アンリミット商店街文房具店
手持無沙汰になってしまったラマートは仕方なく到着したことを連絡するため手紙を探しに街に繰り出した。今は丁度昼であり太陽が天高く昇っている。彼は文房具屋を探すため学校の正門をくぐり商店街へと向かう。観光客用なのか一定間隔や各名所ごとに周囲の店を書き示してある案内板が設置されている。それは魔法学校の正門を抜けた店が立ち並ぶ商店街の入り口にもあるため、ラマートは自分の身長よりも高いその案内板を背伸びしながら確認した。
「お、お店の名前ばっかりだよ。このかんばんを作った人はだれにむけて作ったのかな……」
「(まあ普通に考えて為政者側の指示でなく商店街の住民が作ったのだろうなぁ)」
体勢を偶に崩しながら背伸びで案内板を見ている彼はずっと被っている帽子がずり落ちてしまわないように気を回しているため案内板の文字を読むにも時間がかかる。
「もしかしてお店の名前の左にある小さなマークが店の種類なのかな?」
何とか手を伸ばして指さしてみる。ぷるぷるして指の位置がずれてしまうが大体リファンにも大体分かるだろう。
「(ならば右上にある万年筆のマークが文房具屋ということだな。)」
「あー……(あれってマンネンヒツって言うんだ)そうかも。」
あまり設置場所を考えていなかったせいか案内板と実際の建物の位置方向は違っている。ラマートは案内板と実際の建ち並びを見比べながら腰を曲げて横に身体を傾けてみる。
「むむぅ……分かりづらい……」
「(メモしたほうが早いだろう。)」
「そうする。」
リファンに言われた通りにメモをしようと持っていた荷物から筆記用具とメモ帳を取り出す。実家から出発する前に購入した新規のメモ帳であるため何も書かれていない。ラマートは案内板をちらちらと見上げながらもメモ帳に鉛筆を走らす。
「(ところであのマラーとかいう女は荷物の置き場所を指定していなかったが、もしも荷物を多く持っていたらどうするつもりだったのだろう。)」
「それはぼくのにもつを見てその必要がないって思ったんじゃないかな? じっさい、制服もらえるみたいだし、ぼくは小さいからパジャマもかさまないしね。そんなことよりリファンもお店の場所をおぼえておいてよ。」
「(メモしているのだから別にいいだろう。)」
「ほけん? だよ。」
メモし終えるとメモ帳をパタンと一旦閉じて筆記用具を荷物にしまい込むと再び荷物を持って商店街のある方向へと歩き始めた。商店街は左右に建ち並んでおり、中央に十メートルの石畳で舗装された道を挟んで20店舗ほどが数百メートルに渡って展開されている。休日になればこの広い中央帯を利用して露店が展開されるだろう。このアンリミット魔法学校正門から数十メートルほど先にある商店街はアンリミット商店街といい、ここらの商店街の中でも2番目に大きい場所である。ラマートは迷子にならないように中央の綺麗に舗装された道を通りながら時折メモ帳と周囲の風景を見比べている。
「ここかな?」
メモ帳から顔を上げて指さす向こうには木造の建物がある。2階建ての一軒家で通りに面した窓から見える店内の様子は明るく幾人か客が商品を手にしているのが見えた。詳しくは分からないが手に持つ様子から小物であると推測される。リファンはそのことを教えラマートをその店の方へと誘導した。店の扉は彫刻がなされており凹凸の波状形に彫られた外枠の内側には薔薇を象った花と茨が彫られている。扉の取っ手を掴みそのまま内側へと押す。中から紙と木の匂いがしてくる。目的の店のようで店内には鉛筆やノートの他、万年筆などの高価な文房具も置いてある。また随分とコアなものも置いてあるらしく店で商品を物色している中年の男性は何やらキラキラした物を2つほど手に取りどちらが良いか吟味している。
「あれ、なんだかわかる……?」
小声でリファンに質問してみると彼は驚いたような声を出す。
「(ほぉ、この時代にもあるのだな。あれはトーンと言うシールのようなもので漫画家などが使うものだ。私も使ったことあるが影や背景を手軽に彩ることができるのだ。)」
「へぇー、ってリファンも使ったことがあるって漫画を書いたことがあるの……?」
「(友人に勧められて一度だけある。)」
「どんなの……?」
「(私の専門の魔法生物学についての解説を漫画で行うというものでな。同人誌と言う形で製作してコミケに売りに出したのだ。)」
「(コミケ?)それって売れた……?」
「(1部も売れなかった。友人すら買ってくれなかった。やはり肌色成分が足りなかったのと、解説と漫画の比が9:1だったのが悪かったようでな、友人に感想を求めたが『かなり分かりやすいが漫画ではない』と言われた。)」
「うわぁ……でも何かリファンってゲイジュツセイがとぼしそう? だよね……」
「(そうは言うがその同人誌を在庫処理がてらに翌年の教科書の付録にしてみたら学生たちに分かりやすいと大好評だった。)」
「へー……」
