寮への案内
マラー先生がラマートを連れてきた場所はこの学校へ地方からやってきた学生たちが暮らす寮だった。その寮は学校と同じく石造りであり、大きな正門には石畳が寮の入口へと続いている。苔や雑草の生え具合から見てそれほどの歴史があるようには思えない。建てられて十年ほどだろう。マラー先生はその左右対称に作られた建物の入口へと歩いていくと大きな金属製の扉を開けた。重そうに感じられたそれは意外にも軽い動作で開閉する。扉の蝶番や地面との境界面付近に魔法陣が見えている。
「どうぞ、中に入ってください。防犯のため許可した人間以外扉を開けられないようになっています。」
ラマートは初めて見る仕掛けを不思議に思いながらも彼女が手招く方へと歩いていく。建物の中に入るとマラー先生は扉を閉めるとラマートの分も含めて2足の履物を持ってきた。
「部屋ごとに下駄箱はありますので部屋への入室の際にはこちらの室内用の履物を使ってください。」
「分かりました……。」
彼女から自分の分の履物を受け取ると再び歩き始めた彼女の後ろをついていく。彼女は迷わないように逐一彼を待ちながら階段を上っていく。そして数分歩いた所、建物の端の方まで行き、とある一室の扉の前で立ち止まった。懐から鍵を取り出し鍵穴に挿入すると小さな魔法陣が出現して鍵が開く音がする。彼女はノブを回して扉を引く。
「ここが貴方の部屋……って、あ、あれ? 開きませんね。んんっ……!?」
マラー先生は力を込めて扉を引いてみるがガンガンと扉が叩きつけられる音がするだけで開く気配がない。鍵を挿入して、再び扉を引いてみるが無機質な音だけが廊下に響く。
「ええっと、ちょっと待ってくださいね。すぐ開けますからね、はい。」
彼女は少し焦りながらガチャガチャと音を立てる。しかし幾度やっても動かない扉に苛立ち始めた彼女は懐から杖を取り出した。
「はー、めんどくさいですねぇ。一旦、ぶっ壊しましょうか。」
マラー先生は杖を扉に向けると杖の先から魔法陣が発生して扉の蝶番やノブ付近の金属を小さな爆発音と共に破壊した。長方形の扉が型でくり抜かれたように綺麗に斜めに傾いて部屋側へと倒れていく。
「あー……そういう。」
リファンが『この教師はポンコツなんじゃないのか?』と語りかけてくるのを無視してラマートはやっちまった感を出している彼女にフォローの言葉を送る。
「よ、よくあることですよ。押し引きを間違えることなんて。」
「でで、ですよね? あー、失敗しちゃいました。このことは秘密にしてくださいね。不可抗力ならまだししも、勘違いで扉を壊したなんて判明したら減給されてしまいます。」
「わ、分かりました。」
彼の返事を聞いて少しばかり気を落ち着けた彼女は床に倒れこんだ扉を魔法で持ち上げると入口の壁に立てかけた。彼女は入口にある下駄箱に靴を揃えて入れると持っていた室内用の履物を床に置いて履く。ラマートもそれにならって靴をしまい、履物を履くと彼女の後ろに付いて部屋へと入室した。その部屋はラマートの実家の自室より少し広いくらいの広さで、学習用の机が入口から左側の壁向きに二つ、その後ろには2段ベッドが備え付けてある。入口から真っ直ぐのところには外が見渡せるほどの2m近くの大きな両開きの窓があり、そこから太陽の光が部屋を明るく照らしていた。しかし、ラマートが気になったのはそのような家具や間取りなどではなく、生活感あふれる学習机の上にある読みかけの本や下段のベッドにある少々ずれて畳まれた布団や入口の近くにある色々な帽子が掛けられた帽子掛けであった。
「まぁ、気づいているとは思いますが既に暮らしている学生がいます。まだリゼットさんは5歳とのことですから1人でというのは許可できません。こちらで暮らしているのは9歳の3学年上の先輩ですから安心してくださいね。」
「えっ……あ、はい……」
ラマートは人づきあいがあることに抵抗と嫌悪感を覚えてしまったが、マラー先生に言い出せる勇気が無かったため流されるままに頷いてしまった。
「それとあのー……とても言い難いのですがリゼットさんはその、混血児と言われている方ですよね……?」
彼女は少し挙動不審になりながらそう尋ねてくる。混血児とは所謂ラマートのような身体の一部が他生物の特徴を得ている人間の子供のことを言う。彼女はそのような子供たちがどのような目を向けられ、扱いを受けてきたのかをそれなりに把握しているため、無意識の内に傷を抉ってしまわないか心配だったのだ。ラマートはそんな彼女の配慮を軽く察するほどには他人の感情の機微には敏かったため、気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちになりつつも軽く縦に首を振った。
「この部屋に住んでいる学生も混血児の方なのできっと貴方の助けになってくれると思います。」
「ほ、ほんとうですか……!?」
「はい。仲良くなってくれると先生も嬉しいです。」
マラー先生はそう言うと部屋から出て行こうと下駄箱に入れておいた靴を取り出す。ラマートもそれに倣って靴を取り出して履くと彼女と共に部屋を出た。
「一応、ヴァルゴラさんから連絡を受けていたためこの部屋の学生さんに部屋を見せるかもしれないと事前に言っておきましたが、彼女のプライバシーのためにも不必要に見せるわけにはいきません。すみません。」
「い、いえ、ありがとうございました。」
その言葉を聞いて少し微笑んだ彼女は懐から杖を取り出すと立てかけていた扉を浮かせて自分自身は部屋の中にもう一度入室した。
「一応、今日の予定は全て完了しました。確か放課後になるのが夕方4時以降だったと思いますから学生が寮に帰る時まではこの部屋の入室は許可できません。ですがそれ以外ならどこへ行っても構いません。校内を回るもよし、何かを買い揃えに近くの文房具屋に行くもよしです。私はこの扉を溶接したり研磨したりしなくてはいけないため、案内はできませんが経費でお金ぐらいは貸すことが可能です。」
「……そういえばヴァルゴラさんがスカウトだとお金がもらえるって言っていました。」
「はい。貴方はヴァルゴラさんによるスカウトですから奨学金という形で一定額の給付金が毎月出ます。記憶が正しければ初めの給付金は入学報告から数日後なので後数日しなくては受け取れません。ですからもしもお金がない場合は幾らか貸してあげますよ。」
「だ、大丈夫です。マ、母からある程度のお金をもらってきています。」
「それは良かったです。」
マラー先生は扉を部屋の内側から貼り付けると内側から壊れた蝶番と扉との設置部分を熱で融解させてくっ付けている。扉を燃やさないようにほんの一部のみを加熱しているところを見るに手馴れているように感じられる。彼女は上中下3ヶ所に存在する蝶番を適当に溶接すると扉を開け閉めする。ンギリィギュアララァ……と脳内をかき回すような不快な甲高い金属が摩擦する音が廊下に響く。
「やっぱり新しい蝶番を貰った方が良いでしょうか……」
彼女はそのような独り言を言いつつ再び蝶番を加熱し直している。ラマートは手持無沙汰になってしまったため彼女に一礼すると彼女を一人置いていくことに引け目を少々感じながらも来た道を辿り寮の入口へと向かった。