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ハッピーボトル ~不運な男が世界を救う~  作者: 縞虎
海丘の街(双実桜)編
98/154

仲間なんていないはず


「ッハァ……ハアッ……うぅ……テメェ……」


 時間経過によるものか、それとも蹴られたことで本当に筋肉がほぐれたのか、口が回るほどには痺れが取れてきた

 しかし痺れを取るだけにしてはあまりにも手荒なやり方である。服の上からではわからないが桜の体には無数の痣が出来上がっていた


 体が動かないのだって最早痺れているのか痛みのせいなのか分からない


「やっと喋れるようになったか。けどまだ不十分か……なっ!」


「ぐああっ!」


「おいおーい! 深見さんやり過ぎじゃねーのー? 可哀想だってー」


 言葉だけ聞けば良いように聞こえるがその言葉には桜に対する同情など一切含まれていない


 それどころか深見を煽るかのような、桜を嘲笑うかのような、そんな風に聞こえてしょうがなかった


 深見に意識を集中し過ぎて気が回らなかったが今の言葉で桜はあることを思い出した

 それはこの部屋にどれだけの人が居るかということ


 今聞こえた声だって深見でも痺れさせた奴でもない。ならばまだ人がいるはずだと深見から目を逸らし改めて室内を見渡す


(1、2、3ーーーー全部で8人……とんでもねえな。こっちは身動き出来ない惨めな男1人だってのに随分豪華な持て成しだこと……)


