拉致
目を覚ました桜が最初に感じたのは鼻を突くような臭いだった
(うっ……臭ぇ……)
幾度となく繰り返された喫煙によって部屋全体にこびり付いたタバコの臭い。そしてジメッとした空気を伝わって鼻に飛び込んでくるカビ臭さは不快の一言に尽きる
そして次に目が働いた。窓が無いため外から差し込む光はなく薄暗い照明だけが頼りとなる光だ
それらから分かることはここが地下だということ
首を動かしたり体勢を変えることは出来ないので目が動く範囲で辺りを見回してみる
全体は見えないが壁から壁への距離を見た限り大きな部屋ではない。人が生活するのに必要な家具が揃っている感じもないということは誰かの家ではない
出入口が見えないということは自分の後方にあるのだろう。それに薄れゆく意識の中で聞いた言葉
『あなたを連れていくーー』。理由はわからないがここまで観察出来れば自分が今、どういう状況に置かれているのかが簡単に分かる
(拉致されたちまったか。恐らくーーーーいや、間違いなく犯人は直前まで話していたあの男だ)
桜が答えを出すと同時に背後で扉の開く音がしたと同時にその男が部屋に入ってきた
「目を覚ましましたか。とは言えまだ体が痺れてるはず。喋ることは出来ませんかねぇ?」
聞き覚えのある声が徐々に近づいて来る。その声の正体はうつ伏せに転がる桜の前にしゃがみ込んだ
(深見深作……)
それは先程まで桜と会話していたはずの深見深作だった
探偵を名乗り妹である紅葉の捜索を手伝うと言った交渉を持ちかけてきたが桜はそれを丁重に断ったはず
聞きたいことは山ほどあるが体が痺れているせいで口が回らない
桜が話せないのをいいことに深見は1人で勝手にベラベラと話し始めた
「いやいや申し訳ない。こうでもしないとあなたを連れてくるのは困難だろうと思っていたのでね……。手荒ではありますが私のアジトへ拉致させていただきました」
(やっぱり拉致されたか。……しかし俺を連れてくる? 誘いは断っただろ? いったいなんの目的が?)
「ーーって言いたげな顔ですねぇ。ではお答えしましょう…………っとその前に。もうこんな口調は必要ないか」
他人と接する、と言うよりは大人同士の会話と言うべき口調で話しかけてきた深見だったがそれは一変して急に距離を縮めたかのような言葉遣いになる
「お前が最近やってたイリュージョンってやつーーーー問題はその内容。お前、あの力をどこで手に入れた?」
(ここで質問かよ。喋れねぇって言ったのお前だろうが)
桜が心の中でどれだけ文句を言っても深見には届かない。そのことを知りながら敢えて質問しているのかはわからないが深見の顔は出会った時と変わらず酷くニヤケている
動けない相手に対して自由に話す優越感だろうか。見せつけるような身振り手振りを加えながらも深見は桜の顔を見下ろし視線を逸らす気など更々なさそうだ
(それにしても今日はやたらと俺の魔法について絡まれる日だ。どうせならもっとキレイなネーチャンとかの方が良かったわ)
などと小さな願望を添えながら己の境遇を1人で嘆く。余計なことを考えられる程には余裕があるようだ
「火の玉や水、電気。それらを簡単に出すなんて人間業じゃない。お前は間違いなくこっち側の人間だ」
(こっち側? こいつも星に願って魔法使いになったってことか?)
桜の魔法は流れ星に願って得られたもの。深見にそう言われれば当然そのような考えに至る
「お前も貰ったんだろ? 怪しいジイサンから薬を……な?」
(薬……? 何言ってんだコイツは?)
『薬』などと全く思い当たる節のない単語に桜は困惑する。どうやら深見は何か勘違いをしているのだと桜は気づいた
「ジイサンは言ってたよ。『この薬には自分の中にある欲望に反応して効果を発揮する』ってな。一匹狼を気取ってたみたいだが本当は違うんだろ? 力を見せびらかすことによって同じ力を持つ仲間を探してたんじゃないのか?」
(薬とか欲望とか力とか訳わかんねぇことばかりベラベラ喋ってんじゃねえよ。とにかく俺はお前なんかと同類じゃねえんだからとっとと解放しやがれ!)
言いたいことは沢山あるのだがやはり口が回らない
とにかく誤解を解いて一刻も早く紅葉を探す旅に戻りたいが今の桜にはどうすることも出来ない
「うーん……そろそろ会話したいんだけどなあ。おい、ちょっと強くやり過ぎたんじゃないのか?」
「ヘヘッ。どうだかなあ? 知らない内に薬が馴染んでたか?」
(もう1人いたのか。話の内容からして俺を痺れさせてくれた奴に違いねえ)
桜の目が届かない範囲から聞こえてきた声で部屋の中に深見以外の奴がいた事を知る
桜の視界に入っているのは深見ただ1人。だが今の出来事から冷静に推測すると嫌な結論に辿り着いた
(この部屋にまだ他の奴が居るかもしれない……。何人だ? 部屋の大きさからしてそこまで多いとは思えないが……)
見えないことに対する恐怖。それが少しずつ桜の体を蝕むように足先から伝わってくる
「まあいっか。痺れてるってことは筋肉を解してやりゃあいいんだ」
そう言うと深見は立ち上がり桜の前から横へと移動する
(……何をする気だ?)
「ッオラァ!!」
「ッ!?」
桜が疑問に思うと同時に脇腹へ走る鈍い痛み。自分の意志とは関係無しに転がった桜はそのまま壁に激突した
痛みを堪えながら広くなった視界で確認するとさっきまで自分が居た場所で深見が足を上げていた
(この野郎……思いっきり蹴りやがった……。ってかなんでだよ!?)
蹴られたことは分かったがどういう意図でそうなったのかが全く理解出来ない
そもそも痺れているのだって向こうが勝手にやった事で桜が好き好んでそうなった訳ではないし一言加えさせてもらえばそんな趣味もない
それを暴力でなんとかしようだなんて身勝手にも程があるのだがそんな正論をぶつけたところでやめてくれるような相手ではない
「うーん、やっぱ1発じゃ足りないか。じゃあもういっちょ!」
「うぐぁっ!!」
桜が動かないことを確認すると再び襲いかかる蹴り。悶えたくなるような痛みに傷を抑えたくなるが未だに体は動かない
「おっ! 声が出たな。もう一押しか!」
声を漏らしたことによって深見の笑みが更に鋭く醜いものに変わる。そこからまた繰り返される蹴りの連続が確実に桜の体を痛めつけていった