そんなことを言っている間にトーンを見比べいた中年の男性はカウンターで商品の支払いを終えていた。渡される袋から商品が透けている。どうやら両方買ったようで満足そうな顔をして店の扉を開けて帰って行った。ラマートはその光景を横目で見ながら商品棚の商品表示を確認する。色々と洒落た名前が商品に付けられているため商品の判断が難しい。ラマートは時折背伸びしながら手紙や封筒を探す。1、2分ほど店内を探すと商品棚の最上段に手紙と封筒が一緒のセットを発見した。商品名は『レタリングセット~貴方に届け~』である。商品名の下に値段が記載されている。それを見た瞬間ラマートは軽く戦慄した。
「たっか……! これ一つでお昼食べれちゃうよ……」
冷や汗を軽く浮かべたラマートは他に安価なものがないか店内を探してみる。しかし、あるものは柄が違うものだけで値段は変わっていない。仕方なく意を決してレタリングセット~貴方に届け~に手を伸ばした。だが最上段にあるため身長が110センチメートルほどしかない彼にとっては手を伸ばしたところで惜しくも届かない。彼が真上に手を伸ばしたところで140センチメートル程度にしかない。物を取るとなると指を曲げなくてはいけないため取りづらくなる。彼は商品名が書かれているあたりを優しくなぞるくらいしか出来なかった。
「(し、身長がほしい……!)」
第二次性徴期も来ていない彼は身長がない現実に少しばかり泣きそうになりながら手を伸ばしていると、彼の頭上から影が差しこんだ。それは一つの腕の影で彼の後ろから伸びてレタリングセット~貴方に届け~を1つ掴んだ。振り向いてみると後ろに黒色の服を纏った身体が見える。覆いかぶさる形になっていたその身体は頭上の腕が動くのと同時に彼の目の前から少し後ろへ遠ざかった。
「君が欲しかった物はこれかな?」
視線を上げるとそこには一人の青年がいた。見た目15歳ほどで、短い金髪と光に反射して輝くラメ入りの髪留めが見目麗しい美しい青年だった。年齢的に青年と言うよりかは少年と言った方が良いのかもしれないが、顔は若くとも纏う雰囲気に幾らか歳を経ていることを思わせるようなものがある。彼は右手の人差し指と中指でレタリングセット~貴方に届け~を挟みラマートに向けて差し出している。
「え、えっと……そのあの……。」
いきなりのことで戸惑っていると彼は持ち方を変えてラマートの手を取ってそこに優しく握らせた。
「あ……。」
何か言おうと軽くパニックになっている頭で考えてみるが何も思い浮かばない。金髪の彼はそんな様子を見て軽く右目を閉じてウインクをすると服を翻して店の出口へと歩いていく。そしてラマートを一瞥すると扉を開けて外の通りへ出て行った。通りに面する窓から彼の姿が見えており、先ほど気づかなかったが袋を持っているのが見えた。きっとこの店で買ったものでついでに困っていたラマートを助けてくれたのだろう。
「な、何だったんだろ……。」
「(キザなナルシスト野郎だろう。)」
リファンの言葉も聞こえないほど呆けてしまった。しかし、数秒経ちふと気づいたラマートは金髪の彼に渡された商品をカウンターに持っていき支払いをした。店の扉を開けながら彼について考えているとあることに気づいた。
「あ! そういえばあの黒い服って確かアンリミット魔法学校の制服……」
「(背格好から言って先輩と言うわけか。)」
「でもマラー先生は4時くらいにならないと放課後にならないって……。あのお兄さんはおさぼりさんなのかな……?」
「(いきなり不良に出会ってしまったな。)」
「それはないと思うよ。だってぼくをたすけてくれたもん。」
「(そうかな。)」
「きっとそうだよ。」
ラマートは通りを歩きながら初めに見かけた案内板に向かう。今はもうお昼を少し過ぎたあたり。お腹の具合もなかなかでありどこか飲食店に入りたいところである。いたるところからおいしそうな空腹を刺激する良い匂いがする。ラマートは再びメモ帳に飲食店の場所をメモするために顔を見上げたり下げたりしている。
「(食事なんてどこでもよいだろうに。何故全部の店をメモしているのだ。)」
「だって、リファンも見たでしょ。ここのブッカ? はきっとすごく高いんだ。ちゃんと考えてお金つかわないとすぐになくなっちゃうよ。」
「(貧乏性め。)」
「べつになんていわれてもいいもん。ぼくはケンヤクカなんだもん。」
メモをし終えると筆記用具を荷物を持って再び商店街の方へ歩き出す。頭の中でリファンがやれやれといったため息をしているが、それを無視して店先にある商品看板のメニューの値段を衝撃を受けつつもメモ帳にメモしていった。7、8店舗ある飲食店全てをチェックし終えたときには既に20分ほど経過しており、そこから悩みに悩んで店を決めるまでに更に20分ほどかかった。さすがにしんどかったのか、倹約家を自称していたラマートは迫りくる空腹の苦痛に精神を摩耗させながらけだるそうに飲食店の扉を開けていた。