「ここに居んのはみーんなお前と同じ、特殊な力を持つ奴らだ。いつの間にか『異端児』なんて呼ばれるようになっちまった」


「異端……児……?」


「そうだ。普通の人間には到底持てないような強い力を持つのが俺ら異端児だ。お前、同類の癖にそんなことも知らなかったのか?」


「じゃあ最初に言ってた探偵ってのはーー」


「もちろん嘘だ。都合のいいこと言ってお前を引き込めれば1番良かったんだけどな」


 探偵という肩書きを捨てるという意思表示なのか深見は懐から名刺を取り出すと桜に見せつけながら破り捨てた


 そして代わりに出てきた『異端児』という肩書き。またも知らない単語が飛び出し桜の理解が追いつかない内に話が勝手に進められていく


 しかし桜にとってそんなことはもうどうでもいいことだった


「知ら……ねえよ。そんなん……興味……ねえし」


「おっと。まさか立ち上がるとは思わなかったなぁ」


 やっと体の痺れが取れたが桜は既に満身創痍。ゆっくりと体を起こし立てた膝に手を置くと力を振り絞って立ち上がった


 深見がそれを止めることはない。何故なら相手はボロボロの桜が1人

 それに比べてこちらは血気盛んな男が8人。どう考えたってこの状況をひっくり返すことなど出来ないと確信していたからだ


「立ち上がったってことはる気があるってことだよな? しかし俺達もこれ以上手荒な真似はしたくない。だからもう1度聞くぞ? 俺達と組む気はないか?」


 深見が桜に何度も暴力を振ったのは恐怖を植え付けるためであり痺れを取るなどというのは建前に過ぎなかった


 1人の相手を多数で囲み確実に勝てないと思わせることで相手から抵抗する意思を奪い取る


 深見の作戦は単純かつ完璧なものだったし実際に桜も恐怖した

 しかしそれは相手が普通で常識の通じる人間だった場合の話である


「散々ボコボコにしといて今更なに言ってやがる。そんなもん、断る以外の答えがあると思ってんのか?」


 どれだけ体を痛めつけられようと、どれだけ逆転不可能の逆境に立たされていても桜の心は決して折れていなかった

 それどころか今まで受けた屈辱を晴らしてやろうと煮えたぎっている


「交渉決裂だな。バカが、最後のチャンスを無駄にしやがって。同類と言えど容赦はしねーからな!」


「そもそも同類じゃねえし! 人を勝手に異端呼ばわりしてんじゃねえよ!」


 向かってくる深見に対し桜は拳を握る。喧嘩など幼い頃にしたくらいでこの荒くれ者相手に通用するとは思っていない


 それでも戦うしかないのだ。自分の目的の為ーーーー妹の紅葉を迎えに行く為に


 その時だった。目の前にいたはずの深見の姿が突然消えたのだ


「んなっ!? どこ行った!?」


 深見から目を離したつもりはなかった。しかし部屋を見回しても深見の姿はどこにもない


「よそ見すんなよ。こっちだっつーの!」


 背後から脳を揺らすような重たい一撃が桜の頭にのしかかる。振り返るとそこには消えたはずの深見の姿


 反撃しようと桜が拳を構えるとまた深見の姿が消える。確かにそこにいたはずなのに背景と同化するようにスーッと消えてしまうのだ


「まさか……透明人間とか言うんじゃないだろうな……? そんな漫画みたいなことーーーー」


「勘がいいんだなぁ……ご名答っ!」


「ぐふうっ!!」


 今度は桜の鳩尾みぞおちに拳が叩き込まれる。胃の中のものが全て出てきそうになったが必死に堪えた

 しかしそんな攻撃を受けて立っていられるはずもなく桜は再び膝を付いて倒れた


「どうだ? これが異端児の力だ。ほらほら、お前もお得意のイリュージョンで反撃してみろよ」


「ハッ……ハハッ。悪いが俺のイリュージョンは人に見せるものだ。人を傷つける為に使うもんじゃねえよ」


「あまっちょろいこと言ってんじゃねえっ!」


 脇腹を蹴られる。何度も何度も。桜には最早反撃する力など残されていなかった


「どうだ? そろそろ諦めて俺達の仲間になる気になったか?」


 一方的に暴力を振る深見も流石に疲れてきたようだ。一旦手足を止めて軽く息を切らしながら桜に問いかける


「……嫌、だね。そんなら……死んだ方が……マシ、だ」


 しかし桜は断る


「簡単に言ってくれるじゃねえか。死ぬことが怖くないのか?」


「……怖いに決まってんだろ? ただなぁ……漫画の主人公ならそう答えると思ってな」


「さっきから漫画、漫画ってガキみたいなこと言いやがって。現実を見ろよ」


「男ってのはなぁ……たとえ体がデカくなろうといつまでも心には少年時代の気持ちが残ってるもんなんだよ。大人への背伸びとか、ヒーローへの憧れとかな……」


 桜のような様々な力を使える男を逃すのは惜しい。最後にもう1度だけ勧誘を、と思った深見だったがどうやら徒労だったみたいだ


 漫画だなんだといつまでも子供みたいな戯言を抜かす奴をこれ以上相手にしても無駄だと理解しベルトに差してあった拳銃を抜く


「はいはい。じゃあ来世は主人公になれるといいな。最後に言い残すことはあるか?」


「漫画だとなぁ……こういう絶体絶命のピンチでも最後は必ずどんでん返しが起こるってもんよ。例えばこのギリギリの状況で仲間が助けに来るとかな」


「聞いた俺が馬鹿だったよ。じゃあ死ね」


 深見は引き金に指をかける。それと同時に入口から轟音が鳴り響き何かが部屋の中に吹っ飛んできた


「ああ!? 何事だ!?」


 音の鳴った方を見ると自分が入ってきた入口の扉が消え反対側の壁にもたれかかっている

 そして扉はズルズルと壁と床を滑り再び大きな音を立てて倒れた


「ただまぁ生憎俺は独り身でなぁ。助けに来る仲間なんていないはずなんだ」


 困惑する深見をよそに桜は話し始める。その言葉は深見に聞かせると同時にここに現れた新たな存在に尋ねているようにも聞こえる


「お前ら、なんでこんな所にいんだ?」


「まったく。ろくに口も付けなかった癖に全員分のコーヒーを奢るなんて随分と気前がいいのね」


「でもそのお金って妹さんを探すために必要なお金だよね? じゃあ受け取れないや」


「つーわけで金を返しに来たんだが……どうやらそんな状況じゃねぇみたいだな」


 まるでこうなることが分かっていたかのように桜は笑う

 扉を吹っ飛ばしその代わりに立っていたのは幸助、クロ、優輝、永愛だった


「こ、こんな絶妙なタイミングで登場とか馬鹿げてる……。お前の魔法は運命をも操れるってのか……?」


 今まで扉の向こうで飛び込むタイミングを伺っていたのではないかと思うほど一行の登場は絶妙だった

 苦虫を噛み潰したような顔で深見は桜を睨み、尋ねる


「俺はなんもしてねえよ。だがこういう展開は昔からお約束ってもんだ」


「そ、そんな訳あるか! じゃなきゃこんな上手いことーー」


「うるせぇ」


 狼狽える深見に鋭く突き刺さる幸助の一言。何か特別なことをされた訳でもない。それなのに身体中からは冷や汗が噴き出し体が震える


 たった一言で分かってしまうのだ。幸助と自分の間にある大きな力の差が


「ところで桜。お前の言うお約束ってのには他にもなんかあったりすんのか?」


「まあな。次は助けに来た仲間が敵をあっという間に倒しちまうんだ」


「おー、そっかそっかなるほどなー。そういう訳だからお前ら全員歯ァ食いしばれよ」


 幸助は入口側で固まっていた他の男達に向けて指をさす


「反撃開始といこうじゃねぇか」



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