなら物的証拠として――」
有無を言わせない迫力に、残りのカップ麺を渡す。
渡しながら、技術力についての見解を述べる。新野の住んでいた世界は、魔法の代わりに科学と呼ばれる技術が発展している。我々と、かけ離れた高度な技術、知識を持っていると。
森の中では“時間”の進み方違うこと。ダリアが特に驚いた存在、疑似生命体の《機械》ロボットの事にも触れる。
「それほどまで文明が進んでいるのか。にわかには信じがたいが……カップ麺とやらを実際食べてみるとな……」
「――以上で説明を終わりにします」
本当に彼のことを話して良かったのだろうか?新野の平穏な人生を壊してしまうかもしれない。でも……何れは……。時折、彼が見せる、大きな抑圧から解放されたようなすがすがしい表情。そして……最後に見せた反感。私の発言か、行動を引き金に爆発した激情。これだけは報告しない方がいいと思い、話すのを止めた。
今度はダリアが伯父に質問をする。
「ところで、先ほど新野を“異世界人の王”と呼んでいたのはなぜですか?直接会って会話をしましたが、新野は異世界では一般人で、権力とは無縁の生活を送っていたと話してくれました」
「そうか……。6日は寝ていないのだったな。夢の中で、全ミールの民に“神託”が下った話をしたな。それで、一二の神々の存在は当然ダリアも知っているな?」
「当然です。ミールに住まう者なら一般常識です。エルフ族にも3人の加護持ちがいます。“結界の加護”を持つカロン様と――」
「うむ、一二の神々のさらに天の上におわす存在がいる。一三番目の神。古い文献に存在を匂わせる記述があるだけで、正確な名も分からぬ。だが、最も高位の神――」
最前線の北東の砦の一室。エルフが“異世界人の王”についての情報を精査しているように、同じように人間側も“異世界人の王”について協議している者がいた。
十三番目の加護持ちの出現。世界は“チートな家に引きこもりたい、異世界人の青年”を“家”から“外”へ引きだそうと画策する。




